第39話 洞窟
ハートフェルトの商人レベルは、先日ようやくレベル10に達したばかりだ。しかし、残念ながら、大商会に入った後輩には、今のところ負けている。
商人レベルは、取引数、取引額、取引の難易度、そして取引の距離によって上昇すると言われている。ダリオス商会と大商会では扱う金額の桁が違うため、その成長度合いも当然異なる。
商人レベルは信頼の証でもあり、今後の取引先を選定する際の基準となる。ハートフェルトは、駆け出しの行商人として行き詰まりを感じていた。行商人として一人前とされるのは、スキルを持つ13レベル以上に達してからだ。
村長や大商会は相変わらず取引への妨害や圧力を続けている。ダリオス商会は看板を下ろし、ケイオス商会へと名を変えたが、何とかやり繰りしている。見えない味方もいるおかげだ。
ハートフェルトは、自分の認識が甘かったことを痛感している。援助の手が差し伸べられることはなかった。新たな販路開拓は困難を極めており、本拠地の移転も真剣に検討していた。そのとき、予想外の出会いがあった。
アズーリア村から商いに来ていた農民たちが困っていたところを、彼が声をかけて助けたことがきっかけで、数少ない新たな取引先となった。
「アズーリア村での商いは、決して楽な商売ではない。」人口が少なく、購買力も低いその村では、特産品もまだ出来たばかりで、誰の目にも留まらない状態だ。
それに、この村は幹線道路から外れた行き止まりの高台に位置しており、通りかかったついでに商売をするには不便すぎる。
そのため、週に一度訪れて必要なものを届けるのが、ハートフェルトの日課となっていた。
警備の冒険者はつけていない。どうせつけても意味がない。襲われれば終わりだからだ。ランクの低い冒険者は雇うには安いが、それだけ信頼もできない。
襲われた場合、荷物と小銭をすべて差し出す覚悟は決めている。それでも、やり直すための金は町の銀行に預けているからだ。
だが、この方法が通用するのは、交渉可能な相手に対してだけだ。
※※
にわか雨の雷雨の中を、楽しそうに駆けていく狼と狼娘。置いていかれまいと必死に追いかけるエルフ。
慎重に追いかける人間。休憩を挟みながら、半日以上走り続けている。南西の森を越え、大河を橋で渡り、岩場や丘陵が多い西の森を抜けていく。
※
マップ機能で確認すると、商人の周囲には魔物反応が10以上あった。
ハートフェルトは、降り止まぬ雨にうんざりして作業を始めることにした。まず、荷台から馬を解放し、餌を与える。そして、帆布を外して水を拭き取る。
作業を続けながら、彼は雨音に耳を澄ませていた。
洞窟の入り口は軒先が雨を防ぎ、土間のように一段高くなった部分が水の侵入を防いでいる。まるで洞窟の入り口そのものが、古代の建築物の一部のようだ。
そのおかげで内部は比較的乾燥しており、作業を続けるにはうってつけだった。偶然見つけてから何度か利用している場所だ。
洞窟は、入り口こそ荷馬車が入るほど広いが、徐々に狭く低くなっていく。
そのとき、洞窟の外で多くの足音が響き渡った。ハートフェルトは素早く荷台から短剣を取り、洞窟の奥へと逃げ込んだ。
途中から光が届かなくなり、手探りで壁を頼りに進んでいく。暗闇の中で彼の呼吸が静かに響き、外の足音や雨音は一層遠く感じられた。
「どうしよう」とハートフェルトは思案した。人間なのか、それとも魔物なのか。馬の反応で判断できるはずだ。耳を澄ませる。
馬のいななきが遠くから聞こえた。
「魔物か」彼はさらに奥へ逃げようとしたが、足を滑らせて洞窟を転げ落ちていった。
※
コボルトたちは昨夜、オーガたちによって村を襲われ、森の中を必死に逃げていた。襲撃者はアズーリア村のオーガたちとは別の一団だった。
「ここは、どこだ?」コボルトたちは遠くまで逃げたつもりだったが、霧が発生し、気がつくとアズーリア村の近くにいた。
「誰かが大魔法でも使っているのかもしれない」コボルトは、優れた探知能力を駆使して周囲の様子を伺う。周りには誰もいないようだ。
アズーリア村の様子を確認すると、そこにも何者かによって荒らされた跡があった。
「ここもオーガに襲われたのか?」人の気配もオーガの気配もない。しかし、この場に留まるのは危険だと判断した。
人の住む領域に近づくことになるが、アズーリア村からウエストグレンへの山道に沿って進むことに決めた。
突如、激しい雨が降り出し、稲妻が空を裂き、森のあちこちに雷が落ちる。コボルトたちは急いで洞窟を探し、運よく一つを見つけた。
「ここに退避するか?」洞窟の中には、避難している荷馬車と一人の人間がいた。
「どうする、殺るか?」コボルトたちは、魔物ではなく犬人族に近い種族だ。無駄に人を襲うことはまずない。しかし、彼らは追い詰められていた。
「いや、話し合いだ!」コボルトの一団を率いる長が言った。洞窟にゆっくりと近づくと、馬は飼い葉を食んでおり、気にも留めなかった。
「まずい、狼が二匹近づいてくる。かなり速いし、強そうだ」索敵担当のコボルトが叫んだ。
「ここらに狼はいないはずだ。いったい何者だ?」
「わからん。馬どもには犠牲になってもらおう。一時退避だ」
魔物の中でも探知能力に優れたコボルトたちは、素早く状況を把握し、話し合う。
「逃げるぞ!」その言葉と共に、コボルトたちは慌ててその場を全速力で逃げ去った。
その後、セレナとルナが到着し、コボルトたちが逃げたことに気づく。
ルナが回り込み、セレナは挟み撃ちを試みるために走り出す。しかし、コボルトたちは挟まれないように進路を変え続けていた。
コボルトの一団は足の遅い者に合わせて移動していたため、やがて挟まれてしまう。
前方にはルナ、後方にはセレナ。先頭を走っていた一際大きなコボルトが、躊躇せずルナに襲いかかった。その脇を他のコボルトたちが走り抜けていった。
不意を突かれたルナはムッとして、覆いかぶさるコボルトを跳ね除けた。コボルトは空中に飛ばされ、地面に落ちてきたところに蹴りを受けて気絶した。
セレナは逃げたコボルトを追おうとしたが、そこに待ち構えていたコボルトの殿が立ちはだかった。
「狼人族がなぜ我々を襲う?」と、コボルトの殿が話しかけてきた。
セレナはその声に驚き、「え、犬が喋った!」と声を上げた。
「馬鹿にするな。人語など難しくない」
「うちのルナは喋らないよ。馬鹿なの?」と、セレナは真剣に尋ねた。
「ワオーン」と、ルナの怒りの遠吠えが響いた。
「ごめんごめん。低俗な言葉は使わないんだよね、ルナは。」セレナは笑いながら謝った。
その様子を見ながら、コボルトはおそるおそる話を続けた。
「牙狼の娘よ。我ら、西北の森に住むコボルト・シルヴァ・クロウ一族。私は族長のカリム、気絶しているのは息子のジルだ」
「私はセレナ。その狼はルナ。それで?」
「昨日オーガに村を襲われて逃げてきた。洞窟で休もうとしていた。それだけだ」
「どんなオーガ?」
「赤鬼だ。オーガなのに魔法使いだった」
「そうか。人間の商人には近づくな。それだけだ」セレナは弱いコボルトに興味を失い、オーガの魔法使いとの対決を思い描いた。
「わかった」そう言うと、カリムは気絶しているジルを起こし、森の中へと消えていった。
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