2 シバヤマ
「こんにちは。小園…さん、だよね」
放課後、校庭内にある芝の斜面、通称「シバヤマ」で三角座りをし、ボーっと空を見上げている時だった。
「あ…」
先日駅前で会った、楢野大稚。
雑草芝が生い茂り、所々に木が生えているシバヤマに面した場所に、バスケットボールコートは設けられてある。
部活動で来ると聞いていたので、こっそり確認するつもりで待っていたけど、不覚にも先に見つけられてしまった。
「楢野君…、だったわよね。こんにちは。あの、なぎさ中の転校生が、バスケ部に入部したって聞いたから。ひょっとしたらと思って。やっぱり、あなただったんだね」
まだ新しい制服ができていないのか、前の学校の制服のまま。会ったのは先週の土曜日で、今日は火曜日。
「そうだね。それじゃあ小園さんは、僕に会うために、ここで待っていてくれたの」
「へ…、いや」
サラッと言って、無邪気に微笑む。ちょっとビックリした。実はナルシストなのだろうか。でも口調に、いやらしさはない。思ったことを、素直に口にした感じ。初対面の時にも感じたけど、懐っこいというか、垢ぬけた性格の人のよう。
まるで意中の人でも待っていたみたいで、こちらが恥ずかしくなる。
「その…、みんなが噂していたから、ちょっと気になっただけで」
「噂」
「ほら、制服が違うでしょ。だからみんなの目に、留まったみたい」
とくに女子の。
今だって、女子バスケ部の連中が、こっちを見ている。
「そっか。親がうっかり新しい学校の制服を注文し忘れて、まだできていないんだよね。やっぱり、目立つかな」
両手を広げて制服へ目を落とすと、納得したように苦笑いする。
「素敵な制服ね」
「そうかな。まあ、色は気に入っているけど。ここ、座ってもいい」
「どうぞ」
スポーツブランドのロゴが入ったナイロンの斜め掛けバッグを背中へ回すと、すぐ隣に腰を下ろした。バッグは真新しいので、こちらへ来てから購入したのだろう。
「以前は、私立の中学校だったの」
「そうだね。給食のある学校が、私立しかなかったから」
「給食…」
そういった理由で私学を選ぶというのも、なかなか珍しい。それとも、謙遜しているだけだろうか。
公立のなぎさ中学校に、給食はない。どうして東京では、私学を選ばなかったのだろう。中途半端な時期の転入でも、受け入れているところはあっただろうに。
「…あ、もうすぐ四時よ。部活動は四時からでしょ。早く準備をしないと」
「ああ、今日はいいんだ。ちょっと用があって、練習には参加しないから。三十分ほど見学して、帰るつもり」
「そう…なんだ」
なぎさ中学校からさくら中学校までは、自転車で十分ほど。決して遠くはないけど、往復すれば二十分。用があるなら、わざわざ少し見学するためだけに来る必要もないと思うけど…。
きっと見た目の印象と同様、中身も真面目なんだろうな。
「小園さんは、部活動はしていないの」
「私…。私は、部活動はしていないわ。代わりに外で、いろいろと…」
「へえ。外部で活動しているんだ」
「え、ええ。まあ。文化活動みたいなことを、ちょっとね」
「そう。僕も北海道では、学校の部活動はしていなくて、帰宅部だったよ」
「そうなの。でも、バスケットボールが上手だって、聞いたわよ」
「上手くなんかないよ。体育の授業でやっていた程度だから。それに、まだ正式に入部してはいないんだよね。昨日は、仮入部で体験させてもらっただけで」
「そうだったんだ」
中学二年の十月に転校して来て、授業でしか経験のない部活動に参加するのは、わりと冒険的だと思うけど、一体どういう考えを持った人なのだろう。
「バスケットボール部は、さくら中学校で合同練習だって聞いたから」
「…そうね」
何となく、よくわからない人。
「小園さん、よかったら連絡先を交換してもらえないかな。SNSでいいんだけど」
「ええ、もちろん」
大稚に言われ、スクールバッグのポケットに手を突っ込む。スマホを取り出し、SNSを交換する。
「ありがとう。これでいつでも、連絡が取り合えるね」
「う、うん」
転校生だから、知り合う人たちみんなと、連絡先を交換しているのだろう。それは想像できる。だけどそんな言い方をされると、少し照れくさい。こういう無自覚タイプの人は、女子を勘違いさせそうだ。
すぐさま着信したメッセージには、(これからよろしく)と書かれてある。
(こちらこそよろしく)と返す。
これでよし。
「それじゃあ、私はこれで」
そろそろ退散しよう。あまり二人で一緒にいるところを、他の人たちに見られたくはない。確認もできたし、もう十分。
すると、お尻を上げた、その時だった。
「あぶない!」
「へ」
天使の住み処 キジトラタマ @ym-gr
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