第34話 それぞれの夜


 ステラは元々、アズーリア村の住人ではなかった。彼女はウエストグレンのさらに西にある小さな漁村で生まれ育った。


 8歳の時、両親を相次いで流行り病で亡くし、親戚も兄弟もいないステラは、天涯孤独の身となった。


 両親が亡くなる前、彼女に向かって「何もしてあげられなくてごめんね。どうか、幸せに生きてほしい」と謝りながら、優しく言い聞かせた。


「私と一緒に来ないか?」と声をかけてくれたのは、アリアという大人の女性だった。彼女は旅をしている薬師で、この漁村にも長く滞在し、流行り病の治療に尽力していた。


 アリアは何度もステラの家を訪れ、両親の具合を見ながら薬を処方してくれたが、貧しいステラの家からは一銭も取らなかった。


 流行り病が漁村から消えた後も、アリアは村を去らず、村長の家に引き取られたステラの様子を毎日見に来て、優しく声をかけ続けた。


 ステラは村長の家で一日中下働きをさせられながらも、アリアと過ごす時間を楽しみにしていた。


 彼女と時折、一緒に墓に飾る花を摘みに行ったり、海岸で貝殻を拾ったりすることが、心の支えとなっていた。


「私は親に捨てられて今は一人だ。君の両親にも、後を頼まれたんだ」とアリアは優しく語りかけた。


 その言葉が本当かどうかはわからなかったが、ステラはすでにアリアと旅をする決心をしていた。彼女は時を見計らっていた。


「わかりました。でも、村長さんがお金を要求してくるかもしれません。」


「それくらい払うよ!実は私はとても裕福な薬師なんだ。」


「それはいけないことです、天才薬師アリア様。」


「天才じゃない。君の両親は治せなかった。」


「病気で死ぬ時もあります。気にしないで」と、ステラは彼女には見えない何かを目で追いながら答えた。


「…」


「明朝、お墓の花を摘みに行きます。天気が崩れて昼から大雨になるそうです。その中で追っては来ないでしょう。村を出ます」とステラは告げた。


 次の日の朝、お墓に向かうステラの姿が、村での最後の姿となった。彼女は二度と戻ることはなかった。


 いくつかの村を転々とした後、アリアの研究の都合でアズーリア村に長期的に落ち着くことになった。


 しかし、ステラはその小さな幸せを、ある日再び失うことになる。



 ノクスは昨日の一日を振り返っていた。里を出てこの部屋にたどり着くまでの出来事は、まるで夢のようだった。


 隣の寝台で眠る少女を見て、ようやくそれが現実であることを実感する。


 彼女は北の山脈近くの森に住むハイエルフ族の族長の娘として生まれた。厳格な父と優しい母、そして彼女を愛する兄に囲まれ、不自由なく育った。


 ハイエルフは長命な種族であるため、子供があまり生まれないが、ノクスが生まれた年、後に「星の流れる年」と呼ばれるその年には、なぜか多くのエルフが誕生した。


 それが吉兆なのか、凶報なのか。議論は続いているが、いまだに結論は出ていない。


 その年に生まれたエルフたちは、成長とともに皆が優れた能力を示すようになった。しかし、ノクスだけは例外だった。


 他のエルフたちはそれぞれが力や知恵といった突出した才能を持ち、魔物を次々に倒してはあっという間にレベルアップし、特別な職業やジョブを手に入れていった。


 彼女がただの狩人であるのに対し、幼馴染は錬金術師であり、戦士。親友は学者であり、魔術師という具合だ。


 彼らは次第にハイエルフの社会でも欠かせない存在となっていった。


 しかし、ノクスはどの能力も人並み以下だった。他の子供たちの何倍もの時間をかけて危険な戦いを乗り越え、大怪我をしながらも、ようやく同じ数の魔物を倒すことができた。兄や父の助けを借りることも多かった。


「もう十分だ。無理をしなくていい」と父が言った。


「長い人生だ。焦る必要はない」と母も続ける。


「普通に生きていくのに、スキルやレベルは必要ない」と兄も同意した。


 ノクスは族長の娘として、恥じることのない存在になりたかった。


 しかし、その本心には、ただ強くなりたいという抑えがたい衝動があった。


 だが、彼女の成長は遅かった。なぜなら、彼女はレベルアップしなかったからだ。


 その遅れは「個人差」というにはあまりにも大きすぎた。いつの間にか、他のエルフたちはノクスの倍近いレベルと複数のスキルを手に入れていた。


 昨日の夜、聖域の守護者であり預言者である祖父が、急にノクスの家を訪れた。


 普段はエルフの森の奥にあるエルフツリーの近くに一人で住んでおり、彼がその場を離れることはほとんどない。そんな祖父の訪問は、何かの事件を予感させた。


「時間が無い。挨拶も食事も後だ。要件だけ先に話す。ノクス、お前に話がある」


「なんでしょう、お祖父様」


「心して聞きなさい。さっき、天啓が下った。アイリス神からだ。今からすぐに西の森に向かい、森の異変を調べなさいとのことだ」


「西の森の調査ですか?しかし、スキルを持たない私は、近くの森さえ一人で歩くことを禁じられています。誰と向かえば?」


「お前1人でだ」と祖父はきっぱりと答えた。


「それは無謀です。危険すぎます」と父が異論を唱える。


「これは天啓だ。守らねばならない」といつもは誰よりもノクスを可愛がり甘やかす祖父の断固とした態度に、家族一同驚いた。


「納得いきません。ノクスは…」そう言うと、兄は怒ってどこかに行ってしまった。


「わかったら、準備をしてすぐに出なさい」


 族長といえど、預言者の言葉は絶対であり、天啓は覆ることはない。


 ノクスはすぐに出立の準備を終え、涙顔の母と抱き合い、父と祖父に別れの挨拶をした。兄は見つからなかった。


「それでは、使命を果たしてきます」


「新たな出会いが、お前を救うだろう」と祖父は耳元で囁いた。


 暗闇の中、月を頼りに、西の森に向かった。途中、なぜか1匹の魔物にも遭遇しなかった。なぜなら、ある者が必死に守っていたからである。


 しかし、彼女がそれに気付くことはなかった。狼の遠吠えが聞こえたような気がした。怖い、寂しい、その他にも負の感情が渦巻く中、彼女の心は使命感に満ちていた。


 朝が明ける頃、やっと西の森に到着し、アズーリア村の異変に気がついた。そして、ステラに出会った。それが今朝のことだ。


 今、隣で眠るステラはうなされている。ノクスが彼女の頭を優しく撫でると、落ち着いたように静かになった。


 ノクスは今までの考え違いを恥じた。何のために強くなるのか、スキルを使うのか。


 自己満足、虚栄心、優越感――それは真の強さではない。強さとは、傲慢になることでも、卑下することでもないと気づいたのはアキラのおかげだった。


「私は馬鹿だった…私は生まれ変わる」


やがて、ノクスも瞼が重くなり、静かに深い眠りに落ちた。



 セレナは強くなり、レベルが上がって成長するにつれて、以前は忘れていた、いや、靄がかかって思い出せなかった記憶が、はっきりと彼女の前に現れた。


「そんなことだと思っていたよ。」それは牙狼族の迫害の物語と悲劇。


 しかし、その記憶が正しいとは限らない。作られたものであったり、偽造されている可能性もある。


「ルナ、お前はどう思う?」セレナは尋ねた。すると、ルナは彼女に寄り添い、頭を擦り付けた。


「わかっている。無理はしない。アキラに怒られるからな。自分の目で見て、よく考える。苦手だけど、そして強くなる」


「ワオーン」それはとても小さな声だった。その夜、セレナとルナは抱き合いながら眠りについた。


月の光が、部屋一面に揺らぎながら差し込んでいた。


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