7 グループホーム『ひだまり』

 グループホーム『ひだまり』という標識の掛かった建物には、数分で到着した。真っ白な外壁の、三階建ての建物。奥に長い造りで、道路に面した三階部分はガラス張りになっている。ジムスペースなのか、数台のランニングマシンが並んでいるのが見える。五十名ほどの高齢者が共同で生活する、中規模程度のグループホームだそう。


 玄関脇のタッチパネルを、大稚が慣れた手つきで操作する。必要な情報を入力し、最後に完了をタッチすると、直後、ドアロックを解除するベルが鳴った。画面にも、先へ進むよう案内表示が出ている。


 自動ドアをくぐると、先には広々としたエントランス空間。そこで、来客用のスリッパに履き替える。


 準備が整ったタイミングで正面の自動ドアが開き、一人の女性スタッフが顔を出した。大稚はすでに顔見知りのようで、百合子さんと呼んでいる。三十歳前後と思われる女性は、ヘルパーとして、おもに入所者の日常生活のサポートや雑務などを担われているそう。


「大稚君、いらっしゃい。今日は、学校帰りかしら」


 笑顔が素敵で、エプロン姿がよく似合う、優しい印象の女性。


「あら、もうお友達もできたのね」


 隣の連れに気付くと、やや大袈裟に両手を広げ、笑顔で歓迎する。深い意味はないのだろうけど、何となく恥ずかしい。


 行儀よく挨拶してから、建物内に入る。


 エントランスの先は、右手が来客用の応接スペース、左手がオフィスになっている。さらにその先に、もう一つの自動ドア。ここから先が、入所者の居住空間のようだ。ここを通るにはIDが必要で、百合子さんが通すとドアが開いた。


 後に続いて、中へ入る。


 まず目に飛び込んだのは、奥まで一直線に伸びる長い廊下。床は温かみのある天然木で、照明の光は柔らかく目に優しい。そこかしこの床や壁には、お手洗いへの道を示す矢印が引かれてある。いかにも高齢者施設といった趣。

 手前左側に、お手洗いや非常階段。奥に一基、エレベーターが設置されてある。


 正面の廊下を少し行くと、右手に広い食堂があった。夕食時間が近づいているため、食欲をそそるお出汁のいい香りが漂って来る。食堂にはすでに、何人かの入所者も集まって来ている。


 高齢者施設と聞くと、静かでゆったりした空間をイメージするが、このホームは意外と音が多い。廊下で立ち話する人たちの話し声や笑い声、歩き回る人々の足音、壁にもたれてスマホ片手にトークする人までいて、かなり賑やかな印象を受ける。


 グループホームとは、介護施設というよりも、高齢者が共同で生活を送る寮みたいな場所のようである。


 今は夕食前のため人の動きがとくに活発なのだと、百合子さんが教えてくれた。夕食は午後五時半かららしいが、一部の入所者は五時も回らないうちから、一階の食堂へ集まり始めるそう。早め早めに行動を開始するあたりが、いかにも高齢者らしい。


「楢野君、こんな時間に来てしまって、いいのかしら。みなさんお忙しそうで、なんだか申し訳ないわ」


 学校が終わってから、すぐに来ていればよかったのではと思える。わざわざ短時間部活動の見学をするためだけに、さくら中学校まで来ていた意味がわからない。


「気にする必要はないよ。邪魔しなければ、いいだけだから」

「でも…」


 見渡すと、エプロンを付けたスタッフが、あちらこちらで忙しなく立ち回っている。もしかすると穏やかに対応してくれている百合子さんも、他にすることがたくさんあるのではと思えた。このような状況を承知した上で、なぜあえてこの時間帯を選んだのか、本当に首を傾げさせられる。


 ギロッと睨むと、言いたいことを悟ったのか、大稚は目を逸らし、肩をすぼめた。一応、居心地の悪さは実感しているようだ。


「…苦手だから」


 ポツリとつぶやく。


「へ」

「帰るタイミングを見計らうのが、苦手だからさ。夕食の時間が来れば、それを口実にして退散できるだろ」

「何それ…」

「ばあちゃんはいつも、帰るって言ったら、悲しそうな顔をするから」

「…そう」


 なるほど。それなりに考えがあっての行動のようだ。


「百合子さん、僕たちはもう大丈夫です」


 案内を辞退してお礼を言い、さらに先へ進む。


「あ、そうだわ。楢野さんだったらきっと今も、奥のレクリエーションルームにおられるんじゃないかしら。最近午後はずっと、あそこで過ごされているから」

「そうですか。わかりました」

「それじゃあ、また後でね」


 百合子さんは、自身の仕事へと戻って行った。

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