第4話 剣取が統べる



 その日の放課後。

 中央入口エントランス前の下駄箱に上履きを収めているとき、私はその声を聞いた。

 思ったとおりだ。

 夏の夕暮れ、どこからか吹き付けるぬるい微風そよかぜの中に──

 確かな殺気の残滓ざんしが入り混じっていたから。



『──殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス──』



 四方を見渡し、臨戦態勢に入る。

 制服の下の肌があわ立つ。

 靴下を脱いで裸足になり、その呪詛が微かに残響している校舎側へと戻る。

 

 

 淀んだ空気。

 歪曲する景色。

 瘴気の漂う空間。

 そこは既に──『虚空ノ手』──の中だった。



 高密度の怨念、そして電磁波のひずみが生み出した、外界からは決して観測されない亜空間。

 地球この星の脆弱な現行の科学文明ではその実態と詳細を捉えることの出来ない閉鎖空間であり、古くから''神隠し''の事例の典型的要因となるものである。



「今日は『速報』もなし。こちら側の観測も掻い潜っての発生……それにしては、色々雑過ぎ。流石、'' レーダー''にも引っかからない雑魚ってとこ……」



 殺気の残り香のする方角を向く。

 スクールバッグの中の「ゴールデンアイ」、そして''ドーダちゃん''を握った。


『虚空ノ手』は、偶発的な事故として自然発生することも多々ある。

 それ自体は、決して脅威ではない。

 問題なのは──



「こんな雑魚一匹に、それを展開するような特殊な技術スキルが付与されていることよね」


 

 地球人類、とりわけ女子高生が愛してやまないスマートフォン──その文明の利器を一振りで日本ポン刀へと変形させた後、私は全身に埋め込まれた人工知能A.I.に向かって、直感と霊感をフル稼働させた第六感・・・の言霊を発射スピットする──


 

「──姿を見せない魑魅魍魎・・・──」

「──その臆さ、末期症状・・・・──」

「──さっき高校・・・・の中でも見た殺気・・──」

「──マジ・・さっ・・さと堂々・・と顔を見せろこの餓鬼・・──」

「──でなければ立ち去れ、剣取がジャッジ・・・・する──」



 定番の言い回しと韻律ライム

 多少、荒いがこの程度で十分だろう。

 私の全身に埋め込まれた超小型ICチップが連動し、全身に電磁波のエネルギーが漲る。



『──殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス──』



 これなら「ゴールデンアイ」を装着するまでもない。禄に気配立ちも出来ない弱い犬が、ただ吠えているだけだ。

 私はその空漠たる呪詛の声が木霊する方向へ、''ドーダちゃん''の切っ先を向ける。

 

 まさに光芒一閃こうぼういっせん

 轟音と共に、閃光の筋が放たれる。

 

 姿形を具現化する次元レベルまで達していないその魑魅魍魎の剥片はくへんは、小さくも惨たらしい悲鳴を上げながら一瞬で消滅した。



「……剣取が統べるケンドリ・ルールズ

 


 次の瞬間。

 耳の後ろで鳴るビリビリとした雑音ノイズと共に、私は無事にその結界から脱出した。


 そして右手に握っていた''ドーダちゃん''のつか──その目貫めぬき部分が点滅し、その小さな四角い液晶画面の中に、今回の''狩り''の客観的な成果と報酬が計測される。



「……やっぱ大した点数・・にゃならない、か。今月の本部への上納もまだまだ……」


 

 私は''ドーダちゃん''を振り、その上身かみを四角い文明の利器の中に納めては溜め息を吐いた。




 ◆◇◆◇




 イチョウやサクラの大木が立ち並ぶ、銀杏広場の奥に佇む礼拝堂チャペルから讃美歌が聴こえてくる。

 恐らく上級生たちの放課後定例会が開かれているのだろう。


 私はその''強化された''四肢を駆使して、通行人周りの目を巧妙に避けながら、裏路地を通って迅速に下校を推し進めていた。

 

 やがて家の道へと続く小高い丘の上へと到着すると、''秘術''を解いてその学校を振り返った。



 日中、太陽に空高くから照らし出されていたその教会を模した校舎は、今では少しだけ冷えた乾っ風に吹かれながら、じんわりと絵の具の滲み出すようなオレンジ色の夕闇の中に静かに沈んでいた。


 中等部と高等部の連結された、巨大な本棟に高く掲げられた十字架。

 その下の入口エントランスに、鎮座まします巨大な聖母マリア像。

 そこに隣接された体育館と、銀杏広場の奥に佇む礼拝堂チャペル

 向こう側、敷地の最奥にある少し狭めのグラウンド。


 場所は千代田区の奥深く、周りを小高い山々に囲まれた広大な陸の孤島──

 私立月桃げっとう女子高校。

 カトリック系のミッション・スクールであり、中学からの内部進学組と高校からの外部進学組が高校一年時に合流する併設型中高一貫校。


 まったく。

 なぜにの人たちは、自分のような本来は日陰の存在を、このような絵に描いたようなお嬢様学校に、わざわざ面倒な手続き裏工作をやってまで中途からブチ込まなければならなかったのか。

 ここ数週間での''不穏さ''でよく分かった。

 

 いや、だったらそのむね、早く報告してくれよという話である。

 どうやら我が家は労働環境の悪化と深刻な人手不足の憂き目に合い、今では基本的な「報・連・相」すら怠るようになってしまったらしい。


 それに今日の午後は、普段より一段と周囲からの視線が突き刺さるようになった気もするし、肝心の定良ていらさんも何だか急に余所余所よそよそしくなってしまった。

 そしてあのエイリアンが自分に向けて飛ばしてくる呪詛──というかただの小言にも本当に参ってしまう。

 

 しかし、さっきの雑魚を狩って確信した。

 どこかに親玉・・がいる。魑魅魍魎の''宇霊うりょう''たち、その小童どもに''力''を付与している親玉が。

 


 まったく。

 こんなことを毎日仕事にしていて、私だって余所者エイリアンでしかないのだ。あの清らかな学園における爪弾き者。今日はそれを、嫌というほど実感させられた。

 心なしかここから見下ろすその教会のような学園は、いつもよりドス黒い悪意の影を裏側に広げているようにも見える。



 私は色とりどりの高山植物が両側に生い茂る脇道を抜けて、関係者以外は決して立ち寄らない──そして立ち寄れない、秘密の獣道を直進していった。


 この地上は、剣取が統べる。

 この学園は、剣取が統べる。


 今の私には、あの両肩に取り憑いた''ゼイリブ''の対処法すら分からない。

 今ではこの家訓スローガンも、ほとほと堕落したものだと実感していた。

 


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