第2話 凸凹コンビは戦闘中でも喧嘩する

「お前なぁ! あれほど先々進むなって言ったのに、何やってんだよ!」

「はぁ!? はよ合流せなあかんねやからしゃーないやろ!」

 

 罠にかかり、菩薩像から逃げ回っていたら、視界の左端に映る緑のHPバーが徐々に削られていることに気づく。何故、HPバーなんてゲームでしか見かけないようなものが見えているのかというと、このダンジョン内は物理法則の通用しない異空間だからだ。

 となると、HPバーが視界の隅に表示されたり、ダンジョン内で死んでセーブポイントで生き返ったりしても何らおかしくはない。


 そして、どうやらこの空間には何か悪いものが撒かれているようで、先ほどからHPバーの下に霧のマークが表示されていた。加えて、視界が徐々に霞み始めていることに気づく。


 あ、これ、完全に見えなくなったら死ぬやつだ。でもってこの部屋にいる敵全部倒さないと、出られないやつだ。


 そう直感した俺は隣の織部にアイコンタクトを送る。


 すると、横を走っていた彼女は頷く素振りを見せる。俺たちは壁際に到達する寸前で身体を反転させた。俺は刀を、彼女は銃を構えると、菩薩像に向かって突撃する。  

 次々やってくる菩薩像を切り伏せていると、ひと際大きい菩薩像が目の前にやってきた。織部の方を見るとそいつ以外は倒し終わったようで、大きな菩薩像に銃口を向けている。

 菩薩像に視線を戻した瞬間、そいつが手に持っている矛を俺の方に向かって上から下へ振りかざしてきた。すかさず、後退。刀を下の方で構え直して踏み込む。そして、菩薩像の胴体を斜め切りするように刀を振り下ろす。が、矛で攻撃を防がれた。  

 室内にギチギチと音が響き渡る。一度仕切り直した方が良いかと距離をとると、発砲音が鳴った。菩薩像が振り向こうとするが、追い打ちをかけるように織部が連射。残弾数がゼロになったところで、菩薩像のHPがレッドゾーンまで達していた。

 俺はその隙を逃すまいと跳躍。眼下にいる菩薩像目掛けて、刀を大きく上から下に振りかぶり、地面に着地する。瞬間、菩薩像の胴体が縦に割れ、そのまま塵となって消滅した。俺は刀を鞘に仕舞い、織部の方を向く。

 

「はい、お疲れさん」

「全く、誰のせいだと思ってるんだよ」

「ごめんやって。でも、その代わりええもん貰えるみたいやで」

 

 織部が俺の斜め後ろを見ながらそう言うので、身体をそっちに傾ける。するとそこには、中ぐらいの金属でできた宝箱が。さっそく宝箱の元まで向かい、重い蓋を開けてみる。

 中には4つの手榴弾が入っていた。色が水色ということは、投げたら水属性か氷属性のミストが噴き出すのだろう。俺は中の物を取り出し、後にいた織部へ4つのうち2つを手渡す。

 それぞれアイテムをポーチの中に仕舞った。そのついでにふと、左手首に嵌めている時計を確認してみる。

 

「げっ! ボス討伐時刻まで後、30分もないぞ!」

「マジか。急がなヤバいやん!」

 

 俺たちは足早に部屋を出て、ボス部屋に続く通路を走った。


 

 その後、道中の敵を討伐しながら進んでいると、通路の方から鳥の鳴き声が聞こえてきた。と同時に、前方からここは火山口ですか? と勘違いしそうなぐらいの熱風が吹いてくる。あまりの暑さに腕で視界を覆っていると、火傷マークがHPバーの下に表示された。

 すると、前方から鳥の形をした炎の塊が、鳥特有の甲高い鳴き声を上げながら突進してきた。俺は咄嗟に壁際の方に向かって横に転がる。織部の方も何とか避けられたようで、後ろに行った火の鳥――鳳凰の方に目を向けていた。

 

「鳳凰なんて前来た時おったっけ⁉」

「確かいなかったはずだ。まぁ、どちらにせよ倒さないと先には進めんぞ」

「せやね。さっさとケリつけよか」

 

 俺たちが迎撃体勢を取ったと同時に後ろにいた鳳凰が再度突進してくる。どんどん迫ってくる中、俺は腰を落として柄に手をかけ、タイミングを見計らう。そして目の前に来た瞬間、抜刀。抜いた勢いのまま、横一線に鳳凰の胴体を切り裂いた。

 かに思えたが、鳳凰は俺の真後ろで姿を再構築し、再びこちらに突っかかってくる。

 すぐに身を翻して避けた瞬間、じりじりと自分の右腕が痺れる感覚を覚えた。右腕を見てみると、火傷の跡のようなものができている。ハッとHPバーを確認したら、イエローゾーンまで下がっていることに気づく。

 

「鳳凰さまさまだなおい」

「そんなこと言ってんと、はよポーション飲めや! 次来るで!」

 

 向かいの壁際に退避していた織部から緑の回復ポーションと黄色の状態異常を直すポーションを投げられる。見事、キャッチした俺は受け取ってすぐに2つの液体を飲み干した。これで当分死ぬようなことにはならないだろう。

 気を取り直して鳳凰の方を見てみると、なんとHPが少しも減っていなかった。その事実にあんぐりと口を開けそうになるが、鳳凰の口から火炎放射が俺に向かって繰り出され、ギリギリで横に避ける。

 ふと先ほどいた壁に目を向けてみたら、マグマのように溶解していた。


 避けなかったら間違いなく死んでたなこれ。


 そう思うと同時に、あれ? もしかして物理攻撃は通らないのでは? ということに思い当たる。物理が駄目なら属性アイテムを使うしかない。となるとだ。

 

「織部ー、さっき手に入れた手榴弾あるだろ? あれ使えねぇか?」

「確かにあれなら倒せるかもしれん」

「よし、なら俺の持ってるやつも全部預けるから、後頼むわ」

「了解!」


 鳳凰から逃げ続けて数分が経過。現在、鳳凰のHPは半分を下回っている。俺はあれから、囮になり鳳凰から逃げるために走っていた。ダンジョン内のみ使用可能なスキル・俊足を使って。スキルとは探索者なら誰しも持っている特殊能力のことで、1人1つずつ与えられる。

 俺の場合は自身の脚力を強化できる。そして、俺が逃げている間、じっと鳳凰を見つめて手榴弾を投げようとしている織部のスキルは照準。彼女のスキルは狙ったところに必ず攻撃を当てることができる。但し、そのスキルは中・遠距離攻撃に限定される。

 俺が何度目かの火炎放射から必死に逃げている隙に、織部は3発目の手榴弾をお見舞いする。すると、HPがレッドゾーンに突入した。後、一撃加えられれば、討伐できるだろう。しかし、生憎と俺の足が持ちそうにない。

 

「早くしてくれ!」

「分かっとるちゅうねん! こっちは狙い定めなあかんねんから、もうちょい気張れや!」

「あぁ、もう……!」

 

 鬼畜かよこの女! 


 取り敢えずスキルが切れるまで、後、10秒。なんとか逃げ切るしかない。俺はできる限り全力で通路を走り回る。残り5秒。4、3、2、1――。

 

「――おらぁ!」

 

 背後から怒号が聞こえたかと思いきや、手榴弾が爆発。氷粒のミストが降りかかり、鳳凰は悲鳴を上げて消滅していった。その瞬間、地面に膝をついて乱れた呼吸を整える。織部の方を見てみると、手首をぶらぶらさせながら、鳳凰のいた箇所を見つめている。

 すると、視界に60という数字が表れた。この数字は探索者ランクと言って、スキル同様探索者全員に割り当てられるものだ。ダンジョン内のモンスターを倒したり、宝箱を開けたりすると経験値が溜まり、ランクが上がる。ちなみに今の上限ランクは66で、最高ランクは62。俺と織部は鳳凰を倒した経験値で、共に59から60に上がった。

 

「あ、なんか落ちてる」

「え? あー、指輪?」

 

 ゆっくり立ち上がり、落ちていた2個の指輪と説明書を拾う。説明書を読んでみると、これを指につければ、5分間だけ自分の武器に炎を纏わせることができるらしい。

 尚、この指輪は10分間のインターバル後、再度使用可能のようだ。流石、鳳凰を撃退した報酬だけはある。俺は指輪の一方を織部に渡し、ポーチの中に自分の分を仕舞う。

 さて、ゆっくりしている暇はない。俺たちはギルドメンバーたちと合流するため、先を急いだ。


 

 しばらくの間通路を走っていると、30名程度の探索者が揃う最前線ギルドを見つけた。その中には過去のボス討伐で見かけた顔も何人かいる。


「おー、やっと来たか。待ちくたびれたぞ」


 ギリギリ間に合ったようで、遅れてやってきた俺たちに気づいたのか、大きな盾と鉄斧を持ち、大柄な体躯を鎧で包んだ坊主頭の男――北斗ほくとが話しかけてきた。

 

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