第2話 ギャル助手の詩座ノキア


「──剣取けんどりさんってさ、あの山奥にあるお屋敷なんでしょ? あたし、一応生まれも育ちも東京なんだけど、都内であんな場所あるなんて初めて知った! ここまで通学大変じゃない?」


 全然、大変じゃないてす。

 むしろ早く着きすぎたときは、よく朝のホームルームまでに気を失っちゃいます……

 

「──ねえ、ご病気大丈夫? エリカちゃんに聞いたけど、『中途覚醒』、『ナルコレプシー』って大変なんでしょ? 日中はいっつもげっそりしてて辛そうね……なんでも体質らしいけど」


 まあ、ぶっちゃけそれには別の理由があるんですけど。大丈夫です。全然、お気になさらないでください……


 定良ていらさんはいつも優しいな。私のこと、こんなに気にかけてくれて。

 ''表の顔''を取り繕うのに学校に行かなきゃいけないのは辛いけど、こんな子がいるなら、少しは頑張れるかも……


「──じゃあ今日の放課後、剣取けんどりさんのお家お邪魔するね! 楽しみ!」


 え?

 ちょっと待って。それは無理。すみません、ちょっとそれだけは……


「──モネ。また新たな脅威がこの地球に近付いとる。これは必ず、わしの代で終わらしてみせる。だからお前は心配しなくていい。家のことだって、気にしなくていいんだ」


 え? お爺ちゃん?

 なに? なんで? なにがあったの? 懐かしい声。てか定良ていらさんは? どこ?

 誰が──今話してる──

 あれ?

 眩しい。

 



 ◆◇◆◇




 目を開けると、見慣れた保健室の天井が見えた。

 私は少しだけ上がった息を整えようと深呼吸を繰り返した。

 ゆっくりと上半身を起こすと、左手にこないだの健康診断で使われていた姿見が放置されていた。


 腰の辺りまで伸びた姫カット、前髪重ため。物心が付いた頃からこれ。落ち着くからだ。

 まるで外界から身を守るちょっとした要塞や防御壁のよう。私は常にこれに護られている。

 そして自慢ではないが、日々ろくに手を入れていないというのに、それはいつもサラサラの状態で維持キープされていた。唯一の取り柄だった。


 しかし残念なのは、この目の下のクマだ。

 不眠症と共に二年前から発現し、未だにそこに居座って離れない。鏡に近寄り、そっと指先で撫でつけては溜め息を吐いてみる。

 これも全部、呪われた稼業のせいだ。高校を出る頃には地方の余所の家・・・・に主任としての権限が移るから辞められる──今となってはその慰めの言葉も疑わしい。


 お祓いをする度に眠りは浅くなる。たまに程度の稼働でこのざまだ。私が中一の時、人手が足りないからという理由で引退後に「協会」から強制的にシフト・・・に入れられたお爺ちゃんは、未だに向こう側・・・・から帰ってこない。


 それに、今朝のあの顔たち・・・・・は……

 見間違いや幻覚でないなら、定良ていらさんの身に、一体何が──

 


「おいモネっち! 今朝のあれ・・見たか! おい!」 



 すると突然、ベッドを取り囲むレールに繋がれたカーテンを勢いよく引いて、詩座しざノキアが目の前にその姿を現した。


 私は素っ頓狂な声を上げてベッドから転げ落ちた。


「……相変わらず大袈裟なリアクションだな。新喜劇の団員かお前は」


 ノキアちゃん! 

 なぜここに?

 今日は定期試験じゃなかったの?

 てかうちの制服じゃんそれ!


「──みてえな顔してっから答えてやっがよ、うちは特待だからあんなアホ高のテストなんざ巻いて出てくんのは余裕。服は知り合いに借りた。以上」



 なんて察しのいい行動力のあるヤンキーだろう。いやヤンキーじゃない、ギャルだった。ヤンキーなんて言ったらこの子は激昂げっこうするから。

 ヤンキーは周りの同調圧力に流されるだけ、ギャルには''スタイル''があるという主張だが、正直違いは分からない。というか、どうでもいい。


 幼稚園からの幼馴染であるノキアちゃんが、ド派手なメイクの施されたその顔を私に近付けてきた。

 額を全開にしたストロング・スタイルの金髪ロング。

 制服を借りてきたところで、今日日きょうびこんな子がうちの学校にいる訳もないのだった。


「……''ロイン''の定時報告でしょ? 『協会』からの。見たよ。別に、いつもの内容だった」


 そういうとノキアちゃんはその自然流ナチュラルな付け睫毛まつげによって武装コーティングされた双眸そうぼうをギラつかせながら、ベッドへと帰還した私の顔を更に注意深く覗き込んだ。

 何らかのパウダーやアイシャドウの匂いが鼻腔にまとわりつく。

 

 私は少しだけ横に目を逸らした。

 まったく。

 昔はあれだけ大人しい子で、こんな感じではなかったというのに。


「ちげーよ! いつものとは違って、前にお祓いした『エイリアン』は強大だったから、その残滓がまだどこかに揺蕩のこってる可能性が──ってあったじゃん! そんで嫌な予感がしたんで、『グラサン』使って色々探ってたら、ほら。案の定、取り憑いてたわ。あんたの同級生クラスメイトのかわい子ちゃんに。いやーしっかし、いつ来てもおしとやかかつ賑やか! 麗しい女子校だねーここは。羨ましいわ」


「……いや、勝手に嗅ぎ回んないでよ! ほんとに"記憶''、消さなきゃいけなくなっちゃうよ? あくまで助手バイトなんだから、そういうのは全部こっちでやるから大丈夫なの!」


「ほーん。ただでさえ辞めたがってる怠惰なお前が、これからうちの華麗なアシストなしで、ノルマこなせんのか?」


「ぐぬぬ……」


 私は本来人間の口からは発声されないはずのその三文字──擬態語ぐぬぬをこれ以上ないほどに感情を込めて発しながら、ベッドのシーツを指先で力強く握った。

 したり顔のノキアちゃんは小さく鼻を鳴らした。


「ほら。たまーに余所からやってくるCIAだのMI6の諜報員スパイだの、それに外宇宙からの脅威だのは''追い祓えて''も、この幼馴染の有能な助手……というかもはや有能なプロデューサーのうちは退治出来ないでしょ? うちらは常に二人でひとつの最強コンビなんだよモネっち」


 そう言うとノキアちゃんは起き上がり、華麗にターンを決めながらベッドの周りをクルクルと徘徊しだした。

 古来よりその存在を秘匿されてきた剣取けんどり家の威厳は、ちょうど35年ほど前──この国がバブルに浮かれまくっていた頃に「協会」から主任としての権限を与えられて以降、年々悪化してゆく労働環境と人手不足の憂き目に合い、今やこうして一人の唯我独尊ギャルに機密情報を安々と握られてしまうほどに堕落してしまっていた。

 

 というかいつの間に、関係者以外はアクセス出来ない''秘密のロイン・アカウント''まで知ってるんだこの子は。

 一体なんなんだろうか、この化粧メイクと同じぐらいの厚かましさは。

 いっそのこと私自身が責任持って、渋谷の''08まるはち''の四階あたりに幽閉しておくべきなのかもしれない。 


 本来の意味での「余所者エイリアン」は、紛れもなくこの詩座ノキアであったのだ。



「──おい! また地の文で悪態付いてんだろ! 長い付き合いでそういうの、こっちは分かるんだからな!」



 私は全身をビクっと震わせながら、周囲を闊歩しながら思案に暮れている、その天衣無縫ギャルを見やった。

 そして定良ていらさんのことを考えながら──ゆっくりと話し始める。


「……今まで人に直接取り憑いた例ってのは、意外と少ないんだよ。要はただの''電磁波''みたいなもんだからさ。『量子もつれ』の理論を利用して、何光年も向こうの宇宙から地球に飛ばされてくんの。だから一見取り憑いてるように見えて、その人の周囲の''磁場''が狂ってただけっていうケースの方が多いんだよ」


 ノキアちゃんは顎に手をあてながら、ベッドの端にゆっくりと腰をかけた。


「『量子もつれ理論』──要は光の粒が、たとえどんなにバカ広い距離を離れていようが、''片方が変化すればもう片方も変化する''性質。それを高度な科学技術を使って、何光年も彼方にある星々に向かって吹っ飛ばす……極限遠距離間を超えた『視察』を行うために」


「……そう。その''光線''や''電磁波''が引き起こす全ての不可解な事象、現象を、古来より人は神霊の仕業だと解釈してきたんだよ」



 一瞬の沈黙が流れた。

 部屋の上方に設置されている時計の針を見上げると、既に午後一時をすぎた頃だった。



「──いや、信じられるか!」


「ええ? 今更? こんなにざっくり分かりやすく説明したのに!」


「いや誰にだよ!」


「……でも、ノキアちゃんもこれまで色々見てきたでしょ? 実際にいるんだよ、宇宙人ってのは。この宇宙の遥か彼方に。光の速さで何年もぶっ飛ばしても、届かないほど遠くの星に」


「でも未だに誰も会ったことはないだろ!」


「……それを''フェルミのパラドックス''っていうんだよ。地球外生命体は確かに存在するのに、誰も接触した事実はない。それは単純に距離が遠すぎるからだよ。だから高速で飛ばせる光線だけを遠くから受信キャッチした結果、地球こっちの''磁場''に色んな''歪み''が生じんの」


「……それが有史以来、我々人類が''悪霊''、''怨霊''、''怪異''、''面妖''として認識し、継承してきた全ての心霊現象の『正体』であると……」



 ノキアちゃんは金髪を揺らしながら、ゆっくりと息を吸い込み、そして吐き出した。

 再び私の側に寄り、こちらの顔をジッと覗き込んでいる。



「……ノキアちゃん。幽霊やお化けなんて、いる訳ないんだからさ。普通に考えて」


「いや、なんでだよ! いっつも思うけど、なんでお前らの家はそう''合理主義ラショナリズム的''な見解なんだよ! それってもはや''心霊現象''と同義じゃん!」


「全然違うよ……まず対処法が違うじゃん。うちはそういう胡散臭い媒師、除霊師とは違うし。『オカルトよりも具象的に』問題をクリアするんだよ」


「……なんかシックリこねー。もしかしてモネっち。まさかキリストまでが、実は宇宙人が見せた幻影だったとか、一昔前の薄ら寒い陰謀論者みてーなこと言い出すんじゃねーだろうな?」


「……宗教は完全に別物だよ。時にそれが争いの種にもなるけど、基本的には人々の救済と道徳的引導に役立ってるから」


「……でも、やっぱこの世の怪奇ってのは、常に人間の底知れぬ悪意のエネルギーによって引き起こされるというのが定説であって──」


「いや''悪意のエネルギー''って、数値として客観的に観測出来ないじゃん。何言ってんの? って感じ。そういう科学的に根拠のないのを''オカルト''っていうんだよ」


「……うるせー! うちは感覚的には、どうしても不可知論者なんだよ! この目に見えないエネルギーを信じるんだ! この宇宙を満たすエーテルを存在を!」


「……まあ、好きにすればいいけど」


「じゃあ言わせてもらうけどよ! そのバカ遠い星から送られてくる''宇宙の光線''を、剣取家おめーらは数値として完全に観測出来てんのか?」


 

 論客ギャルにそうまくし立てられると、私は二の句が継げなくなってしまった。

 それはこの議論における、一番の急所ウィークポイントを突かれたからであった。


 

「……完全には出来てないよ。それは、今現在の地球こっちの科学技術が、宇宙人向こうに比べてあまりに脆弱すぎるから」


「ほら! やっぱそうじゃねーか! それにその''光線''は、常に宇宙人の手によって監視されてたり、操作されてんのか?」


「……違うよ。恐らく''視察''だけ。向こうの''意志''によって動かされてる訳じゃない。地球こっちが勝手に受信キャッチしたものを、地球こっちで勝手に悪いものとして涵養かんようして、醸成してるだけ。向こうの意志によって動かされるなら今までに何らかの直接的な接触コンタクトがあったり、下手したら地球ここを侵略されたりするだろうからね」


「……その、『涵養かんようし、醸成してる』土壌ってのが、紛れもなくこの地球上に住む、人間の悪意……『負のエネルギー』なんじゃないのか?」


「うーん……まあ解明されてないし、もしかしたらその可能性もあるけど……てかなんでそんな''悪意推し''なんだよ君は」


「……じゃあ、これからは、''宇霊うりょう''って呼ぼうよ」


「……は?」


「''宇宙''由来の、''悪霊''。''悪宙あくちゅう''の方がいいか? いや、それだと闇堕ちしたピカチュウみたいだしな。よし、''宇霊うりょう''でいこう」


「いや……別に、なんでもいいけど……」



 ノキアちゃんは私に向かって微笑んだ。

 端麗に彩られた、いつもの自信満々の顔。

 鬱陶しくありつつも、それを見てるとなぜだか少し安心するのも事実だった。



「……それを、剣取うちは秘術で補う。だから『Sci-Fiサイファイよりも抽象的に』、宇宙の脅威を追い払うんだよ」


「……あの''力''でな」


「……そう。''除霊''じゃない、''除宇じょう''を執り行うの」


「言いづれーよ! ''宇宙祓い''でいいだろ!」



 ノキアちゃんは再びベッドから起き上がり、先程より少しだけ満足気にその辺をクルクルと回った。

 上履きの踵が床に乾いた音を立てている。



「じゃあ! 何やかんやでまとめると、今回も''悪霊''と''宇宙人''の間にあるような、なんだか''すっごい悪いもん''を退治していきましょうか! 相棒ちゃん!」



 ノキアちゃんは何だか楽しそうに短くしたスカートを翻しながら、その場でピョンピョンと飛び跳ねるのだった。


 まったく。

 しかしスカートを五個以上折ってまで短くしてる人間とは本来──人種、国籍、言語、その他諸々の外的環境が惑星間レベルで異なるため、端から意志の疎通は不可能であると考えている自分としては、この詩座ノキアはまだ話の分かる方だった。

 今後の動向を注視しつつも、こっちのプラスとなるようにしっかりと利用していきたいところだ。


 しかしあの大人しかったノキアちゃんが現在、他の学区にてこのような特大フィーバーをかましているとは。

 これももしかしたら、あの宇宙から届いた''怪電波''のせいなのかもしれない──



「──おい! またなんか良からぬこと考えてんなお前! 昔から全部、顔に出てんの知ってんだからなこっちは!」



 再び背筋を震わせた私の隣に、ノキアちゃんはまたまた密着してきた。

 鼻から漏れ出る微かな息が首筋にかかる。

 メイクと、微かに汗ばんだ肌の匂い。

 私は身体を硬直させる。

 少しだけ、頬が熱くなる。



「……そんで、分かってると思うけど……こっちがモネっちの''家''のことバラさない代わりに……うちが''高校デビュー高デ''なのバラしたら、殺すから」


 私はノキアちゃんを至近距離から覗き込んで、返答した。


「いや! だから! 前から思ってたけどそれ、''天秤''として全く釣り合ってなくない? ''こっち''一応、何千年も前から続いてんだよ? てかどうでもいいでしょそんなん!」


「どうでもよくねーよ! 端からカーストに組み込まれてない特権階級、高等遊民のモネっちには分かんねーんだよ! こっちの気苦労は! じゃあ、今回もサクッとやっちゃいますか! あの美少女ちゃんに取り憑いた''宇霊うりょう''退治を!」



 再びベッドから立ち上がったノキアちゃんは、私に向かって右の拳を突き出した。

 私も右の拳を突き出しては、ゆっくりと合わせてそれに応えた。

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