第26話 オーガ

 


 魔物の森の近くにある小さな村が、オーガたちの襲撃を受けたのは昨夜のことだった。幼いステラは夢の中から突然叩き起こされた。


「どこでもいい、逃げろ!」


 村人たちは夜の闇に紛れてばらばらに逃げ出した。気がつけば、ステラは一人になっていた。


 保護者である薬師のアリアとも離れ離れになり、泣きたい気持ちをこらえながら森の中を彷徨った。


 やがて村の騒ぎが遠くなり、彼女はほんの少しだけ安心した。しかしその瞬間、足場を踏み外し、小高い崖から転がり落ちてしまった。


 右足を挫き、動けなくなった彼女は、か細い声で「誰か…助けて…」とつぶやきながら茂みの中に身を隠した。


 寒さと恐怖、そして痛みが彼女の体を震わせた。


 何時間が経ったか分からない。朝日が昇る頃、突然、重い足音が幾つも近づいてきた。オーガたちが森で掃討を始めたのだ。


 一体のオーガが彼女を見つけ、その目が鋭く光った。ステラの心は恐怖で凍りつき、巨大な手が彼女に迫ってきた。


「いやっ!」


 ステラの叫びが森にこだました。その瞬間、一本の矢がオーガの手を貫いた。ステラはなんとか捕まるのを免れた。


 オーガは顔をしかめたが、矢を無造作に引き抜き、笑みを浮かべながらそれを二つに折り捨てた。手の傷は瞬く間に塞がり、無傷のように見えた。


「早くこっちへ!」


 鋭い声が響き、次々と矢がオーガに飛んできた。しかし、オーガはまったく怯む様子を見せず、笑いながら矢を受け止めていた。


 次の瞬間、オーガは奇声をあげ、仲間たちに集合の合図を送った。周囲のオーガたちが集まり、ステラたちの逃げ道をふさごうとしていた。


 ステラが振り返ると、そこには小柄なエルフの少女が立っていた。彼女の長い耳と優雅な姿が、エルフであることを示していた。


 エルフの少女、ノクスはステラに駆け寄り、彼女の手を引こうとしたが、ステラが痛みに顔をしかめたのを見て、足を挫いていることに気づいた。


「足が…動かない…」ステラは涙をこぼしながら呟いた。


「大丈夫、私に任せて」


 ノクスは決然とした表情でステラを背負い上げた。


「しっかり掴まって。必ず逃げ切るから!」


 オーガたちの追撃は止まらなかった。森の木々を倒しながら、横一列に進んでくる。


「このままじゃ…まずい」


 ノクスはステラを背負いながら走り続けたが、速度は上がらなかった。考えを巡らせても、良い策が浮かばなかった。


 その時、茂みが激しく揺れ、一匹の小狼が現れた。小狼はオーガに立ち向かい、鋭い牙を剥き出しにして、力強い遠吠えをあげた。


「ワオオオーン、ガオーン!」


 その咆哮とともに小狼はオーガたちの間を駆け抜け、背後から攻撃を加えた。


 オーガたちが狼に気を取られている隙に、ノクスはステラを背負ったまま必死にその場を離れた。


「今のうちに逃げよう!」


 二人は必死で森の中を駆け抜け、ついに森の外へと辿り着いた。遠くからオーガたちの叫び声が聞こえてくる。


 小狼が時間を稼いでくれているのだと感じた。


 しかし、ルナが時間を稼いでいるのは、彼女たちを逃がすためではなく、オーガたちを一網打尽にするためだった。



 セレナがルナの声を聞き、戦場に向かおうと森に足を踏み入れたその時、幼女を背負ったエルフの少女が姿を現した。


 彼女は必死な表情を浮かべ、疲労困憊で全身がほこりにまみれていた。


 逃亡中に木の枝で服が破れ、肌が傷だらけになっている。背負われた幼女は顔面蒼白で、ぐったりとしていた。


「大丈夫か?」セレナが声をかけると、エルフの少女は警戒しながら狼娘を見つめ、答えた。


「ええ、でもこの子が足を挫いてしまって…」彼女の立派な服装や武器、その所作には強者の風格が漂っていた。


「もしかして、あの狼は貴女の?」


「ルナだ。可愛いだろう。」セレナは微笑んで答えた。


「本当に助かった。でも、大丈夫かな。私たち、逃げ出してしまって…」ノクスは申し訳なさそうに呟いた。


「大丈夫、遊び声が聞こえる。それより、傷を治そう。その娘を降ろして。」


「ここも危険になるんじゃないかな?」


「ははは、任せておけ。セレナは強くなった。それに、本当に危なくなったら主が来る。早く、降ろして。」


 ノクスは渋々、ステラをそっと地面に降ろし、自分も力を抜いて座り込んだ。


 セレナは自慢げにリカバリーポーションを服のポケットから取り出し、ステラの口元に優しく流し込んだ。


ポーションを半分残してから、ノクスに向かって放り投げた。


「これで傷を治して。名前は?」


「ポーションをありがとう。名はノクス、あの子の名前は分からない。オーガに襲われた村から逃げてた」


その話を聞くと、セレナの目つきが鋭くなった。


「オオオーン!」ルナからの伝言が届いた。


「お礼は主に言って。ここで待っていて!」


 セレナはまだ意識の戻らない幼女の髪を撫でると、すぐに立ち上がり、森の奥へと足早に消えていった。



 ルナは四匹のオーガの間を駆け巡りながら戦っていた。オーガたちはほぼ同じ大きさだったが、それぞれ武器や戦闘スタイルが異なっていた。


 一匹は両手で大棍棒を持ち、別の一匹は両手に異なる棍棒を握っている。


 さらに、もう一匹は右手に棍棒、左手に大楯を持ち、中でも少しだけ大きい隻眼のオーガは、どこからか手に入れた鋼の大剣を振るっていた。


 オーガたちは小狼の俊敏な動きについて行けず、何度も囲もうとするが、足元をすり抜けられたり、跳躍で頭を越されてしまう。


 剣を持つオーガの顔が怒りから諦めの表情に変わると、ついに剣を振って小狼を無視し、エルフの追跡に切り替えるよう指示を出した。オーガたちはルナに背を向け、一斉に森の出口へと向かっていく。


「ガルルルル!」


挑発の鳴き声を上げ、背中を鋭い爪で切りつけても、彼らは歩みを止めることなく進み続けた。


「オオオーン!」ルナはセレナに伝言を送った。



オーガたちは、何者かにスキルを与えられ、急成長していた。スキルの力で敵を倒し、レベルアップを重ねることでさらなる成長を遂げている。


 その中には、これまでにない職種に就く者も現れていた。


 誰がスキルを与えたのかは不明だが、オーガキングなら知っているかもしれない。


 万年雪が消えない険しい西の山々の麓にひっそりと暮らしていたオーガたちは、その結果、生活圏を広げ、支配領域を拡大していった。


 人間の小さな村を襲撃したのは、昨日の夜のことだった。村は警戒もなく、村人たちはまったく気づいていなかった。


 しかし、なぜか襲撃は失敗に終わった。村は占拠できたものの、村人たちは忽然と姿を消していた。


 オーガたちは村から逃げる村人を追って森に入った。


 オーガキングから命じられた4匹のオーガは、村の近くから森の入り口へ向かい、手当たり次第に捜索を始めた。


「なぜだ!匂いも気配も足跡も、どこにもない!」


 いつの間にか、南西の森に移動していた。


「お前ら、この剣で切り刻むぞ!しっかり捜せ!」隻眼のオーガは苛立ち、自慢の剣を振り回しながら部下の3匹に怒りをぶつけた。


 作戦の失敗は、彼らの群れの中での地位の低下につながるのだ。


 大棍棒を持ったオーガが、早朝になってようやく1人の幼女が隠れているのを見つけた。そして、事態は今に至る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る