第5話 神鳴


 遂にいくちゃんが、ひーちゃんに告白した。

 自分の本当の気持ちに、こうしてようやく辿り着くことが出来たのだ。

 そしてひーちゃんも、いつもの天真爛漫な笑顔で、それを温かく受け入れたのだった……


 大学に進学してから約ニ年、地元の藤沢を出てからふたりは離れ離れになった。

 成人式にて再会した後、お互い同時に胸の内にぽっかりと開いた空洞の正体に気付くのに、そう長く時間はかからなかった。

 

「女の子同士だから」

「幼馴染だから」

「これは単なる、思春期の微熱だから」


 そんな些細な障壁やすれ違い──青春の光と影に彩られた様々な戸惑いを乗り越えて、ふたりは初めて、自らの意志でその選択を掴み取ったのだ。


  渡賀わたしがマミコ先生の月刊マーベラスS連載作品──「勿忘草わすれなぐさ」。


 今まで少年少女の多感な恋愛模様を繊細なタッチで描いてきた先生が、初めて新機軸として打ち出した、女の子同士の恋愛漫画。

 決してそれを記号化、見世物化することなく、私たちのいる世界の中に「ごく当たり前に存在するもの」として描いているのに定評がある人気作品だ。

 

 恐らく女性同士という設定が、お互いのやりとりに共感性エンパシーの乱反射を生んでいるのだろうか。

 エモい、エモすぎる。繊細でありながらも大胆。静的スタティックでありながらも動的ダイナミック。最小限のドラマの中で、最大限の感情が揺れている。とにかく可愛らしい。キュンキュンする。もうこれ以上は、自分の貧弱な語彙力ボキャブラリーでは言語化出来ないほどに──


 これはまさに十年に一度の傑作、いや先生の今までのビブリオグラフィーを代表する最高傑作になり得るかもしれない。

 

 来月発売される、月刊マーベラスSの9月号。次号で最終回だ。


 今日の午前中、わざわざ隣町の本屋まで行ってフラゲしてきてよかった。やはり本当に欲しい作品は、電子よりも紙で手に入れなければ。そのせいで朝は珍しくちゃんと起きれたのに、学校には遅刻してしまったが致し方ない。当方、これでも一応、日本を陰で護ってきた旧家の末裔だもんで。これぐらいの出来心は御寛恕ごかんじょ頂きたいものだ。

 

 来月、この恋の結末を見届けるまで私は絶対に死ねない。

 しかし、女の子同士か──

 幼馴染といえば詩座ノキアだが……ないない。

 まさか、定良ていらさん? いや、まさか──確かに定良さんと話すときは、なぜか決まってドキドキして、いつもテンパってしまうけれど、そんな……まだ分からない。


 というか異性にせよ同性にせよ、私が今まで明確に、誰かをそういう意味で・・・・・・・好きになったことなどあっただろうか?

 ……分からない。自分のことなのに。いや、自分のことだからか。

 私もこのふたりのように、いずれ誰かを好きになったりするのだろうか?

 このように、キラキラでフワフワな青春に触れる瞬間がくるのだろうか?


 なんにせよ、いくちゃんとひーちゃんのこれまでの関係性、そしてこれからの未来──

 次号、物語は一体どんな結末をみせてくれるのだろうか?

 


「……尊い」



 思わず漏れ出た独り言。

 そして恍惚の表情、感嘆の溜め息と共に──

 古今東西の賢者たちの名句、名言などが蒐集しゅうしゅうされた、剣取家が独自に編纂した「経典」の下に隠していたマーベラスSの8月号を閉じると、姉貴とちょうど目があった。

 

 剣取けんどりアデルが、そこに突っ立っていた。



「ほんとにな……尊いよ。我が妹の、この途方もない頭のユルさ加減はな……ほんっと、尊くてしょうがないね」



 一本の針の上に縦に立てられた、横長の細い板──

 その上に並べられた、世界を構成する「天地火水」の四大要素エレメントを模した、何やら剣取家に代々伝わる神聖らしい宝玉──

 の更に上の細い板上に屹立きつりつする、曽祖父の残した神聖らしい玉座の上で──


 秘術の継承者として、日々厳格に課せられている修行の一貫である「書見」をこなしていた私は、素っ頓狂な声を上げてその頂上から転げ落ちた。

 部屋着のスウェットの上に、小さな埃の粒が舞い散った。



「──んだよコラ! もう帰ってたのかよ! ノックぐらいしろよ! いやふすまだけども! もう!」



 およそ百坪ほどはある大広間、「瞑想の間」の中央部にて、私のその抗議の怒声が虚しく鳴り響いていた。

 以前は畳張りだったものを、お爺ちゃんが独断で国産木材のフローリングに全面改築させた代物。勿論その費用は嵩みに嵩み、出資元である「協会」からは大目玉を食らったらしい。


「──モネ、これからの時代はな、こういう古臭い様式は全部かなぐり捨てていかなきゃならん。このオーク柄のフローリングの次は、いずれはふすま框組かまちぐみ形状の防火木質ドアに変えてな、何かよく分からん曼荼羅まんだら模様のエスニックな感じの敷物とかもそこら中にデデーンと敷きまくろう。そんで、無意味にでっかいパンダのぬいぐるみとかも置いてだな──」


「すごーい! なんか全体的に、それも既に一昔前のセンスだねお爺ちゃん!」


 後から聞いた話だと、それは家事代行人ハウスキーパーから冬場は畳の手入れが面倒だと愚痴られたのが原因だったらしい。


 ──閑話休題。

 そのお爺ちゃんの半ば忘れ形見・・・・となった和洋折衷の異様な空間の中で、我が憎き姉貴である剣取アデルは呆れ顔をしながら、絨毯の上へと堕落したばかりの私を見下ろしていた。

 ボサボサになった肩までの茶色い髪、年季の入った黒いジャージの上下……都心の有名大学に進学してもう四年になる華の女子大生は、こうして日々、家の雑務に追われているのだった。



「……もう、全く以て何から言やーいいのか分かんねえーんだけど、色々分かったわ。あの同級生クラスメイトのこと。取り敢えずガッコを離れてから、''あれ''は出現してない。あの学園の敷地内にいる間の、条件型の地縛''宇霊うりょう''ってとこだわ。体温、心拍数共に異常なし。とにかく早いとこ、''親玉''を探し出さないと。こっちも全力で援護バックアップするから。そんじゃ、もうちょい頑張ってな」



 私はそれを聞いて気を取り直し、音速で針、宝玉、玉座の三点セット・・・・・を組み立て直しては、「経典」とマーベラスSの8月号を重ねてそのいただきに座り直した。


「はあ? 尾けさせた・・・・・のか? 定良ていらさんを? お前マジでふざけんなよ! あと''宇霊うりょう''って……ノキアちゃん来てんのか今日!」


 三点セット・・・・・を僅かにグラつかせながら、私は憤懣ふんまんに駆られて叫んだ。

 姉貴はグシャグシャになった茶髪を片手で掻きむしりながら、過労にやつれた顔を振りながら言った。


「……あたりめーだろ。てかなんでお前がやってねーんだよ。最低限度の調査リサーチも怠りやがって……そんで『経典』の読解もサボって毎日マンガ三昧……夜は映画を観ながら夜更かし……そんでグータラ昼まで寝てから『合法的に』登校……ほんと良いご身分ですわ……詩座しざさんは母屋おもやでママと''レーダー''のチェックしてるよ。ほんっと、働き者だし頼りになるよ……誰かさんと違って」


「……だって! なんか今日の昼、その子に絶対私が護るからって約束したら……なぜか急に余所余所よそよそしい感じになっちゃって……そんな後で尾けるのとか無理だよ……もしバレたら、とかさ……それに今日はもう既に一件、''仕事''と''報告"は済ませてるし! 第一、そもそも私は『1日1ターンまで』なの!」


「どうせまた距離感ミスったんだろーがよ。ったくよー。''秘術''とかよりも先に、まずは他人とのコミュニケーションを学ばせるべきだったよな、こいつには……そんでそれはよくあるニートの定型句言い訳じゃねーかアホ」


「……なんだよ! うっさい! ボケ! 死ね!」


「……身内以外でその罵詈雑言をな、腹の底から吐き合える''本当の友達ダチ''を作れって言ってんだよ。まあ、いーや。ってことで明後日からまたガッコ行って、引き続き''定点観測''頼むわ……あと明日明後日は''出張''もないだろーし、ぐっすり寝てていいぞ。せっかくの週末だしな。ここ最近ハードだったから、しっかり羽を休めな……じゃあまた」



 そう言って広間を去ろうとしている姉貴の片腕に、気が付くと私はしがみついていた。

 後方で三点セット・・・・・が、大きな音を立てて崩れ落ちた。


 姉貴の古びたジャージの左腕にしがみつきながら、私は上目遣いで声を震わせながら言った。

 ついでに、目に涙も浮かべておいた。こんなのは朝飯前だ。



「……ねえ、お姉ちゃん。そもそもおかしくない? 本来は成人しないと継承権は発生しないのに、なんで私は全身にチップを埋め込まれちゃったの? ねえ?」



 長身の姉貴はその場に静止したまま、少しだけ横顔をピクピクとひこつかせた。

 効いてる証拠だ。

 私は更に続けた。


「それにさー。なんか毎日毎日仕事しててさ、夜も眠れなくなっちゃったんだけど。ねーなんで? なんでなのかな?」


 姉貴は奥歯をギリギリと噛み締めながら、喉の奥からなんとか絞り出したような声で返答した。


「……結論から述べると、『申し訳ない』ってのと、『もうちょいシャキッとしてほしい』ってのがちょうど半々だな。そんだけ、こっちも切羽詰まった状況なんだから」


 姉貴の左腕にギュッとしがみつきながら、私は更に続けた。



「ねー。前の継承者だったお父さんが''不慮の事故''で死んじゃった後にさー。もういい、『男系』に拘るのは辞めだ、少子化の煽りもあるし、これから『女系』の時代だっつってお姉ちゃんに白羽の矢が立ってさー。そんでなぜか気が付いたら、その下手したら死んじゃうかもしれないような損な役回りを、なぜかお姉ちゃんじゃなくて6つも下のかよわい妹ちゃんが継いでた訳なんだけど、これっておかしいよねー? ねー、なんでなのかなー?」



 姉貴は更に横顔を小刻みに痙攣させては、その頬を紅潮させていった。鼻から漏れ出る息遣いが荒くなっているのが聞こえる。


 まったく。

 ''これ''をやっている時が、結局は一番楽しいのだった。


 私は更に続けた。



「ってかこれってさー。普通に児童虐待なんじゃない? どうすんのー? 私の''年齢詐称''がバレてさー。『協会』、そんでもっと上の『政府のお偉いさん』のとこまで届いちゃったらさー。剣取家はもうおしまい。昔からの旧敵ライバルである、『土霊どれい家』に取って代わられちゃうんじゃ──」


 

 すると、それを言い終える前に──

 剣取アデルは私への華麗な一本背負いを既にキメていた。


 景色がひっくり返る。

 鈍い衝撃が背中に伝わった。


 私はオーク柄のフローリングの上に、仰向けのまま叩きつけられた。

 思わず肺から、大量の空気が漏れ出る。

 ──まあ、別に痛くはなかったけれど。


 

「……いいだろう、麗しきマイ・リトル・シスターよ。順を追って説明してやる……''何から何''までな……」



 自身の6つ下の妹にマウント・ポジションを取った剣取アデル22歳は、瞳孔の開き切った目玉をひん剥いたまま、鬼神が如き形相でボソボソと呟いた。



「もう、我慢の限界だ……このクソ妹が……ごめんねパパ、ママ……それに、お爺ちゃん……」



 ◆◇◆◇



「──まずは今日の『書見』の内容だったんだけど、これね。曹植そうしょく七歩詩セブンステップスの伝説」


「……七歩の距離を歩く間に、後世に残る詩を詠んだっていう後漢から三国時代にかけて名詩人の話でしょ? その才能を嫉妬した兄貴に強制的にやらされたやつ、詠めなきゃ殺すって。知ってるよ、そんぐらい」



 先程まで私のマーベラスSの8月号を被覆カバーしていた「経典」を閉じ、姉貴はこちらを真っ直ぐに睨み付けてきた。


「なんだ、知ってんのかよ。まあ要するに、この曹植そうしょくみたいに絶対的な窮地に陥っても、最期の最期まで即興フリースタイル呪詛ラップを絞り出せ、言葉を紡いでうたを歌え、希望を捨てるなっていう教訓だなこりゃ」


 私は正座をしたまま、目の前に胡座あぐらをかいて座っている即興インスタントの講師を見やった。



「……てかさー。そんな普通にネットでググったらすぐ出てくるような、そもそも漢文の教科書やら参考書に載ってる情報、なに得意気に秘伝! みたいなノリでまとめちゃってる訳? これまとめた人って、もしかして頭悪いの?」



 すると目の前の即興講師はまたもや顔を紅潮させ、下を向きながらプルプルと震えだした。

 やばい、今週の''当番''は姉貴こいつだったのか。


 私は慌てて話を切り替えた。 

 

「じゃ、お爺ちゃんとこの部屋行って、日課のお見舞いしよっか? ね?」


 もはやここから七歩を歩いた先には断頭台が待ち受けている、死刑宣告を受けたばかりの受刑者のような面持ちで、全身を震わせながら姉貴は応えた。


「……このZ世代が……クソが」


「いや姉ちゃんもだろ」



 すると姉貴は胡座あぐらを解き、鼻息荒く立ち上がっては広間の外へと早歩きを始めた。

 私も、そそくさとその後に続いた。



 ◆◇◆◇



「──あたしだってこの家を、剣取けんどりをこの手で護りたかった。現在、あの色々と悪名高い、土霊どれい家に全権限を奪われる前にね。でも、あんたと違って何の''適性''も''才能''もなかった。もちろんDNA鑑定だってちっちゃい頃に受けてる、紛れもない剣取の嫡女ちゃくじょだってのにね」


 

 姉貴は縁側の長い回廊の先を行きながら、憂いを帯びた声でそう呟いた。

 私も早足でその後に続いた。

 辺りは既に暮れかかっていた。



「今は地方の余所の家が準備・・を整えるまでの繋ぎ役をやるって建前だけど……それが上手くいくかは分かんない」


「……え? じゃあ、私が高校を出るまでっていう約束の3年の''期限''は、やっぱり当てずっぽうで言ってただけなの? 嘘でしょ?」


「そうよ。だから、本当にごめん」



 姉貴が余りにも呆気なく自らの非を認めたので、私はなんだか逆に面食らってしまった。

 なんだか、いつもの調子ペースが狂ってしまう感覚がした。



「だからパパが早々に死んじゃった件もあって、上の人らはあたしに一子相伝の秘術を継がせるのに二の足を踏んだんだ。そんな中で……昔あんたがお爺ちゃんから、ひとつの詩を習ってたって話題が上がってね……」



 姉貴は前方から静かにそう呟いた。

 なんせ1000坪以上はある広大なお屋敷だ。

 こうして移動しながらの世間話、情報交換には常に事欠かない。

 

「……お爺ちゃんから習ってた詩……覚えてないな」


「いわゆる"禁詩"よ。我が家の御神木に何度も雷を降らせ、大きな裂け目を入れたという、『十年に一度の名手』だったお爺ちゃんが、極秘裏に書き留めて保存していた、呪われた即興詩フリースタイル


「あー。あのバチあたりな事件ね。なんかフワっと聞いたことある」



 思えば、だから私は幼少期からお爺ちゃんとは気が合ったのかもしれない。

 厳格な保守派だった父とは対照的だった、剣取家における異端児リベラル──

 それが祖父である、剣取シビトその人であった。



「即興性という第六感・・・だけに頼らずとも、全身を激しく呼応させ、電磁波を空高く解き放っては天の雨雲までをもコントロールし、天災である雷を意のままに操る……それが我が家の封印された''禁詩''──『神鳴かみなり』よ」


「いや、ネーミングまんまじゃんか」


「神様が鳴る、で、『神鳴かみなり』よ。シンプルかつ、無茶苦茶かっこいいよ」


「いや、分かってるよ。てか''禁詩''なのに''題名タイトル''は普通に露見してていいのかよ」


「''題名タイトル''が分かんなかったら、一体どれがどれだか分かんなくなるでしょ。アホなの? あんたは。腐っても1000年以上の歴史ある旧家よ。''複数''あるに決まってんでしょ」


「……それもそうだな」


「……こっちだって古今東西、ありとあらゆるポエムを頭に叩き込んだし、戦闘の訓練だって真面目にやってた。でも、あたしの心身の内に眠る言霊は、日々進化し続ける人工知能A.I.の技能的到達点を更新することはなかった。だから、私よりも──あんたの方が相応しかったって訳」



 すると姉貴は急に振り返って、私を両腕でギュッと包み込んだ。

 余りに咄嗟とっさのことで、ついついジタバタともがいてしまう。

 姉貴は何事もなかったかのように続けた。



「ひとつ……本当に誤解しないでほしいのは、あんたには本当に申し訳ないと思ってるし、あたしはあんたのことが、毎日、本当に心配なんだよ……それだけは分かってほしい」


 姉貴は声を震わせながらそう言った。

 まったく。

 だったら憎まれ口など叩かずに、普段からこう接してもらいたいものだ。

 今現在、この一家を支えているのは、他でもない私なのだから。



「──今、胸の内で''憎まれ口''叩いたろ? 分かってるよ」


 

 耳の横でそう囁かれて、私は再び酷く戸惑い、面食らってしまった。

 そして私の姉──剣取アデルは顔を上げ、こちらの両肩に手を置いては静かに微笑んだ。



「ほんとに、あんたは根っからのクズで、どうしようもない女……でも、いやだからこそ、『百年に一度の天才』なんだよ。ガキの癖に冷め切った思考回路で、いっつも世の中を皮肉ってる。心身の内側に常に怨念を溜め込んで、世界を呪ってもケロッとしていられるその『胆力』……そういう頭のネジが外れた奴が、当意即妙の呪詛フリースタイル・ラップを取り扱う剣取の秘術には向いてんだよ……じゃ、着いてきて。今から、その証拠を見せたげるから」


「……それって褒めてんの?」


 姉貴は、私の前髪を優しく撫で付けた。

 美容院に行くのを想像しただけで知恵熱が出てしまう私が、いつもカットしてもらっているその姫カット──その重ためな前髪を。


「……ガチで褒めてるよ。あたしには出来ないことなんだからね」

 

 そう言うと姉貴は薄暗闇の中を足早に駆け出した。

 私も慌てて後を追い掛ける。


 昔は、こうやってよく家中を走り回っては、ふたりで遊んだな……

 私はそんなことを思い出していた。



 ◆◇◆◇



 樹高じゅこう、約100メートル。

 幹周り、およそ20メートル。

 推定樹齢、1500年。

 

 巨大な大蛇が何層にも蜷局とぐろを巻いたような樹相じゅそう

 

 この満ち満ちた生命力の化身のような大樹は、代々剣取家が一子相伝の秘術の継承者を「男系」しか認めてこなかったのも、ある意味では容易に頷けるほどの代物だった。


 ほとばしるほどのエネルギー。

 まさしく攻撃性や野性の象徴のような、母屋を離れた森の中にある、我が家全域を見守る御神木だった。



「でも、お爺ちゃんはかたくななに次期継承者を『女系』にと主張して、周囲の人たちを困らせてた……何でだか分かる?」



 サンダルの裏側をその波打つ樹相の一組ひとくみにあてがいながら、姉貴はこちらを振りながら言った。


「……さあ。そりゃまあ、私ら''女''しか生まれなかったからっていうよりは、単に変人だったからでしょ? リベラルっていうかさ。そういうの、流行ってるもんね。お爺ちゃん、とにかく''ナウい''もん好きだったし」



 すると姉貴は、微かに首を上げてその''傷跡''を見やった。

 堅牢けんろうな樹相の表面部分に斜めに入った、全長10メートルほどの大きな裂け目。

 何層にも折重なっては、ひとつの大きな切り口となっている。



 薄い暗闇の中で、私は目を凝らしながら、それをぼんやりと眺めていた。

 やがて姉貴が、ゆっくりと口を開いた。

 


「……これの''仕業''はね、実はお爺ちゃんじゃない。4歳の頃の、あんたがやったの。全身にチップを埋め込んで、秘術に適合する以前のあんたが、何度も何度もお爺ちゃんから習ったその''禁詩''を唱えてね。これは剣取うちの人たちが今までひた隠しにしてきた、まさに『奇跡』の傷跡なの」

 



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