第33話 レベルアップ
「うん、ノクス、これでいい。行こう!」
幼女になったノクスは、昨日のステラのようにルナの背中に乗り、大切に抱えた大きな弓をしっかりと握りしめていた。
ルナは彼女が落ちないように、優雅に、しかし慎重に足を運んでいる。
「いいなぁ、私も乗りたいな。ふかふかの毛並み、気持ちよさそう」セレナが羨望の眼差しを向け、目を輝かせながら呟いた。
「ワオーン」
「……」
どうやら、ルナに却下されたようだ。
広がる野原で、ノクスにスライム狩りをさせることにした。
今のアキラやセレナでは、スライムに触れるだけで倒してしまうため、二人は青い布を敷いて、のんびりと見守ることにした。
「アキラ、お腹空いた。パンと干し肉、それからキノコ、ナイフとまな板、水筒、薪、火打ち石、あとキウリナも出して」
「おいおい、さっき食べたばかりだし、そんなに時間もないよ」
「大丈夫、アキラが前に作ってたみたいに、すぐできるから」
渋々、アキラはセレナのリクエストに応じ、必要な道具や材料を取り出した。
セレナはキノコと干し肉を炙り、香ばしい匂いが漂う中、細かく刻んでからふわふわのパンに詰める。
最後にパンの表面に軽く水をかけ、じっくりと焼き上げた。
美味しそうな香りが風に乗って広がり、自然と食欲が刺激される。
「炙りキノコと干し肉のミラノサンド。これでコーヒーがあれば完璧だな」
アキラはそう言うと、擦り潰したコーヒー豆、自作のドリッパーとネル布、やかん、コップを取り出し、手際よくコーヒーを淹れ始めた。
「それ何?」セレナは興味津々で尋ねる。
「君にも少し分けてあげるよ」アキラはセレナにコップを渡したが、彼女は一口飲んで顔をしかめた。
「苦い!」
「まだまだ子供だなぁ」
アキラが微笑みながら、自分のコーヒーに隠し持っていた砂糖を入れるのを、ラピスは見逃さなかった。
「アキラ、どうぞ」
セレナが渡してくれたパンはほんのり熱を帯びていたが、すぐに持って口に運んだ。
カリカリの干し肉がキノコに絡み、絶妙な塩気がパンのふんわりした食感と相まって、思わず笑顔がこぼれる。
喉を潤すために水筒の水を一口飲み、デザートにはキウイの風味が際立つキウリナを頬張った。
「ズルい!私もフードデリバリーで頼むもん。キノコベーコンサンド!」とラピスが悔しそうに叫んだ。
「期間限定のキウイバニララテも……デリバリーがないなら、自分で買いに行くしかないか……久しぶりに外に出るかな」
彼女の独り言が微かに聞こえた。
ルナも一瞬こちらを見たが、自分の使命に燃えているらしく、すぐにノクスのスライム狩りの騎馬としての振る舞いに戻った。
ノクスはルナの背に乗り、ターゲットのスライムに向けて矢を放つ。
矢が外れて地面に突き刺さると、ルナは瞬時に反応し、ノクスが狙いやすい位置へと流れるように移動する。
全ての敵の位置を把握しているルナのリスクコントロールは見事だ。矢が尽きると、ルナはそれを回収し、再びノクスに手渡すという完璧なサポートを行っている。
最初のうちは矢が届かなかったり、大きく的を外すこともあったが、レベルが上がるにつれて、ノクスの矢を引く力も、命中率も確実に向上してきた。
「そろそろ、次の場所に移動しましょう!」
ラピスの声が響く。ちょうどその時、ノクスのレベルアップの音が鳴り響いた。
ノクスはスライムを10匹倒し、経験値10ポイントと50ゴールドを獲得した。
ノクス
レベル2
HP 14/14
MP 3/3
Exp 10/25
ルナの背に乗ったまま、ノクスは誇らしげに戻ってくる。まるで英雄の帰還のようだ。
セレナは、用意しておいた自慢のサンドイッチと水筒をノクスに手渡し、ルナには頭を撫でながら干し肉を与えた。
「どうだった?」アキラが心配そうに尋ねる。
「ルナのおかげで、無事に倒せました」ノクスはまだ少し緊張しているようだが、その表情には満足感と喜びが浮かんでいる。
「ワオーン」ルナは褒められて満足そうに尻尾を振る。
「私のルナ、あげない!でも、今は貸してあげる」
セレナの言葉に、みんなが思わず笑い声を上げる。
「食べたら、次の場所に移動しよう!次は兎狩りだ」
ルナとノクスが食事をしている間に、アキラとセレナは手早く片付けを済ませ、魔兎が多そうな場所を目指して準備を進めた。
※
ノクスは、魔兎狩りに向いていた。小石をわざとぶつけて逃げる魔兎を、彼女は一点で射抜く。
アキラのように火を使わず、今のセレナやルナでは、大切な食材を切りすぎてしまうだろう。
夕方は魔兎の活動時間らしく、たくさん見つけることができたが、夜になると全く姿を消してしまった。
ノクスが10匹狩ったところで、狩りは終了となった。
「ここまでだ。帰ろう。報酬は後で渡すよ、ルナ。」狩った兎はすべて倉庫にしまった。
帰り道、途中からすっかり暗くなった。セレナやルナは平気そうだったが、ノクスもそれほど苦にはしていなかった。
しかし、アキラは周囲が全く見えなくなり、ファイヤーボールをかざして歩き続けた。
ギルドルームは真っ暗で寝静まっていたが、アキラハウスには温かな光が灯っており、ステラが一人で皆の帰りを待っていた。
「お帰りなさい、ノクス?」足音を聞いて玄関に飛び出してきたステラは、目の前のノクスを見て一瞬固まった。
「うん。少し縮んだ」ノクスは恥ずかしそうに答えた。二人の背丈はほぼ同じになり、目線も同じ高さだった。
「お待たせ、ステラ」セレナが彼女の頭を優しく撫でた。
「あのね、水道が通ったから、もう水を汲みに行かなくても大丈夫だよ。村の人たちが頑張ってくれたんだ」ステラは留守中の出来事を嬉しそうに報告した。
「じゃあ、皆で水浴びしよう。それからご飯だ!」セレナはノクスとステラの手を取り、家の中の水場に向かった。
ルナも後からついて行った。セレナが事情をうまく説明してくれるだろう。
アキラは一度部屋に戻り、着替えをすることにした。
「ラピスさん、ただいま。ところで、ノクスとステラの部屋は?」
「お帰りなさい。そういうと思って、ルームプレートをつけておきましたよ」
「ありがとう。ところで、ガチャは今引いた方がいい?明日出かけるよね」
「明日、まとめて引きましょう。そちらの方が問題が起きないでしょう」
「ステラ、一人で大丈夫かな。家族もいないし、村の人ともあまり仲良くしていないみたいだし」
「そうですね。私が気にかけておきますから、アキラは安心してください」
本当に、庇護欲の権化だと思わずため息をつくラピスだった。
夕食時、アキラはあまりお腹が空いていなかったが、ノクスの食欲はセレナ以上で、給仕していたステラも驚くほどだった。
ルナは報酬をもらって満足していた。
「ノクスとステラの部屋は二階に準備してあります。」
「掃除しようと思ったけど、二階に上がれなくて…。」ステラは困ったように顔を伏せた。
「きっと、もう上がれるよ。ラピさんは本当は優しいんだ」セレナの言葉に、アキラも相槌を打った。
ノクスは何のことか分かっていない様子だった。しかし、ステラは何かを理解したように小さくうなずいた。
「明日から出かけるので、ステラはお留守番になります。ギルドルームで村のみんなと待っていてもいいですよ」
アキラが話すと、ステラは彼に抱きついて泣き出した。
彼女は一人で残されるのが嫌なのだろうか?しかし、連れて行くことはできない。アキラもどう慰めればいいのか分からず、戸惑っていた。
その様子に気づいたセレナが静かに近づき、ステラをそっと抱きしめた。ステラの小さな肩が震え、涙で濡れた頬がセレナの服を湿らせた。
「ステラ、私たち、必ず帰ってくるからね」
セレナは優しく囁いた。
「あなたにはこの家をお願いしたいの」
ステラは涙を拭き、セレナの言葉にうなずいた。セレナはステラの頭を優しく撫でると、自分の首にかけていたネックレスを外し、ステラの首にかけた。
「これを預かっててね。牙狼族の誇りだから。」セレナは微笑んだ。
その時、ルナも近寄り、ステラに体を擦り付けてきた。ルナの温かい体温がステラを安心させた。
「うん、待ってる」とても小さな声で、しかししっかりとステラは答えた。彼女は、微笑みを浮かべた。
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