第9話 カインとアベルとコングと''どれみな''


「(──じゃあ、改めておさらいすっぞ! ''グラサン''ちゃん、展開カモン!)」



 2枚の黒い液晶レンズの中へと、GPS信号現在地を読み取った人工知能A.I.がwebを瞬時に走り回っては掻き集めてきた、この本棟の施設内情報が投映されている。

 そして有能司令官ギャルは、その視界の内に受信した情報を確認する。


 駅前の喧騒からは遠く離れた、小高い山々に囲まれた広大な陸の孤島。

 その中等部と高等部を連結した巨大な本棟の構造コンストラクションを、詩座ノキアは次々と読み上げていった。



 四階は中高等部の三年生用授業教室、HR教室、生徒会室、音楽室、和室、美術室。

 三階は二年生用授業教室、HR教室、食物室、被服室。

 二階は一年生用授業教室、HR教室、物理室、化学室、生物室。

 一階は職員室、保健室、会議室、クラークソン・ホール、イングリッシュ・ラウンジ、メモリアル・ラウンジ──そして、院長室。



 各階の中等部と高等部とを繋ぐ短い連結部分には、青々とした美しい人工芝の中庭を取り囲むように回廊クロイスターが取り付けられている。

 至る所に綺羅びやかなステンド・グラスが嵌め込まれ、敷石には灰色の御影石が用いられた、生徒たちにも人気のお洒落スポットだ。

 特に上級生と、下級生が密談を交わす際には──

 

 

「(いやー、いつも来ても豪華絢爛! ほんっとに麗しいお嬢様高だねここは! 羨ましいわ)」


「じゃあ、受ければよかったじゃん。学費なんか剣取うち強請ゆすればいいんだし」


「(……いや、それ自分で言う? 普通)」



 5G無線イヤホンの耳元で鳴り響くノキアちゃんの声を聞きながら、私は頭上10メートルほど高くから青白い上品な光を放ち続ける、19世紀フランスを想起させる無数のカンテラ型シーリング・ライトを見上げた。

 遮るものは殆ど何もないような洗練された中央広場の柱の影、ベンチの横で、私たちは今まさに極秘裏の任務ミッションに着手しようとしている。


「チープ・スリルズ」の2枚繋ぎに包まった詩座ノキア助手──そしてノートPC大ほどの端末兼簡易レーダー「シャンデリア」は、麗しき女子校の治安維持のために設置された監視カメラを掻い潜るため、先程の柱の影に背中を預けて体育座りで座っていた。



「(……どう? 消えてる? 大丈夫そう?)」


「うーん。なんとか。あっ、あとバッグ持ってて」


「(はいよ。''グラサン''要る?)」


「いいや、めんどいし」


「(うい。てかうち、馬鹿みたいだねこれ)」


「今更でしょ……音だけ気を付けてね」



 その身の四分の三程を世にも奇妙な透明マントの中に隠した天才計算士ギャルは、その短いスカートから露出した両腿の上に「シャンデリア」を置き、一心不乱にタイピング作業に勤しんでいるようだった。

 やがて頭部だけの姿になった、私の幼稚園からの幼馴染が元気溌剌はつらつと応える。



「(はーい、黙々とやります!)」


「……ほんとに大丈夫?」


「(大丈夫大丈夫! じゃあ、そっちもお願い!)」



 定良さんの顔をじっと覗き込む。

 一瞬の間を置いて、彼女は頷いた。とても凛とした表情だった。


 私は固唾を呑んで、右手に握っていた愛機の「ドーダキャット 2025 Ver.」に一瞥をくれる。

 もうここまできたら一念通天、やるしかない……



「──剣取さん、やけにスマホ長細いなと思ってたら、そういうことだったのね……」



 私は雷に打たれたかのような衝撃を受け、この星における現時点での最新鋭科学技術の結晶であるその文明の利器を、危うく床へと落っことしてしまいそうになった。


「……えっ? もしかしてこれ……ダサいですか? 私今まで、むっちゃカッコいいと思ってたんですけど……」


 すると定良さんは身振り手振りを交えながら、慌てて弁解し始めた。

 

「いやっ! ごめん! 別にそういう訳じゃなくってさ!」


 私は呆気に取られて、定良さんの顔を覗き込む。

 ちょうど同じぐらいの目線の高さで、私たちはしばらく見つめ合っていた。



「……もしかして私、クラスの皆から『スマホ細長女』とか裏でイジられてる感じなんですか?」


「いやっ! 違う! 違うの! ほんっとにそういうことじゃなくって!」



 すると定良さんはまたもや狼狽し、必死にエクスキューズを述べ続ける。

 何だかとても可愛らしい仕草だった。見た目の美しさというよりも、その内面の感情表現の豊かさ。そんなところが、何とも素敵なのだった。

 常に世の中を呪っているのが顔相に出ていると評される、私ともどこか似通った部分がもしかしたらあるのかもしれない。

 それが表出するのが、「光」か「影」かで違うだけで──


 この人の身の安全だけは、これから何があっても護ろうと思う。

 それだけの価値がある、自分にとって特別な愛々しさのように思えた。

 そしてなぜだか──胸がギュッと締めつけられるような。



「──いや、別にそんなことないんだよ! うちのクラス、皆いい子だしね! そりゃ……中にはあの子って変よねーぐらいは言う子とかいるけど……私が注意してるから大丈夫。剣取けんどりさんは剣取けんどりさんで、きっと今までの人生、色々あったんだろうから……」


 私はほっと胸を撫で下ろした。

 

「なんだ。よかった。皆に影で『スマホ重々おもおも女』とか言われてたら、一体どうしようと思いましたよ……そんなの、絶対立ち直れないし」

 

「……いや、周りの目を気にするのであれば正直、気を付けた方がいいポイントはもっと他にあると思うけれど……」


「え? なんですか?」


「(おい! まだか? まだなんかモネっち! イチャイチャすんな! 早くしろ!)」


「──ちょっと君ら、何してんのー?」



 私は''ドーダちゃん''と耳に装着していた5G無線イヤホンをシャツの胸ポケットに瞬時にしまい、その声の反響する方角を振り向いた。

 視界の片隅で、天才計算士ギャルがマントに完全に身を包み、その姿を完全にこの世から消し去っているのが見える。

 結局、''最終的に剣を振るうのは私だけ''──何とも損な役回りだ。



 広場の遠く向こうから、白いリボンを付けた長身の三年生がゆっくりと近付いてくる。

 若干、ガニ股気味で……


 見た目は如何にも清楚といった感じの模範的な長身黒髪ミディアムパーマの美人であるのに、どことなく粗野で野蛮な雰囲気を醸し出しているのが遠目からでも分かる。

 しかも驚くべきことに──彼女が着ているのは薄いグレーのワンピースタイプ、あのおばちゃん臭いで大不評の夏服だった。


 その上履きが打ち鳴らすドタドタとした無骨な足音が、閑散とした広間の中に小さく響き渡った。

 私はなるべく自らの存在感を消しながら、何とかこの場を処理しようと口をモゴモゴと動かした。

 その声は小さな音の塊となって、極めて不明瞭な発音で空中に放たれた。



「あっ、えーっと……ちょっと、これは、別に特に、怪しいことではなく──」


「ん、あれ? リアナ? 何だよー! 久しぶりー!」


「あっ! ''どれみな''さん!」



 外交に長けた定良さんは瞬時に眩い営業スマイルを顔に浮かべては、その粗野で野蛮な黒髪ミディアムパーマのいる数十メートル先へとすぐさま駆け寄った。

 二人は互いに正面から手を取り、仲睦まじそうにキャーキャーはしゃぎ合っている。まるで長年の想い人と再会でもしたかのように。

 私は暫しの間、それを眺めているしか出来なかった。



「最近部活に顔出さんけど、どったの? 何かあったー? まあうちは緩いとこだから、特に先生は何も言っとらんけどー」


「いえ、ちょっと。家の用事で……」


「『家の用事』ってー! あんたんとこインチキ霊媒師なんでしょー! やっば!」


「もー! やめてくださいよー!

インチキじゃないですってー! 人の実家イジんないでくださいよー! もー!」



 二人は互いに両手を繋いだまま、ピョンピョンとその場で飛び跳ねては甲高い声で笑い合っている。

 私は胸ポケットから無線イヤホンを片方だけ取り出して装着し、聞いているかも分からない有能助手に向けて小声で語りかけた。



「ああいう陽キャ同士の空疎なコミュニケーション術、処世術ってさ……皆一体どこで身に付けてんだろうね……そんで一体、私たち・・はどこで間違ったんだろうね……」


 すると耳元には、震えた声の反応があった。

 それは確かに、真の根源的恐怖を目の当たりにし、おののいた人間が発する悄然しょうぜんとした声だった……



「(……やばい、ここから''グラサン''越しに赤外線透視した映像だけでも分かる。うちの『本当のレーダー』が反応してるんだ……あいつ、あの女は……正真正銘の隠れステルスギャルだ……)」


「いやどうでもいいわ。それにその喩え、使っちゃ駄目なんじゃなかったのかよ」


 私の耳元で、他の学区での特大フィーバーをついこないだ初めて体感したばかりの高校デビュー高デは囁き続けた。

 どうやら、本当に戦慄しているようだった。


「(……モネっち、うちには理解わかる。あの芋っぽい姿は世を忍ぶ仮の姿だ……ああやって油断させておいて、いざって時にその本性ギャルを剥き出しにして捕食するんだよ……気を付けろ。うちはこの距離でも、今にも意識を持っていかれそうだ……)」


「シャンクスかよ。そんで一体何を捕食するんだよ」



 しばらくして、束の間の再会の喜びを分かち合った二人はお開きとなり、無骨な長身黒髪ミディアムパーマ先輩はどこかへと立ち去っていった。

 定良さんも、こちらの元へと帰ってきた。


 こういう状況シチュエーションにおいて、先輩が私の方へと意識を向けないように、言及しないようにと視線を誘導するかなりの高等技術だった。

 まったく。

 定良さんは本当に、根っからの純情可憐な有能美少女なのだった。



「──ごめんごめん、茶道部の先輩」


「えっ? あっ、茶道部だったんですね定良さん」


「あれ? そっか言ってなかったっけ?」


「いやーお似合いですね」


「ええ? そう? 新歓の時にあの先輩に声かけられて、何となく入っただけよ。放課後にお菓子食べれるってね」


「あっ、そうだったんですね」


「ぶっちゃけ、何が楽しいのか分かんないわよ。茶道なんて」


「あー。私も一応、昔にお花とか舞踏とか一通りやらされてて……」


「えっそうなの?」


「はい……隠れてスマホで映画とか観ながらやってましたけど」


「……それ、一体どうやるの?」


「(おい! 今度はお嬢様''習い事''トークでイチャイチャすな! 早くしろっての!)」



 もう片方のイヤホンが胸ポケットで振動したのを受けて、私は溜め息を吐きながら再び''ドーダちゃん''を右手に握りしめた。


 即座に''意識''の信号が伝達され、剣取家に古来より伝わる秘術の継承者の証である、全身の細胞I.C.チップがそれに呼応する。

 ''ドーダちゃん''が鋭い起動音を立てて展開し、その立派な上身かみを剃り立たせる。

 日本ポン刀の美しさは、湾曲の美しさ。歪曲の美しさ。

 この世のゆがみをたたっ斬るためには、自らもゆがまなくてはならない。巨悪の根を断ち、世界を真っ直ぐに戻すために。蛇の道は蛇。呪詛の力も同様だ。


 しかし、今日に限ってはそれは適当でない気がした。

 この人には、呪詛よりも''願い''の力の方が''似合っている''と思ったからだ。



「……思えば、私たちまだ、お互いのことなんにも知らない訳じゃないですか? なのに、こんなことに付き合わせて、本当に申し訳ないです……」


「……別に、大丈夫よ! むしろ、ワクワクしてるぐらいなんだから!」


 肩を震わせながら、精一杯の作り笑顔でそう言った彼女の優しさが、胸に痛んだ。

 思えば、本当の意味で誰かを護るためにこの力を使ったことなんか、今まで一度もなかったのかもしれない。

 

 私は深く息を吸って、自らの第六感と交信チャネリングする。

 そして、それを躊躇ちゅうちょなく全て、全身全霊、余す所なく吐き出した。

 


「──定良さん・・・・におまじない・・──」

「──あなたを襲う悪意、ヘイターなん・・・・・・かもう来ない・・

「──周りの人には内緒ね・・・──」

「──私はあなたを護る背後霊・・・──」



 そして私は彼女の目を真っ直ぐに見て──

 最後にもう一度、唱えた。



「──いつも保健室に連れてってくれて、ありがとう・・・・・──」

「──涙を・・堪えて知ったよ。あなたの優しさの在り処を・・・・──」



 すると全身が、神々しい光に包まれるのを感じた。

 ''ドーダちゃん''の切っ先には強大な電磁波のエネルギーが溜まり、ビリビリとした振動と空気の震えが、握りしめた目貫めぬきの部分を通して私の手の内から、凄まじい勢いで全身に伝わってくる。


「(おい! モネっち! なんかやべー数値データ出てんだけど、どうなってんだそっち!)」


「知らん……何これ……怖……」



 私は両の掌をじっと見つめた。

 今なら、なんだって出来る気がしてきた。



「……じゃあ、お願い」



 定良さんがこちらへと背を向けた。

 その両肩の後ろには、いつもの憎っくき「ゼイリブ」二人組がいる。

 私の姿を見つけた途端、いつものようにケタケタと哄笑こうしょうし始めた。



『ウギャギャギャギャ! 久シブリダネー! モネチャーン!』

『愚ギャギャ愚ギャギャ! ウッ! 何ダソレ! 何ダソノ''パワー''ハ? エッ? マジ? コレ?』


「……そういやさー。''こいつら''の名前ってさー、いるかな?」


 私がふと漏らした独り言に、定良さんが何の気なしに応えた。



「じゃあ! ''カイン''と''アベル''はどう? 左肩から順にね! カトリックで十字を切る順番だから!」



「(おい! マジかよ定良さん! そりゃ無茶苦茶罰当たりな! 本当はど偉い不良娘なんじゃねーの?)」


「……じゃあ、''カイン''ちゃん。''アベル''ちゃん。大分手加減してあげるから……お前らの''親玉''はどこにいるのか、吐けよ?」


 私は日本ポン刀の切っ先をカインからアベルの順に向けていった。

 白いエクトプラズムを放射し続けるビリビリとした大気の振動が、ふたつの異形の面を次々と苦痛の渋面に染め上げていった。



『ウギャー! ウギャー! ナンジャコリャー! ゴ馳走ジャー! デモ味付ケ強スギ! 油ッコスギテ制御出来ン! ウギャー!』



 定良さんは再びこちらへと向き直り、広場の方角にその両肩を向けた。

 やがて異形は、その両目と鼻、口に至るまでら合計5つの穴から、とんでもない''圧力''の青白いエネルギー波を大気中に放射した。

 ──つまるところ、語弊を恐れず表現するとすれば……''リバース''したという訳だった。



 刹那、広場の一面が、目も眩むような光の渦に巻き込まれた。

 これなら一般人・・・にも容易に知覚出来るぐらいだ──私にはもう、本日の任務ミッションを隠密にこなす自信はこの時点で皆無となった。

 ここまできたらもう、「協会」の''事後処理大盤振る舞い''に期待するしかないだろう。

 

 エネルギーは空中を屈折し、婉曲し、乱反射しつ続ける──

 そして壁や天井などの障害物にブチ当たっては跳ね回り、やがて本棟から礼拝堂チャペル、運動場の方角へと向かって大きなシュルシュルとした音を立てながら、まるでスポンジに大量の水を流したようにゆっくりと吸い込まれていった。



「(マジか! 凄え! この学園中に''宇霊''のホットスポットが浮かび上がった! これなら毎回毎回、苦労して''計算''する必要ねーじゃん! モネっち''次''もこれやってよ!)」


「うっさい! こんなキッショいこと毎回出来るか!」


「……どうやら上手くいったみたいね」


『ウギャー? バレテンジャン! ヤバイジャン! 親分様ニ怒ラレンジャン!』

 

「(おいおいおい! そんでいきなりでけーエネルギーがそっち来てるぞ!)」


「うん。ちゃんと''視えてる''よ」

 


 私は、定良さんの向こう側にいる身長10メートルほどはある巨大なコングと目を合わせながら、助手に向かってそう呟いた。

 鼻息は荒く、今にもその首筋が天井のシーリング・ライトに届きそうだ。通常時に見られる白いエクトプラズムの''モヤモヤ''はとうに消え失せ、その禍々しい色をした漆黒の巨体を、ハッキリとこの地上ストリートに顕現させている。


 遠い遥か昔に、宇宙人が地球を視察するために放った光の粒。

 それをこうやって''こねくり回して''、奇々怪々な化け物を醸成させている''誰か''、''何者か''──

 これから本当に叩くべき敵は、きっとこれらの''宇霊うりょう''の''大元ラスボス''を葬り去ったその先にいるのだろう。


 私は''ドーダちゃん''の切っ先をコングに向ける。

 そのケダモノは大きく反応を示して、鼓膜が張り裂けんばかりの唸り声を上げ、両胸を激しくドラミングし始めた。


 シーリング・ライトが床へと落下し、激しい衝突音を四方八方に打ち鳴らす。

 薄暗がりへと一気に暗転した広間に、午前中の外の陽射しが細い筋のようにどこからか差し込んでいるのが見える。


 コングのドラミングは続く。

 埃と小さな瓦礫がそこら中に舞い上がり、もう少しでフロアー全体の床が抜け落ちそうだ。



「……剣取さん」



 定良さんの、今にも泣き出しそうな声が聞こえる。



「大丈夫、定良さん。絶対に振り返らないで。もう何回も言ってますけど、私だけを見ててください・・・・・・・・・・・



 私はギャル助手に向けて、合図を送った。



「……分かってる? 誰も教室から出てこないでしょ? もうとっくに、『虚空ノ手』の中なんだよ私らは。だから、気にせず今すぐ豪快に・・・逃げちゃって」



 コングの繰り出した大振りの右ストレートを、私は目の前の定良さんに突進して覆い被さることで回避した。


 耳元の無線イヤホンからは阿鼻叫喚の叫び声が聞こえる。

 どうやら無事みたいだ。

 死人には、叫び声を上げる権利すらないのだから──



「(いやいやいやいや! 意味分からん意味分からん意味分からん! なんでそうなんの! そんなん今まで一回でもあった? それに"背景''も現実と一緒じゃんか!)」



 定良さんに覆い被さりながら、周囲を埋め尽くす濃霧のような瓦礫と埃の散乱の中に向かって私は応えた。

 ここ四階は既に半壊状態にあり、今まで私たちの足元を支えていたその清潔な床は、まるで蟻地獄の砂のような急勾配に傾きつつあった。


「いや、私も初めてだよ」


「(じゃあ、なんで分かんの!)」


「いや、普通に考えてそうじゃん」


「(おい! 流石プロだな!)」


「私ら以外誰もいないんだし」


「(じゃあ、ここ・・で死んじゃったら?)」


「うん。未来永劫、宇霊たちの養分・・。チューチューとエネルギーを吸われちゃってね。もう死んで『無』に還ることも赦されないよ」


「(マジかよ! 最悪!)」


「だから、その前に何とかするんでしょ……定良さん」



 大気そのものを震わす振動と轟音の真っ只中──

 両目いっぱいに涙を溜めた定良さんが、私を見上げる。



「私のことだけ見てて、いい? じゃあ……」



 傾いた地面を蹴り付けては跳躍しながら、空中を滑空したコングがこちらへと猛スピードで飛んでくる。

 私は''ドーダちゃん''の切っ先を定良さんの両肩にあてがい、''カイン''と''アベル''に「ご馳走」をたんまりと喰らわしてやった。



『ウギャー! モウ要ラン! モウ要ラネェッテノ!』



 お二方の''敬虔な息子たち''は、またもや盛大な電磁エネルギー波を凄まじい勢いで''リバース''した。

 ──そう、こちらに猛進撃してくるコングへと向かって。



 まったく。

 すかさず私は、崩壊しつつある床に思い切り足を踏み抜いて、空中を駆った。



 そうだ。

 これでいい。

 全身にビリビリくるほどの、あれだけの膨大な量の「ご馳走」。

 身体が急に受け付ける訳がない。

 ''カイン''と''アベル''は雑魚だったから、すぐに吐き出せた・・・・・

 お前は違う。

 ゆっくりと咀嚼そしゃくして、よく味わってから嚥下えんかしろよ。

 ──コングはまさに中空で、その身を停止している。



 当意即妙の呪詛フリースタイル・ラップ

 およそ1秒間に10.65音節を発射スピットする超光速モード。



 神速ガッジィーラを発動する。



「On Beast Mode./Big Up./こっちは/ゴリラ/のキラー/どうした?/もう一回/こちら/飛びな/正気か?/もういっか……お前は取るに足らない獣、初戦は老いた/お爺ちゃん/」



 私は風になる。

 そして、音になる。

 最早、速度そのものになった私は、中空に静止したままの木偶の坊の猿を、思う存分に細かく切り刻んでゆく。



剣取が統べるケンドリ・ルールズ



 そして、いつもの激しい大気の律動──

 私たち・・は『虚空ノ手』を脱出した。

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