第3話 純情可憐の定良リアナ
◆◇◆◇
蛇の形をした、全長およそ30メートルほどの強力なエクトプラズ厶──もとい''白いモヤモヤ''が、とある郊外の町の交差点で暴れ回っていた。
幸い夜中なので周囲に人気はない。
私は一家に代々伝わる宇宙祓い神器……
カラクリ
そしてカラクリ
それら二つを携えたまま、制服姿でそこに突っ立っていた。
外宇宙からの光線。
そして、地球上に住む人間たちの負のエネルギー。
それら
''
私に向かって猛スピードで突進してくる。
「──蛇、でっかいヘビ……''スネイク''……うわヤバい全然思い付かない──」
私は
──開始しようと試みていた。
遠くから、ノキアちゃんの叫び声が聞こえてくる──
「おいモネっち! もっと気張れや! そんなんじゃ勝てないぞ! もっと日頃から辞書や本を読め!
「……分かってる! 分かってるからもう! 話しかけないで!」
思わず耳を塞いでその場に
しなる身体で地割れを起こしながら突進してくる、その"蛇型''の''白いモヤモヤ''を間一髪で交わしながら、私は次の一手を必死に考えていた。
それらの言霊──もとい
最大限のパフォーマンスを発揮するには、A.I.の予測を大きく上回らなければならない。
その即興性──
つまりは直感や霊感を司る
そして
この即興詩の完成度が上がれば上がるほど、全身に埋め込まれたA.I.は感嘆の声を上げ、人間に秘められた潜在能力──「火事場の馬鹿力」を極限以上に引き出す。
これが、古来より続く''言霊''の力の真実。
遠い祖先が極秘裏に開発した、門外不出の''カラクリ''の
「
「オカルトよりも具象的──
「──
「──我が呪詛の弾丸。その
「──貴
「──すら
……まずまずだった。
発声も問題なし。
これぐらいの''雑魚''なら、これで叩けるはず。
四小節の詠唱が終わった瞬間、私の全身は漲るオーラに包まれる。
右足を夜の冷気に曝されて乾き切ったアスファルトに力強く踏み込み、街灯に照らされた周囲の景色を吹き飛ばす。
激的な推進力で、白い
私は異形を狩る修験者となる。
この
その蛇の怪奇は刹那、頭部をこちらと向けたが時既に遅し。
私の両手に握られた「ドーダ
「……
白いモヤモヤは悲痛なるうめき声を上げながら、やがて文字通り、雲散霧消した。
やがて遠くから「ゴールデンアイ 2025 Ver.」をかけたノキアちゃんが、極限まで短くした他校のスカートを翻してやってくる。
いや、なんで私の方のが「旧式」やねん。
「おーいモネっち! 今回もかっこよかったぞ! これで今月のノルマもクリアだな!」
私はボロボロになった制服に付着した埃を
「……いいから! 早く撤退するよ! こっから''後処理班''が到着するまでは
「はいはーい!」
私たちは人気のない裏路地を二人して疾走した。
「……前から思ってたんだけどさあ、なんでこんなとこだけ原始的なの?」
私は息も切れ切れにそれに応える。
「『オカルトよりも具象的、Sci-Fiよりも抽象的』だからだよ、
「……誰かに見られたら?」
「……
「……そんでさあ。モネっち、なんで下に短パンなんか穿いてんの? ただでさえ膝下丈なのに」
どうでもいいだろ。
そして、穿くに決まってんだろこのXXX。
「おい! また胸の内でエグい悪態吐いただろ! ほんと、一見大人しそうに見えて中身は狂犬なんだから。いやーしかしねえ。昔からの顔馴染が、まさか裏でこんなおもろいことやってたなんてねー」
「……もう危ないからさ。無理して付いてこなくていいよ」
「おい! 今日もオバサンと一緒に出現ポイントを算出したの、私だぞ! その間、モネっち寝てただけじゃんか!」
「……それは体調悪いんだからしょうがないんだよもう! それになんで勝手にうち上がってんの! お母さんとも仲良く仕事してんだよ! もう!」
「……
──え? その声は
私は急いで横を見た。
いつもの定良さん。いつもの美少女がいた。
違う、違うんです。ICチップとはいっても極めて現代的な医療、身体への負担も少ないやつで……いやそりゃ確かに副作用でちょっとぐらい不眠になったりしますけど、いやだってインプラントだのなんだので、体内に異物を埋め込む医療なんて、今時いっぱいあるじゃないですか? なんでA.I.搭載のチップだと引くんですか? おかしいでしょ!
「……剣取さん。どれだけ理論武装したところであたし、全身に最小限まで小型化された文明の利器が埋め込まれたような子は無理だわ……さよなら」
待ってください!
違うんです!
高校さえ出れば、こんなもの簡単にパパッと外せるんです!
定良さん!
てい……ら……さん
てい……ら
て……
◆◇◆◇
目を開ける。
保健室。
うんざりするほど、いつもの天井だ。
こうして日中は惰眠を貪り、空虚な時間を潰してゆく
まったく。
この世は腐り切っている。
ベッドから緩やかに降り、備え付けの小型冷蔵庫から水を取って飲む。廊下へと出てトイレを済ませた後、再びレールのカーテンを引いてベッドの中へと潜り込む。
そしてサイドテーブルの上に置いてあったバッグの中から、愛機の''ドーダちゃん''を取り出す。
片手で握り込める特別仕様──小型の四角い液晶画面。
普段はスマホで、有事の際には私の全身に埋め込まれたICチップと連動し、''愛刀''にも変形してくれる優れもの。まさに文明の利器。銀色のボディーが艶めかしく光る……そのため、無茶苦茶に重いのが玉に
これであの厄介な探偵ギャルからの「緊急速報」さえ届くことがなければ、毎週''ニチアサ''を見ている子供たちも大喜びしそうな
やがて、そんな無益な
私は再び、浅い眠りへと誘われようとしていた。
「……………………!」
「……………………!」
何か声がする。
あの厄介ギャル再び、か──
まったく。
どうせまた、「ほだら外宇宙から放たれるという素粒子の波動は、かつてフィリップ・K・ディックが頭に受けたとされるピンク色の光線と何か関係ありまんのか?」的なダルい議論を仕掛けてこようとしているに違いない。
まったく。
やれやれだ。
私は中途覚醒しかけていた意識を一気に
「──うっさいんだよもう!」
「えっ? ごめんなさいっ!」
目の前には、
私の前の席にいる完全無欠の美少女──
「てててててててててて、定良さん──」
私は素っ頓狂な声を上げてベッドから転げ落ちた。
そして、光の速さで元いた座標へと帰還した。
「すすすすすすすすすみません! ついついつい! 人違いで!」
定良さんは少しだけ微笑みながら、両手で私の両肩に触れた後、掛け布団を上から優しく被せてくれた。
「ううん! 大丈夫! よかった。もう大分元気になったみたいね……でも、もうちょっと安静しとかないとダメよ。油断は禁物!」
私は顔を真っ赤に紅潮させながら、必死に身振り手振りを交えながら叫んだ。
「ああああああああの! すみません! ありがとうございました! きっと今朝、定良さんが
定良さんはその麗しい顔で、私に向かってゆっくりと微笑んだ。
七月の熱気にあてられて、額は少しだけ汗ばんでいるように見える。
丸い目の周りに引かれた控えめなアイライン、そしてその素材を最大限に引き出すための、温かみのあるチーク、リップの
そんな心身共に清らかな彼女を──
私は今日、両肩の後ろに青白いガイコツ顔のエイリアンが取り憑いているなどと言って、公衆の面前で騒ぎ立ててしまったのだ。
その上更に──わざわざ保健室まで運んでくれた彼女に向かって、暴言まで吐いてしまったのだ。
マジすか。本気ですか。それって最低じゃないですか。なんなんですか。
正気なんですか?
私は目をギュッと
今日から、自己嫌悪の権化として生まれ変わろう──以下省略。
短い髪をそっと撫でつけながら、やがて定良さんは静かに微笑んだ。
私の顔をそっと覗き込みながら。
やっぱり睫毛──長いな。
「全然、大丈夫よ。それにしても剣取さんって、やっぱり面白い子ね……じゃあ! あたしこのあと部活あるから……また明日ね!」
「……は、はい! また明日! よろしくお願いします! 明日は気絶しないように頑張ります!」
定良さんはその温かな笑顔と共に、軽やかに身を翻しては保健室を出ていった。
その両肩後ろにはやはり、青白いガイコツ顔に黒いサングラスを掛けた、「ゼイリブ」に出てくるエイリアンのような顔が二つがあって──
ベッドにいる私を見下ろしながら、小さくケタケタと笑っていた。
◆◇◆◇
まったく。
この世は腐り切っている。
今すぐに''
''宇宙祓い''。
どんな手段を使ったっていい。
私のこの、胸の内で沸々と煮え滾る
今すぐにあのエイリアン──
いや、ぶっ殺してやる。
彼女の心身に、何らかの不調をきたす前に。
早く。
翌日、午前中──
私は定良さんの後ろの席で授業を受けていた。
もはや内心はマグマのように沸騰した怒りで燃え滾っていたため、いつもの眠気はとうにどこかへ吹き飛んでいた。
しかし
ここまで直接的に、長時間取り憑いた例というのは見たことも聞いたこともない。周囲の磁場がもたらす不調ではないことは、明らかに自立したまま話していることから分かる。
そして「ゴールデンアイ」なしでも視認出来るほどの''圧力''の強さ──私は自分が修験者の身でいることを心底後悔した。
なぜ、こんな子が──
こんな
『ケケケ、オ嬢チャン、ソンナ
『プスプスプスプス。本当二傑作ダゼ。今マデ散々同胞ヲ痛メ付ケテキテクレタオ前ラカラ、コウシテ簡単二身ヲ守ル方法ガアッタトハナ……ウキャウキャキャ。ホラ、先生ガコッチ見テンゾ? 問3ダナ、ソロソロ指サレルンジャナイノカ?』
削ぎ落とす、その
駄目だ、全てにおいて、甘すぎる。
それに、
まったく。
なんでもってこんな''システム''を構築したのか。
古今東西より、人々は即興詩が放つその一瞬の
仕方がない。
どんな手段だって使ってやる。
お母さんとお爺ちゃん以外の家族にも、助言を求めて──
『ホラホラ、エリカ先生、ソロソロオ前ヲ指スゾ? チャント答エラレンノカ? 剣取モネチャン?』
そのためには、このクソッたれどもを──
なるべく意識の外へと置いて、秘術への没入を極めてゆくしかない。
想いの強さは、言霊の強さ。
そして言霊の強さは、
◆◇◆◇
昼休み。
皆がワイワイとお弁当や購買で買ってきたサンドウィッチなどを持ち寄り、机を引っ付け合っては談笑している中──
私はその最も賑やかなグループの中へと
「……て、て、定良さん!」
「はい? 何? 剣取さん?」
数日前に失神した時のように、クラスメイト皆の視線が一斉に私の元へと集中したが、そんなことに構ってやれる余裕は既になかった。
そんなことは、どうでもよかった。
取り敢えず
姿も一切、見えることはないのだから。
席を立ち、こちらへと寄ってきた定良さんの両肩に手を置き──
私は彼女の目をまっすぐに見つめながら、全身全霊の力を込めて叫んだ。
「……て、定良さん! こ、これからは……何があっても私が護りますから! だから……『
「──えっ?」
遠くで小さく、蝉の声が聞こえた。
眩い太陽が放つ夏の熱気が、私たちのいる教室を照らしていた。
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