リリア・フラーシルは、今日も聖人認定されたい!
ノエルアリ
第1話 リリア・フラーシルの悲願
時は「南の教皇」シュナパルド3世の時代――。
この世界で唯一の信仰の対象、フラミンゴス教会で女性初の聖人を目指す私は、リリア・フラーシル、17歳。
「――ああ、リリア・フラーシル。今日もお美しい」
そう私に向かい愛を囁くのは、若き司祭――ドゥマン・ヴァザール。彼は「西の教皇」が治めるジェノレープの出身で、つい一週間前にこのラグナ聖道院に異動してきたばかりだ。
西側諸国と違い、このラグナ聖道院があるシドニア公国は南側に位置している。だから気候も高温多湿で、領民はみな、色とりどりの柄物シャツを着て、バカンス気分で生きている。温暖な気候と豊かな土壌で育つフルーツや穀物によって、みな争い事を好む性格でもない。
いくら
それなのに彼、ドゥマン・ヴァザールときたら、この湿気ムンムンの高温の中、バカ真面目に全身真っ黒の法礼服を着込んでいる。
この百年、こいつと同じようなバカは何人も見てきたけど、こいつはダントツで頭がおかしい。
ん? ああ、上の発言で気になるところがあるって? そうね。ちゃんと最初に言わないとダメよね。
そう。何を隠そう、私――リリア・フラーシルは、宗教画『教典を
私は生前、フラミンゴス教会が
その後、無事にフラミンゴス教会が
おそらく、そう仕向けたのは、当時フラミンゴス教会で権力を振るっていた
唯一、私と恋仲だったヴィンセント公爵が『教典を
私の魂は死んでも「神」のもとには昇らずに、こうして唯一残った宗教画に留まっている。それもこれも、今となっては、とある悲願のためではあるのだけれども。
そして、『教典を
亜麻色のロングヘアーにハチミツ色の大きな瞳。黄金比の顔立ちからして、芸術的美貌の私に惚れるのも納得だけど。
今日も今日とて、私の前で膝をつき、祈りと言う名の愛を囁く――。
「ああ、なんという美貌でしょう、リリア・フラーシル。貴方のためならば、俺は
この男、年齢は20代前半だと思われる。そして西側出身者だけあって、金髪に碧眼というナイスガイなのがまたムカつく。まあ、そうは言っても、私と恋仲だったヴィンセント公爵の方が、ずっとイイ男だけど。
それにしても、今日はやけに暑いわね。いくら
「ああ、リリア……今日も俺の、癒やし、です……」
あら? 暑いのはこの男も同じようね。そりゃ、クソ暑い中、しっかり法礼服を着込んでいるんだもの。当然ね。だけど、今日は一段と暑そう……というか、フラフラしてない? え? まさか――。
バタンと倒れたドゥマン・ヴァザール。
やっぱり熱中症で倒れやがったー!!?
いつかこうなると分かっていたの。でも、まさかここで倒れる? ここ、教誨室なんですけど? 教徒が自らの罪を懺悔しに来る所なんですけど? 教誨師と教徒はお互いに顔が見えないよう、手元しか見えない小窓があるだけで、熱中症で倒れている男の姿なんて発見できないんですけど?
あれ? この男が専属の教誨師になってから、一度でも他の司教や司祭が、この部屋を訪れたことがあったかしら?
……いや、ないわ。みんなこの男が教誨室番になったことを喜んで、一度たりとも足を運んでこないわ。
ということはつまり、この部屋で熱中症で倒れたこの男は、誰にも発見されず、……死ぬ?
死――という言葉が、現実として私の前に立ちはだかった。
まただわ。また死が私の前に現れた。燃え盛る炎に包まれた、忌まわしい過去が蘇る――。
ううん、と私は頭を振った。ここでこの男が死ぬのを見届けるなんて、目覚めが悪くなるじゃない! でも、助けると言ったって、どうすれば……!?
いいえ、ここで焦ってはダメ。私はリリア・フラーシルよ。かつて民衆の前で「奇跡」を起こした私ならば、必ずこの男を助けることだってできるわ!
宗教画の中の私ができること、それはただ一つ――。
◇◇◇
ガタン――。
ガタン ガタン――。
ガタン ガタン ガタン――!
「――ん? なんの音だ?」
ラグナ聖道院・第一司教――アレッセイ・モンティーは、どこからかガタガタと音がするのを
音の出どころを突き止めるため、アレッセイは執務室から廊下に出た。そのまま音がする方向へと進んでいく。
ガタン――。
ガタン ガタン ガタン――。
「ここか? 教誨室?」
アレッセイが教誨室のドアノブを回すと、やはりそこからガタンガタンという音がしてきた。
この時間、教誨室にいるのは、司祭のドゥマン・ヴァザールである。
「何をしているのだ、ヴァザールっ……!」
勢いよく部屋に入ると、そこには倒れているドゥマンと、その隣に壁から外れた宗教画という、一瞬何が起きたのか分からない状況となっていた。
それでもアレッセイは蒸し暑い部屋で倒れていたドゥマンの症状で、すぐに熱中症になった彼の処置に移ったのである――。
◇◇◇
ふう。とりあえず助かって良かったわ。
ドゥマン・ヴァザールを助けるためにやったこと――。それは宗教画として何度も起きては倒れるを繰り返し、誰かに気づいてもらうことだった。
実際、その音で教誨室に入ってきたアレッセイ・モンティーにより、無事にドゥマン・ヴァザールは発見され、事なきを得たのだ。
アレッセイは摩訶不思議そうに壁から外れた宗教画を見ていたけど、こうしてまた同じところに掛けてくれたわ。
『やれやれ、不思議なこともあるものだ。しかし、こうして彼を救えたのは、奇跡の他ないな』――なんてアレッセイは言っていた。
ふふ。これで二つ目の「奇跡」が揃ったわ。そう、一つ目の「奇跡」は、生前民衆の前で五大天使を降臨させたこと。そして二つ目は、司祭ドゥマン・ヴァザールの命を助けたこと。
さあ、これで私の百年にも及ぶ悲願がようやう叶うわ。フラミンゴス教会では、二つの「奇跡」を起こすと、どんな願いでも「神」が叶えてくれるという。
薄暗い教誨室に、どこからか光が差し込んできた。
ああ、ようやくその時が訪れたのね。ようやく私の悲願が達成される。そう、私の悲願、それはフラミンゴス教会の聖人に――。
「――はあああ! すっかり元気になりましたよ、俺の愛しいリリア・フラーシル! ああもう、貴方と話せれば良いのに!」
勢いよく教誨室に入ってきた、ドゥマン・ヴァザール。
すっかり元気になって何よりだわ。でもね、今はそれどころではないの。だって今まさに私の悲願が達成されるのだから。
差し込んだ光が、どういうわけか私ではなく、ドゥマン・ヴァザールに当たった。
……はい? どういうこと? あの、神サマ? スポットライトに当たるべきは私なんですけど?
(――そなたの願い、叶えよう)
え? なに今の声。荘厳で慈愛に満ちた声が叶えようとしている願いって、まさか……。
「俺の愛がリリア・フラーシルに伝わりますように!」
(それも叶えよう)――チン!
ファミレスで会計時に店員を呼ぶ
次の瞬間、私の体が宗教画から転げ落ちた。
「……え? うそ、まさか……」
両手をついて、わなわなと震える私に、「あわわわわ!」と驚愕するドゥマン・ヴァザールの声が落ちてきた。しかしそれは、すぐに愛の歓喜に変わったのである。
「リリア・フラーシル!!! 俺のお嫁さんになってください!!!」
わなわなと震えていた私だが、笑みを浮かべて上げた顔には、しっかりと青筋が立っている。
「……はあ? 人の『奇跡』を無駄にしておいて、何を抜かしとんのじゃ、おんどりゃああああ!!!」
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