第29話 セレナ料理長


「ワオーン」と、ルナが二人の女の子を先導して走ってきた。


「お帰り、ルナ。ところで、後ろの二人は?」


「ワオーン」とルナは応えたが、彼女の言葉はわからない。


「初めまして、アキラさん。私はノクス、彼女はステラです。」ノクスが代表して挨拶をし、ステラはノクスの陰からおずおずと顔を出してお辞儀をした。


「僕はアキラです」


「ス、ステラです」彼女は小さな声で、微笑みながら挨拶した。


「アキラさん、セレナさんからポーションをいただきました。ありがとうございます。でも、お礼は今、何も持っていなくて……」ノクスは申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「いえいえ、お礼なんて気にしないでください。セレナは今、水場に行っていますが、よければ一緒にどうですか?それほど遠くないですよ」


「では、そうさせていただきます」ノクスは顔の汚れや衣服の乱れが気になるのか、少し下を向いて答えた。


 アキラは、そういう意味ではないのにと思ったが、気づかぬふりをしてルナに指示を出した。


「ルナ、案内して。」


「ワオーン」と応えたルナは尻尾を立て、ステラを背に乗せて元気よく水場に向かって歩き出した。


 一方、セレナは村民たちを連れて監視小屋に向かい、着替え用の衣類を探した。しかし、見つかったのは大きめの男物ばかりだった。おそらく軍隊が常駐者用に置いていたものだろう。仕方なく、それを使ってもらうことにした。


 村の女性たち三人には、ここで浴室と水場を使って疲れを癒し、ついでに洗濯もしてもらうよう頼んだ。男性たち三人と子供たちは、北の船着場でセレナの魚釣りを手伝うことになった。


 魚釣りをしたことのない男たちや子供たちは、実際には役に立たず、川に入って顔や体を洗ったり、子供たちは遊んだりしていた。


 ほどなくして、ルナがステラを背中に乗せ、ひどく疲れた様子のノクスとともに到着した。


「あ! ステラだ!」村の小さな女の子が駆け寄り、ルナの背中から降りたステラに抱きついた。


 ステラは少し恥ずかしそうにしながらも、そのまま抱擁を受け入れた。


「アリアさんは一緒じゃないのか?」村人が尋ねた。


「はい。途中ではぐれてしまって、今は一人です」ステラはしっかりと答えた。彼女は強い子なのだろう。


「そうか。アリア姉さんなら大丈夫だろう」村人は失言に気づき、急いで取り繕った。


「私もそう思います」ステラは力強く答えた。アリアは薬師であり、冒険者としての腕も確かだったから、彼女には確信があった。


 ルナたちが合流したことで、男性たちと子供たちは役目を終え、薪集めや水樽をギルドホールに運ぶ仕事を任された。


 彼らも気持ちの切り替えができ、少しだが元気が戻ったようで、笑顔を浮かべ作業をしている者もいる。


 気づけば、セレナが中心となって物事が進んでいた。


 肝心の魚釣りは、ルナとセレナの活躍のおかげで大漁だった。セレナはその場で手際よく大量の魚を捌き始め、ステラも興味深そうに見つめていた。


 セレナが教えると、ステラも一緒に下ごしらえを手伝い始めた。


「上手だね」セレナはステラの手つきを見て感心した。


「はい。小さい頃、漁村に住んでいたので。それに、家では家事を私が担当していました」


「それは立派だね。」セレナは感心しつつ微笑んだ。


 ルナは魚をかじりながらくつろぎ、ノクスは沐浴した後、二人の様子を静かに見守っていた。



 アキラは全員を水場に送り出した後、再度、配布品の確認を行った。見逃していたが、砂糖や珈琲豆も含まれていた。


 少し楽しみだ。実は、アキラは、コーヒーが好きだが、砂糖かミルクを入れないと飲めない。


 緊急食料の内訳は、パン、干し肉、そしてポーション入りの水筒だった。


 パンは一日一つあれば十分(セレナを除く)だし、魚や肉も手に入るため、当面は心配なさそうだ。だが、それは人数が増えなければの話だ。


「倉庫には、冷蔵庫みたいな機能があるのかな?」


「はい。倉庫に入れた時の状態がそのまま保たれる機能がありますよ」


「それでも、これから人が増えたら、食料は数日で尽きてしまうかもしれないね。買い出しはできないのかな?どうしよう……」


「わかりました。対策をアドバイスしますね。少しお時間をください。ちょうど、皆さんが戻ってきましたよ」


そう言うと、ラビスは静かに姿を消した。



 彼女はマイクを切り、画面を眺めながら深いため息をついた。計算違いが多すぎる。ゲームの進行を前倒しにした影響もあるが、魔物の強さや動きが設定を超えている。そのため、再び介入せざるを得なかった。


 これはマイナスポイントであり、マイナスが増えると、場合によってはペナルティが発生し、彼女が設定できる範囲や内容に制限がかかる。


 アズーリア村が魔物に襲われるのは、本来もっと先の話のはずで、アキラの村の住人も別の人たちになる予定だった。調査が必要だ。


 食料問題の解決には設定を一つ変更するだけでは済まず、他にも調整が必要で手間がかかる。その結果、行動ポイントを無駄に大量消費してしまう。


「イベントを前倒しにしよう、それで解決だ!」彼女は次の手を打った。



 ギルドホールの食堂には、村人たちとセレナ、ルナ、ノクス、ステラ。アキラが集まっていた。食堂は広々としており、数十名が余裕で座れるスペースがあった。


「たいしたものはありませんが、どうぞ食べてください。このホールは安全なので、ゆっくり休んでください」


 アキラがそう言うと、ステラが配膳係をし、ルナがその傍に付き添い、セレナが料理をし、ノクスが調理の助手を務めていた。


 川場での往復を経て、すっかり仲良くなったようだ。キッチンからは、魚が焼ける美味しい香りが漂ってきている。アズーリア村の人たちも楽しみにしているようだ。


「セレナ姉さん、皿はどこにありますか?」村の人と会えてほっとしたように見えるステラが尋ねる。


「食器棚の中にあるかもしれないわ。無ければ、監視小屋にあるから、ルナ、教えてあげて。ノクスは焼き具合を見ていて。私はスープを作るから」


 すっかり料理長のようだ。


 目を離すと、蜂蜜パンを咥えながら作業している姿は、どこか愛嬌があった。


 少し遅めの昼食は、あっさりとしたスープに焼き魚、そしてパンが並んでいた。


 アズーリア村の住人たちは口々に、「セレナさん、とても美味しいよ!」「何でもできる、セレナさん。」と褒め称えていた。

 

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