1 国家プロジェクト

 日が差し込み始める午後の教室。上半身の左半分だけが、ヒーターを向けられているように熱い。10月の昼下がり。こよみの上ではもう秋だけど、窓際の席が秋を感じられるようになるのは、まだ先のようだ。快適そうに談笑する廊下側の連中がうらめしく思えるほど、教室格差にため息が出る。


 ほどなくして、昼休みの終わりを告げるベルが鳴る。


「ちょっとアイリ、聞いて」


 右隣の席の主が戻って来たのは、始業開始のベルが鳴り止んだ、数秒後だった。

 小野妃都絵おのひとえは椅子を引くと、勢いよく腰を下ろす。体は机に対して90度、こちら側を向いている。


 次は国語の時間だが、担当教師はまだ来ていない。


妃都絵ひとえ、どうかしたの?」

「今そこで、隣のクラスの女子たちが話していたのを聞いたんだけど、昨日男子バスケ部に、すんごいカッコいい、なぎさ中の転校生が入部したらしいよ」

「なぎさ中の、転校生?」

「そう。北海道から来たんだって。背が高くて、バスケも上手で。まだ前の学校の制服を着ていたらしくて、それが私立中学のお洒落な制服だったから、余計にカッコよく見えたって」


 ―――彼のことだろうか。


 先日駅前で会った、楢野大稚ならのだいちの姿が頭に浮かんだ。


 たしかにあの時彼は、グリーンを基調としたブレザーにチェック柄のパンツという、私立っぽいデザインの制服を着ていた。

 自転車のハンドルを奪われた際、見上げた先に顔があったから、身長が高いというのにも相違そういはない。



 さくら中学校となぎさ中学校は近い距離にあるため、部活動によっては、活動が合同で行われている。バスケットボール部、サッカー部、バレーボール部、野球部などの団体競技がそうだ。部員不足、指導者不足という問題もあるらしい。



 バスケットボール部……、か。


「どんな転校生だろうね。超気になる」

「……そうだね」


 もう会っているかも知れないとは、まだ妃都絵には言わない方がいいだろう。本当に彼という、確証もないし……。

 彼女にこれ以上騒がれるのも、面倒だ。


 一応、笑顔で同調する。

 しかし妃都絵の瞳は、すぐさま失望の色に変わった。


「何よ、それ。全然気持ちがこもってな~い。別に興味ないって、感じ」

「……そんなことは、ないけど」

「アイリってさあ。何かいつも、どこか冷めたところがあるわよね。ノリが悪いっていうか」

「…ゴメン」


 否定はできない。


「別にいいけど。でもHPCエイチピーシーって、みんなそんな風にクールな感じなの? 頭がいいのは、優秀な遺伝子ばかりだからだって、ママが言っていたけど」

「…それは……」

「おっと、ヤバ。余計なことを言っちゃった。ゴメンね。今言ったことは、忘れて。あ、先生が来たみたい」


 妃都絵は慌てて両手を左右に振ると、教師が室内へ入って来たと同時に、両足を机の下に入れて前を向いた。

 いたずらをしてバレた直後のような、強張こわばった横顔をしている。


 ―――別に…、そこまで意識してくれなくても、いいんだけどね。



 『HPエイチピープロジェクト』


 HPプロジェクトは、今から十数年ほど前に運用が開始された、人口増加・少子化の解消を目的とする、日本の国家プロジェクトである。

 人間の赤ちゃんを人工的に誕生させ、ヒューマノイドの両親に育てさせるという、それまでにはない画期的なシステムだ。

 誕生した子供たちは、通称『HPCエイチピーシー』と呼ばれている。Hはヒューマノイド、Pはペアレンツ、Cはチルドレンを意味する。

 HPCは、カプセル型人工胎児育成装置『ベプセル』から誕生し、専用のナーザリー乳児施設か、有志のフォスターファミリー里親の元で1年間保育されたのち、ヒューマノイドの両親へと養育が引き継がれる。


 親に特化した人工知能『AI』が搭載されたヒューマノイドと、人間の親子の誕生である。



 ベプセルで使用される精子・卵子は共に、ドナーから提供されている。

 そのドナーの多くは、大学関係者だと耳にしたことがある。



「優秀な遺伝子…か」

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