6 駅の向こう側

 その前に、連絡をしておかないと。

 スマホを取り出し、担当者にメッセージで外部活動を休む連絡と、家には電話で帰りが少し遅くなる連絡をする。


「すごく丁寧に話すんだね」


 横で聞いていた大稚に、感心される。


「両親と電話で話す時だけよ」


 HPは高性能ヒューマノイドとはいえ、人間の言葉を一語一句、完璧に理解できるわけではない。丁寧に言葉にしないと、勘違いされることがある。勘違いされるとやっかいなので、丁寧に話すのは習慣化している。


「お待たせ」


 頭を打ったことと、現在の状態を説明するのに、少し時間が掛かってしまった。


「それじゃあ、ついて来て」


 ちょうど開いていた踏切を渡り、駅の反対側へ出る。こちら側はもう、別学区。大稚が通う、なぎさ中学校区だ。同じ区内ではあるけど、普段あまり来る機会はないので、どこか新鮮に感じられる。大人への階段を、一歩のぼった気分。


 線路と並行して走る幹線道路を横断し、先にあるコンビニ右手の道へ入る。その後は直進。


 間もなくすると、木々の生い茂る小高い山が前に立ちはだかった。この辺りは平野部だが、こういった山は至るところにある。見上げると、幅三メートルほどのコンクリートの階段が頂上まで続いている。


 その麓に、自転車を停める。


「この階段を上るけど、結構キツいよ」

「平気」


 階段は実際かなり急で、高低差は二十メートルほどある。高台の上まで続く、長い長い階段。以前大学があったことを思うと、かつてここを上り下りしていた学生たちは、大変だったに違いない。車両用スロープは山を旋回するように上まで続いているため、徒歩だとこの階段を上る方が早いのだろう。大稚は一人だったら、自転車でスロープを上っていたかも知れない。


 階段を一段飛ばしで跳ねるように上って行く大稚に続き、こちらも負けじと、休まず一気に上りきる。


「すごいね。小園さん」

「えへへ」


 とは言え、息は上がり気味。


 上り切った先には、『ニュードリームタウン』と書かれた、大きな立て看板があった。看板には、中央に案内マップ、マップを囲むように、大小さまざまな広告が並んでいる。大半は民間のグループホームや介護付きマンションなど、高齢者向け施設や物件の広告のよう。AI介護付きといった物件まである。


 一帯を見渡した限り、大学の面影はもうない。校舎はすべて、撤去されている。


 風が吹きつけ、振り返ると、眼前には気分が爽快になるほどの、開けた景色が広がっていた。東京都京文HP区は、首都圏のベッドタウン。この辺りは戸建てや低層のマンションが多いため、かなり広範囲に街並みを眺望できる。なかなかの穴場スポット。

 下から吹き上げるほどよく冷たい風が、少し汗をかいた体に心地いい。


 大稚は一息つくと、「こっち」と言って、左手の方角へ歩き始める。

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