剣取モネの宇宙祓いダイアリー

路肩のロカンタン

第1話 宇宙祓い師の剣取モネ


 遅れて教室に入り、いつもの窓際の席に座ると、エイリアンの顔のようなものがふたつ、定良ていらさんの両肩後ろに付着していた。


 青白い肌に黒いサングラスをかけた、ガイコツのような顔。

 歪な笑いを浮かべている。

 そんなふたつのエイリアンの顔が、前方の席からそれぞれ私を凝視していた。



「──え? 剣取けんどりさん? なに? どうしたの?」



 素っ頓狂な声を上げて椅子から転げ落ちた私を、定良ていらさんは振り返った。

 彼女だけじゃない。クラスメイトのほぼ全員が、私のその特等席を振り返った。

 今日この日から──そこはまさに呪われた席になってしまったのだけれど。



「……か、肩! 両肩に! 何か……いる! あれ! エイリアン!」



 次第にざわつき始めた教室内の喧騒を掻き分けて、担任のエリカちゃんの甲高い声が響き渡った。



剣取けんどりさん! 確かにあなたは病院にも診断されてる重度の不眠症で、日々の生活が大変なのは分かるけど、これから授業っていう時に、そんな時代遅れの単独フラッシュモブみたいなパフォーマンスは辞めてくださります? そういうの、''モグリーピグ''でも今じゃ下火よ」


「せんせーい! ''モグリーピグ''も今じゃ誰もやってませーん! てかそもそもSNSじゃありませーん!」


 何人かの女子生徒たちの弾んだ声が聞こえる。

 開け放たれた窓枠の外側には蝉の声。

 もうすぐ夏休みだった。

 ──といった現実逃避も程々に、私は何とかその日頃の酷使が祟っている上半身を揺り起こしては、自らの定位置への帰還を果たそうと努めた。


「……はい、大丈夫です! 何でもありません! 本当に、すみません……」


剣取けんどりさん? また体調悪いの?  大丈夫? 保健室行く?」



 定良ていらさんが、私の顔をじっと覗き込んだ。

 クリクリとした丸目。スッと通った鼻筋。彫りの深い顔。薄い唇。形のよい卵のような輪郭線。

 前髪なしのハンサムショート。インナーカラーは赤。

 制服のリボンはピンク──いや、一年生の私たちは全員そうなのだれけども。

 


「……すみません、ありがとうございます。もう、大丈夫なので。はい……本当に、すみませんご心配かけて。私なんかのために、こんな……申し訳ありません、はい」


 震える声でそう呟くと、私はゆっくりと自分の席に座り直した。


 非の打ち所のない美少女。

 高貴さを兼ね備えた叡智えいち女神ミューズ

 シャングリラの麗人。

 私の世話だって、今まで何度も焼いてくれた人だ。


 そんな心身共に清らかな彼女を──

 私はたった今、両肩の後ろに青白いガイコツ顔のエイリアンが取り憑いているなどとのたまっては、公衆の面前で騒ぎ立ててしまったのだ。

 己の寝不足と、体調不良が見せた''幻覚''のせいで。


 マジすか。本気ですか。それって最低じゃないですか。なんなんですか。

 正気なんですか? 剣取けんどりモネ。

 私は目をギュッとつむり、もう一度ゆっくりと開ける。

 

 今日から、自己嫌悪の権化として生まれ変わろう。

 そしてこれから、なるべく自分を呪って生きることにしよう。きっと前世の罪業カルマが祟っているのだ。どうせはなから、そういった類の家系なのだから。

 それがささやかな贖罪しょくざいとなればいい。



「全く。いい剣取けんどりさん? 何も先生、病気のことで悪く言うつもりはないのよ。こういうのは、長いスパンでゆっくり治していかなきゃいけないからね。でも、夜にきちんと眠ろうとする努力だけは、ちゃんと毎日続けなきゃ駄目よ。分かった?」


「はい! 大丈夫です! 頑張ります! 改めます!」



 結局、昨晩もろくに眠れなくてサブスクで何本か立て続けに映画を観てしまったのだった。

 だからこうして、そこで認知したばかりの異形を品行方正、清廉潔白、謹厳実直な学年一の美少女の背中に投影するなどといった、本来ならば天地がひっくり返ってもあり得ない程の愚を犯してしまった。


 しかし、これでも私は日々学び、成長する女だ。

 これからは、輝かしい未来しか見ない。それを自らの手で切り開いてゆくのだ。

 あの空飛ぶ蒸気機関車に乗って去りゆく''ドク''に向かって──朝方、涙ながらにそう誓ったのだ。


 背筋を伸ばして前を向いた。

 定良ていらさんの両肩後ろには、やはりエイリアンが二体、取り憑いていた。

 青白い肌、ガイコツ、黒いグラサン。

 ケタケタと、哄笑こうしょうしている──



『イヤ、頑張ンナクテイイダロウヨ。アンナ公僕ノ言ウコトナンザ、聞カナクテイイゼ。オ嬢チャン、俺タチの顔ガ見エルンダロ? 合縁奇縁、コレカラ仲良クヤッテコウヤ、ナア?』


「──いや、やっぱり昨日観た『ゼイリブ』のエイリアンみたいなのが、ふたつ取り憑いとる! そんで、こっちに話しかけてきとる!」



 私は絶叫した。

 意識はそこでブラックアウトした。

 カーテンの隙間から差し込んでくる七月の眩い光が、最後に視界の端で微かに煌めいたのだけを覚えている。

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