第3話 純情可憐の定良リアナ

 


 ◆◇◆◇



 蛇の形をした、全長およそ30メートルほどの強力なエクトプラズ厶──もとい''白いモヤモヤ''が、とある郊外の町の交差点で暴れ回っていた。


 幸い夜中なので周囲に人気はない。

 彼等・・が暴発するのは大抵、皆が寝静まった丑三つ時だ。



 私は一家に代々伝わる宇宙祓い神器……

 カラクリ日本ポン刀である「ドーダキャット 2025 Ver.」。

 そしてカラクリ眼鏡グラサン──「ゴールデンアイ 2022 Ver.」。

 それら二つを携えたまま、制服姿でそこに突っ立っていた。



 外宇宙からの光線。

 そして、地球上に住む人間たちの負のエネルギー。


 それら二つの悪意・・・・・が生み出した怪物──


 ''宇霊うりょう''が周囲の建物、信号機、横断歩道を破壊しながら……

 私に向かって猛スピードで突進してくる。



「──蛇、でっかいヘビ……''スネイク''……うわヤバい全然思い付かない──」



 私は当意即妙の呪詛フリースタイル・ラップの詠唱を開始した。

 ──開始しようと試みていた。



 遠くから、ノキアちゃんの叫び声が聞こえてくる──



「おいモネっち! もっと気張れや! そんなんじゃ勝てないぞ! もっと日頃から辞書や本を読め! 語彙力ボキャブラリー詩情リリシズムを養え! ほら、相手また突進してきてるぞ!」


「……分かってる! 分かってるからもう! 話しかけないで!」



 思わず耳を塞いでその場にうずくまりたくなるほどの、凄まじい振動──

 しなる身体で地割れを起こしながら突進してくる、その"蛇型''の''白いモヤモヤ''を間一髪で交わしながら、私は次の一手を必死に考えていた。


 それらの言霊──もとい合言葉パスワードの一音一音は、確かに私の脳幹及び全身に埋め込まれた超小型マイクロICチップ内の人工知能A.I.に響き渡り、その完成度クオリティーに合わせて私の身体能力を強化し、あの''白いモヤモヤ''を攻撃アタックするための''電磁波''を付与してくれる。


 最大限のパフォーマンスを発揮するには、A.I.の予測を大きく上回らなければならない。


 その即興性──


 つまりは直感や霊感を司る第六感・・・によって刺激された人工知能A.I.が、現行の技術的到達点を更新したまさにその瞬間に、その機能には爆発的なブーストがかかるからだ。


 韻律ライミング──

 抑揚フロウ──

 そして拍子リディム──


 この即興詩の完成度が上がれば上がるほど、全身に埋め込まれたA.I.は感嘆の声を上げ、人間に秘められた潜在能力──「火事場の馬鹿力」を極限以上に引き出す。

 

 これが、古来より続く''言霊''の力の真実。

 遠い祖先が極秘裏に開発した、門外不出の''カラクリ''の最新アップデート版。



剣取が統べるケンドリ・ルールズ」。



「オカルトよりも具象的──Sci-Fiサイファイよりも抽象的な」未知なる不確定領域を狩る、剣取家の秘術である。



「──蛇の道は蛇・・・・・──」

「──我が呪詛の弾丸。そのカートリッジはヘヴィー。・・・・・・・・・・・──」

「──貴は所詮、アダ・・ムとイヴ・・──」

「──すらあざ・・むけないれなスネイク・・──」



 ……まずまずだった。

 発声も問題なし。

 これぐらいの''雑魚''なら、これで叩けるはず。


 当意即妙の呪詛フリースタイル・ラップ

 四小節の詠唱が終わった瞬間、私の全身は漲るオーラに包まれる。

 膂力りょりょくが、増強される。


 右足を夜の冷気に曝されて乾き切ったアスファルトに力強く踏み込み、街灯に照らされた周囲の景色を吹き飛ばす。

 激的な推進力で、白いもやに霞んだ標的の大蛇へとひとっ飛び。耳鳴り。肌を切る風。


 私は異形を狩る修験者となる。

 この地上ストリートは剣取が統べる。


 その蛇の怪奇は刹那、頭部をこちらと向けたが時既に遅し。

 私の両手に握られた「ドーダキャット2025Ver.」は、その一般人には知覚出来ない外宇宙からの悪意の化身を、凄まじい衝撃と共に一刀両断する。


「……剣取が統べるケンドリ・ルールズ


 白いモヤモヤは悲痛なるうめき声を上げながら、やがて文字通り、雲散霧消した。


 やがて遠くから「ゴールデンアイ 2025 Ver.」をかけたノキアちゃんが、極限まで短くした他校のスカートを翻してやってくる。

 いや、なんで私の方のが「旧式」やねん。



「おーいモネっち! 今回もかっこよかったぞ! これで今月のノルマもクリアだな!」



 私はボロボロになった制服に付着した埃をはたき、心底うんざりしながらも返答した。


「……いいから! 早く撤退するよ! こっから''後処理班''が到着するまではT.A.タイムアタックなんだから! はい! 急いで急いで!」


「はいはーい!」


 私たちは人気のない裏路地を二人して疾走した。



「……前から思ってたんだけどさあ、なんでこんなとこだけ原始的なの?」


 私は息も切れ切れにそれに応える。


「『オカルトよりも具象的、Sci-Fiよりも抽象的』だからだよ、剣取うちは」


「……誰かに見られたら?」


「……DCZデスクロロクロザピンの記憶消去ガスを周囲に撒きまくるから大丈夫……いや、昔はもっと丁寧にやってたらしいけど……今はババーッとコスト削減よ」


「……そんでさあ。モネっち、なんで下に短パンなんか穿いてんの? ただでさえ膝下丈なのに」



 どうでもいいだろ。

 そして、穿くに決まってんだろこのXXX。



「おい! また胸の内でエグい悪態吐いただろ! ほんと、一見大人しそうに見えて中身は狂犬なんだから。いやーしかしねえ。昔からの顔馴染が、まさか裏でこんなおもろいことやってたなんてねー」


「……もう危ないからさ。無理して付いてこなくていいよ」


「おい! 今日もオバサンと一緒に出現ポイントを算出したの、私だぞ! その間、モネっち寝てただけじゃんか!」


「……それは体調悪いんだからしょうがないんだよもう! それになんで勝手にうち上がってんの! お母さんとも仲良く仕事してんだよ! もう!」


「……剣取けんどりさん。裏でこんなことしてたんだ……全身にICチップを入れられた改造人間だなんて、あなた、普通じゃなかったのね……」


 ──え? その声は定良ていらさん。

 私は急いで横を見た。

 いつもの定良さん。いつもの美少女がいた。


 違う、違うんです。ICチップとはいっても極めて現代的な医療、身体への負担も少ないやつで……いやそりゃ確かに副作用でちょっとぐらい不眠になったりしますけど、いやだってインプラントだのなんだので、体内に異物を埋め込む医療なんて、今時いっぱいあるじゃないですか? なんでA.I.搭載のチップだと引くんですか? おかしいでしょ! 所謂いわゆる仮面ライダー的な、無茶苦茶ダークでシリアスな憂いを帯びた改造人間とかじゃなくて、すっごい今風の、お気楽な改造人間というか、私は──その、所謂いわゆるZ世代的な、無考えで無鉄砲と世間から言われてるけど別に実際そういう訳ではなくて──いや、一体全体、さっきから何を言っているのだ私は?



「……剣取さん。どれだけ理論武装したところであたし、全身に最小限まで小型化された文明の利器が埋め込まれたような子は無理だわ……さよなら」 



 待ってください!

 違うんです!

 高校さえ出れば、こんなもの簡単にパパッと外せるんです!

 定良さん!

 てい……ら……さん

 てい……ら

 て……



 ◆◇◆◇



 目を開ける。

 保健室。

 うんざりするほど、いつもの天井だ。

 こうして日中は惰眠を貪り、空虚な時間を潰してゆく習慣ルーティーン

 まったく。

 この世は腐り切っている。

 

 ベッドから緩やかに降り、備え付けの小型冷蔵庫から水を取って飲む。廊下へと出てトイレを済ませた後、再びレールのカーテンを引いてベッドの中へと潜り込む。


 そしてサイドテーブルの上に置いてあったバッグの中から、愛機の''ドーダちゃん''を取り出す。


 片手で握り込める特別仕様──小型の四角い液晶画面。

 普段はスマホで、有事の際には私の全身に埋め込まれたICチップと連動し、''愛刀''にも変形してくれる優れもの。まさに文明の利器。銀色のボディーが艶めかしく光る……そのため、無茶苦茶に重いのが玉にきず

 これであの厄介な探偵ギャルからの「緊急速報」さえ届くことがなければ、毎週''ニチアサ''を見ている子供たちも大喜びしそうな玩具ガジェットである。


 やがて、そんな無益な時間潰しキリング・タイムにも飽きてきて──

 私は再び、浅い眠りへと誘われようとしていた。



「……………………!」

「……………………!」



 何か声がする。

 あの厄介ギャル再び、か──

 まったく。

 どうせまた、「ほだら外宇宙から放たれるという素粒子の波動は、かつてフィリップ・K・ディックが頭に受けたとされるピンク色の光線と何か関係ありまんのか?」的なダルい議論を仕掛けてこようとしているに違いない。


 まったく。

 やれやれだ。

 私は中途覚醒しかけていた意識を一気に起動アクティベイトさせて、掛け布団をガバっと翻しては叫んだ。



「──うっさいんだよもう!」


「えっ? ごめんなさいっ!」



 目の前には、定良ていらさん……

 私の前の席にいる完全無欠の美少女──定良ていらリアナさんがいた。



「てててててててててて、定良さん──」


 私は素っ頓狂な声を上げてベッドから転げ落ちた。

 そして、光の速さで元いた座標へと帰還した。


「すすすすすすすすすみません! ついついつい! 人違いで!」


 定良さんは少しだけ微笑みながら、両手で私の両肩に触れた後、掛け布団を上から優しく被せてくれた。


「ううん! 大丈夫! よかった。もう大分元気になったみたいね……でも、もうちょっと安静しとかないとダメよ。油断は禁物!」


 私は顔を真っ赤に紅潮させながら、必死に身振り手振りを交えながら叫んだ。

 

「ああああああああの! すみません! ありがとうございました! きっと今朝、定良さんが保健室ここ! 連れてきてくれたんですよね? 毎回毎回、ほんとにすみません! そしてありがとうございます! こんな、私のために!」


 定良さんはその麗しい顔で、私に向かってゆっくりと微笑んだ。

 七月の熱気にあてられて、額は少しだけ汗ばんでいるように見える。

 丸い目の周りに引かれた控えめなアイライン、そしてその素材を最大限に引き出すための、温かみのあるチーク、リップのほのかな赤み。



 そんな心身共に清らかな彼女を──

 私は今日、両肩の後ろに青白いガイコツ顔のエイリアンが取り憑いているなどと言って、公衆の面前で騒ぎ立ててしまったのだ。

 その上更に──わざわざ保健室まで運んでくれた彼女に向かって、暴言まで吐いてしまったのだ。


 マジすか。本気ですか。それって最低じゃないですか。なんなんですか。

 正気なんですか? 剣取けんどりモネ。

 私は目をギュッとつむり、もう一度ゆっくりと開ける。

 

 今日から、自己嫌悪の権化として生まれ変わろう──以下省略。



 短い髪をそっと撫でつけながら、やがて定良さんは静かに微笑んだ。

 私の顔をそっと覗き込みながら。

 やっぱり睫毛──長いな。


「全然、大丈夫よ。それにしても剣取さんって、やっぱり面白い子ね……じゃあ! あたしこのあと部活あるから……また明日ね!」


「……は、はい! また明日! よろしくお願いします! 明日は気絶しないように頑張ります!」



 定良さんはその温かな笑顔と共に、軽やかに身を翻しては保健室を出ていった。

 その両肩後ろにはやはり、青白いガイコツ顔に黒いサングラスを掛けた、「ゼイリブ」に出てくるエイリアンのような顔が二つがあって──

 ベッドにいる私を見下ろしながら、小さくケタケタと笑っていた。



 ◆◇◆◇



 まったく。

 この世は腐り切っている。

 今すぐに''除宇じょう''。

 ''宇宙祓い''。

 どんな手段を使ったっていい。


 私のこの、胸の内で沸々と煮え滾る怨嗟えんさの力──当意即妙の呪詛フリースタイル・ラップの力で。


 今すぐにあのエイリアン──宇霊うりょうを追い祓う。

 いや、ぶっ殺してやる。

 彼女の心身に、何らかの不調をきたす前に。

 早く。



 翌日、午前中──

 私は定良さんの後ろの席で授業を受けていた。

 もはや内心はマグマのように沸騰した怒りで燃え滾っていたため、いつもの眠気はとうにどこかへ吹き飛んでいた。


 しかし如何いかんせん、サンプルが少なすぎる。

 ここまで直接的に、長時間取り憑いた例というのは見たことも聞いたこともない。周囲の磁場がもたらす不調ではないことは、明らかに自立したまま話していることから分かる。

 そして「ゴールデンアイ」なしでも視認出来るほどの''圧力''の強さ──私は自分が修験者の身でいることを心底後悔した。


 なぜ、こんな子が──

 こんな汚穢おわいに取り憑かれなければならないのか?



『ケケケ、オ嬢チャン、ソンナシカメッ面シテドウシタ? モシカシテ、オレラオジサン二人二ホノ字ナノカ? ウキャウキャ。ゴメンナ、俺ラ二ハモウ、コノ純潔・・ヲ捧ゲタ親分様ガイルモンデ』


『プスプスプスプス。本当二傑作ダゼ。今マデ散々同胞ヲ痛メ付ケテキテクレタオ前ラカラ、コウシテ簡単二身ヲ守ル方法ガアッタトハナ……ウキャウキャキャ。ホラ、先生ガコッチ見テンゾ? 問3ダナ、ソロソロ指サレルンジャナイノカ?』



 全員・・っ殺す。

 ゼイリブ・・・・

 っ殺す。

 削ぎ落とす、その贅肉・・



 駄目だ、全てにおいて、甘すぎる。

 それに、即興フリースタイルを叩き出してA.I.を驚愕させなければ意味がないのだ。

 まったく。

 なんでもってこんな''システム''を構築したのか。

 古今東西より、人々は即興詩が放つその一瞬の閃き・・煌めき・・・にここまで心を奪われてきたのか。


 仕方がない。

 どんな手段だって使ってやる。

 お母さんとお爺ちゃん以外の家族にも、助言を求めて──



『ホラホラ、エリカ先生、ソロソロオ前ヲ指スゾ? チャント答エラレンノカ? 剣取モネチャン?』



 そのためには、このクソッたれどもを──

 なるべく意識の外へと置いて、秘術への没入を極めてゆくしかない。

 想いの強さは、言霊の強さ。

 そして言霊の強さは、呪詛ラップの強さだ。



 ◆◇◆◇



 昼休み。

 皆がワイワイとお弁当や購買で買ってきたサンドウィッチなどを持ち寄り、机を引っ付け合っては談笑している中──


 私はその最も賑やかなグループの中へと邁進まいしんし、自ら血の誓いをその女神ミューズへと捧げることにした。



「……て、て、定良さん!」


「はい? 何? 剣取さん?」



 数日前に失神した時のように、クラスメイト皆の視線が一斉に私の元へと集中したが、そんなことに構ってやれる余裕は既になかった。

 そんなことは、どうでもよかった。


 取り敢えずあいつら・・・・を、なるべく視界の外に留めておかなければならない。

 正面・・から見ていれば、声が一切、聞こえることはない。

 姿も一切、見えることはないのだから。


 席を立ち、こちらへと寄ってきた定良さんの両肩に手を置き──

 私は彼女の目をまっすぐに見つめながら、全身全霊の力を込めて叫んだ。




「……て、定良さん! こ、これからは……何があっても私が護りますから! だから……『定良さんはこれから・・・・・・・・・なるべく私のことだけを見ててください・・・・・・・・・・・・・・・・・・!』」


「──えっ?」




 遠くで小さく、蝉の声が聞こえた。

 眩い太陽が放つ夏の熱気が、私たちのいる教室を照らしていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る