第30話 緊急クエスト ※


 アキラは村人たちと会話を交えながら食事をし、情報収集に努めた。自身について質問された際には、あらかじめラピスと決めておいた設定を語ることにした。


 彼の物語は、かつてこの場所を開拓していた人々が去った後、旅人としてこの地を譲り受けたというものだ。


 少し怪しい話ではあったが、開拓民たちは完全には疑わなかった。彼の目には誠実さが宿り、村人たちもそれを感じ取った。


 食事が終わる頃、子供たちは疲れと満腹感に包まれてうとうとしていた。


「セレナ、後片付けと、みんなが休める場所の案内を頼む」


 アキラはセレナに指示を出した。ギルドの建物は非常に大きく、2階には40室もの宿泊施設があった。広くはないが、ベッドが2つ置かれており、休むには十分だ。一家族に一部屋ずつ使ってもらうことにした。


「はーい、皆さん、案内しますね。ノクスはルナと洗い物を、ステラは一緒に案内してね」セレナは楽しそうに指示を出しながら働いている。彼女の明るい声に、村人たちの緊張も少し和らいだ。


「それでは、場所を変えて今後の話をしましょう」


 アキラは村人の代表数名を連れて、自分の執務室に移動した。


「アズーリア村には戻れないのでしょうか?」と、村人の一人が不安そうに尋ねる。


「距離も遠い上に、深い森を抜けないといけません。森にはどんな魔物がいるかわかりませんし、アズーリア村にも魔物がいるかもしれません」


アキラは冷静に答えたが、その声には自分の心配も混じっていた。


「それなら、ウエストグレンに行って町長に救援を頼めばいいのでは?」と別の村人が提案する。


「村まで行けないのに、町まで行けるわけがないだろ」


 「それに、町長はアズーリア村に興味がない。仮に戻ったとして、村の魔物を倒せる兵士がいるのか?」


「そうだ、町長は助けてくれないだろう。冒険者ギルドに頼んだほうがいい」


 村人たちの意見はそれぞれに飛び交う。


「でも、クエストを出すお金はどうする?しかも相手はオーガだぞ。ここまで助けに来てもらうにも、常駐してもらうにもお金がかかる」


 村人たちの顔には、焦りや不安が浮かんでいた。


「私たちが町に行って話をしても、信頼されないでしょう」


 アキラも町に行きたい気持ちはあったが、冷静に答えた。


「それなら、村には週に一度必ず行商人が来る。彼に伝えてもらえばいい」


 別の村人が提案する。


「いや、アキラさんが言った通り、村まで行くのも危険だ」


「でも、セレナさんはオーガを倒したんだし、一緒に行ってもらえばいいんじゃないか?」村人たちの意見はまとまらず、アキラはどうすべきか思案に暮れていた。


 その時、突然「緊急クエスト発生:行商人を救出せよ!」という告知が目の前に流れた。


 その直後、扉が勢いよく開き、セレナが元気に飛び込んできた。ほんの数秒で到着したのだ。


「アキラ!大変……」セレナは周囲に人がいることに気づき、言葉を止めた。彼女の顔には急報の緊迫感と、仲間たちへの配慮が交錯している。



 緊急クエスト:物語のストーリーに直接関係なく発生するクエストです。失敗してもペナルティは発生しません。クエストに参加する必要もありません。


  行商人を魔物から助けてください。


成功ボーナス:商人との取引が可能になります。


※※※


『アルカディア・クロニクル』それは、時雨にとって非常に大切なゲームだった。


 たまたま手に入れたそのゲームは、彼女の日常に色彩を与え、心の隙間を埋める存在となった。


「普通にゲーム配信サイトからダウンロードできるようにすれば、もっとテストプレイヤーが増えますよ?」時雨は、何気ない提案を口にした。


「だって、この紙ジャケットが素敵でしょう?」と、薄幸の美人が微笑みながら手渡してくれた。その笑顔には、どこか懐かしい温かみがあった。


「どうして私に?」


「わからない。ただ、あなたが寂しそうに見えたから」彼女の透き通るほど白い肌を見つめながら、時雨は心の奥が温かくなるのを感じた。


 たまたまCDドライブがあった時雨は、何気なくログインし、いつの間にかゲームの世界に没頭していった。


 彼女の孤独は、まるで砂漠の中のオアシスのように潤いを与えられ、心が満たされていった。


 そこには、日常があった。AIによって創り出された世界だが、息遣いを感じる生きた空間が広がっていた。その町では、さまざまな感情や出来事が交錯し、まるで本物のように彼女の心を揺さぶっていた。


 時雨はこのゲームの守護者として、保護者を静かに見守り、必要なときには試練を与えた。


 それは、保護者が自らの強さを見つけるための道しるべであり、内面に潜む弱さを引き出す契機でもあった。


 時雨の存在は、保護者を導き、彼が成長する過程を支える重要な役割を果たしていた。


 また、時雨は恩寵をもたらす存在であり、小さな奇跡を通じて保護者の日常に温かい光を添えていた。


 彼女の思いやりは、彼にとっての希望の象徴となり、いつしか彼の心の支えとなった。


 時折、二人の間には喧嘩が起こり、感情がぶつかり合ったが、その後には必ず和解が待っていた。

 

 お互いの大切さを再認識し、再び手を取り合う仲直りの瞬間は、時雨と彼の関係をより一層強固にし、信頼の絆を深めることになった。


 この過程は、時雨にとって自己成長の証であり、彼女の心にも新たな光をもたらした。


 時雨の守護者としての役割は、単なる保護に留まらず、彼自身の成長を促す試練と、愛情を注ぐ恩寵が見事に共存していた。


 彼の存在は時雨にとって計り知れない意味を持ち、彼の成長が時雨自身の成長にも寄与することを実感させていた。

 

この相互作用は、二人の関係をより豊かにし、共に歩む道を照らし出していた。


 しかし、ある日、その世界との断絶が訪れた。


「え?なんで?」


 ホームページはほぼ毎日更新されていたので、開発日記を読むのが彼女の楽しみでもあった。しかし、突然ホームページが消えてしまった。心に芽生えた不安は、次第に恐怖へと変わっていった。


 CDは、アクセスキーの役割しかなかった。ジャケットの裏面には、


「サンプルとして配布したものです。ゲームのテストプレイ可能期間は予告無く終了することがございます。今後の開発のために、ご意見をお待ちしております」と書かれていた。


 時雨は書かれていたメールアドレスに連絡した。書き方はもっと丁寧だったが、


「私の世界を返して下さい!」


 と切実に伝えた。その言葉には、彼女の心のすべてが込められていた。


『ゲームの開発は終了しました。ゲームをテストプレイいただきありがとうございました。このゲームについてのご意見、ご要望がありましたら、ぜひ、お知らせください』


 その言葉を目にした瞬間、彼女の心に広がったのは深い絶望だった。


 自分の世界が奪われたことを理解し、涙が溢れた。


「私は、開発日記をコピーしていたの。そこには、赤目さんと矢吹、貴女の写真もあった。だから、私は猛勉強して、大学に入りあの人に近づこうとして、貴女に会ったわ」


「ふうん。このゲームにそんな思い出があったのね。後で、その日記も見せてね」と、山吹は動揺を悟られないように言った。


「気を悪くしたらごめんなさい。騙してた訳じゃないの。気持ち悪く感じるかもしれないけど、思い出じゃないの!彼が待ってるの。」


「でも、ゲーム開発中止したんでしょ?」


「いいえ、メールにはゲームの開発が終了したと書いてあるの!中止じゃない!」


「あ!」山吹は、頭の中がちかちかとし始めた。






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