5 帰り道
後ろへ続き、シバヤマをくだる。バスケットコートから離れ、校門へ向かう閑散とした桜並木をくぐる。
大稚は校門脇の自転車置き場から自転車を回収すると、手を伸ばしてこちらのスクールバッグを受け取り、前カゴに入れた。
「左へ行くけど、よかったかな」
「うん。私も左」
校門を出て、左へ進み、縦に連なって歩く。あまり道幅が広くないため、自転車を押す彼の隣に並んでは歩けない。車の邪魔になってしまう。
これでは、会話ができない。折角一緒に帰っているのに、少し誤算だった。
お互い、無言の状態が続く。
「小園さんの家は、どっち」
ようやく沈黙が途切れたのは、十字路へ差し掛かった時だった。ちょうど無言の状態が心配になっていたので、振り向かれるとホッとする。
十字路は、右へ折れると下り坂が長く続き、その先に鉄道の駅がある。大稚はなぎさ中学校区内に住んでいるため、きっと自宅は駅の向こう側にあるのだろう。しかし用があると言っていたから、ひょっとすると自宅へは向かわないのかも知れない。
「楢野君は」
「僕は、右だけど」
「私も、…右」
「了解」
本当は直進する方が早いけど、こんなところで別れるのは惜しい。少し大回りになるけど、帰れなくはないから、問題はない。
再び、縦に連なって歩く。
下り坂に入ると、お互い歩く速度は弱冠増した。大稚は自転車を押しながら、前方だけを見ている。後ろから指示されるのを期待しているのか、振り返りもせず、ひたすら直進する。
そしてとうとう、駅に到着。学校を出てから、十数分。駅にある時計の針は、午後四時五十分を指している。
結局、何も話せなかった。がっかり。
「駅まで来たけど、やっぱり小園さんの家は、この辺りなの。この間も、そう言っていたよね」
「え、ええ、まあ。でも、ここまでで大丈夫よ。カバン、どうもありがとう」
駅の向こう側は、別学区。さすがにこれ以上は、ついて行けない。
「いや。折角だし、自宅まで送って行くよ」
「え、いいよ。すぐそこだから。楢野君はこれから、用があるんでしょ。早く行って」
「いいんだ。君が住んでいるところを、見てみたいし」
「…へ」
それは、どういう意味だろう。淡々と言葉を口にするけど、そんな言われ方をすると、さすがに警戒心を抱いてしまう。そう言えば最初に会った時も、自宅まで送ってくれようとしていたっけ。
もしかすると彼は本当に、こちらがHPCということに、気付いているのだろうか。だから好奇心で、住んでいるところを見てみたい?
でも、初対面で気付くなんてあり得ない。HPCは普通の人間で、外見から判断するのは不可能なんだから。
「あ、変な言い方をしてゴメン。まだ引っ越して来たばかりで土地勘がないから、いろいろな場所を知っておきたくて。とくに駅のこちら側は、来る機会もあまりないから」
「…そう」
住んでいるところを見られて、困るわけではない。どうせ今でなくても、いずれは知られる時が来るだろう。
だけど状況的に、今は体裁が悪い。実際は駅から少し離れているので、駅までついて来たことを不審に思われてしまう。
どうしようか。
「僕はこの後、ばあちゃんに会いに行くだけだから、本当に時間はあまり気にしなくていいんだ。絶対に行かないといけないっていう、わけでもないし」
「…おばあさん」
「そうだよ。駅向こうの高台にあるグループホームに、ばあちゃんがいるんだ。そこへ、面会しに行くだけだから」
「グループホームへ、面会を。そう…なんだ」
そう言えば駅向こうの高台には、高齢者向け福祉施設が多く立ち並ぶエリアがある。五年ほど前に閉校した私立大学の広大な跡地に、三年ほど前から福祉タウンをつくる開発が進められている。
高齢者施設、福祉タウン。
「だから、気にしないで。頭を打ったんだし、心配だから家まで送って行くよ」
親切な申し出を、拒否したいわけではない。
でも…。
「楢野君、あの…。知り合ったばかりなのにこんなお願いをするのはどうかと思うんだけど、私もそこへ、一緒に行かせてもらっていいかしら。その…、楢野君の、おばあさんのところへ」
「え、ばあちゃんのところへ、一緒に」
さすがに、驚きを隠さない。耳を疑うように、目を見開く。
「私には祖父母がいないから、楢野君のおばあさんに会ってみたいな…って」
「いない…」
HPCは、ベプセルで造られた人間。祖父母どころか、生身の両親すらいない。両親はヒューマノイド。だから機会があれば、少しでも多くの人たちと触れ合いたい。
それに、「高齢者、福祉、介護」そういった言葉には、脳が無条件に反応する。
「私は、…HPCなの」
「HPC…。あ、別に…、構わないけど。でも、少し歩くよ。急な階段もあるし」
大稚は少し、驚いた顔をした。だけど想像したほど、動揺はしなかった。やはり元々気付いていたのか、それとも…。
まさかHP区に住んでいて、HPCを知らないということはないと思うけど…。
「平気。体力には自信があるし、頭の痛みも、もうほとんどないわ」
「それなら…いいけど」
まあ、今は考えないでおこう。
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