第10話 ルナ

 

 日が沈むまでまだ時間があったので、沐浴も兼ねてウォータースライムを狩ることにした。


「セレナは泳げるかい?」アキラは尋ねた。


「うん、得意だよ!」とセレナは自慢げに答える。


「じゃあ、川に近づいて、川の中のスライムを探してくれるかな?」アキラが言うと、セレナは少し川を眺めてから、自信ありげに答えた。


「必要ないよ。ここからでも見える。少し川上の水中にまとまって漂ってる」


アキラはマップ機能を確認し、かなりの数の魔物反応が川上にあるのを確認した。


「本当だね、合ってる」


「当然、見たままを言っただけ」


「じゃあ、早速だけどウォータースライムを一緒に倒そう!」


「わかった!」そう言うとセレナは、疾風のごとく駆け出して行き、子犬も後を追っていった。


「セレナは狼族だから、索敵能力を潜在的に持っています。特に牙狼族の能力は高いんですよ」ラピスの言葉で、今までのセレナの勘の良さが理解できた。


 アキラも川に入り、ウォータースライムを狩り始めた。しかし、水中で短剣を使って泳ぎながら攻撃するのは難しく、思ったようには倒せなかった。


 水温が下がり始めたので、アキラは川から上がることにした。体力はまだ十分に残っていたが、溺れかけた過去があるので無理をしない事にした。


「セレナ、そろそろ上がろう!」と声を掛けたが、返事がない。アキラは周りを見渡すが、セレナも子犬も姿が見えない。どこに行ったんだろう?彼は不安を感じ、急いでマップ機能を確認した。


 すぐにセレナの居場所が分かった。少し下流の岩場で、そこには魔物の反応もある。


 アキラは裏道を通って岩場に近づいたが、セレナは即座に彼の気配に気づいた。彼女は無言で手を振り、ジェスチャーで何かを伝えてくる。リバーサーペントが岩場の窪みに同化して隠れていることを知らせているようだ。


 アキラがようやくセレナの側にたどり着き、小声で「セレナ、その蛇には」と言いかけると、セレナは笑って「毒があるよ、危険だよ」と答えた。


 探索でも知識でも、この小さな女の子に負けるのか……アキラはファイヤーボールを放った。


 攻撃は的中したが、相性が悪いのか、ほとんどダメージが与えられていないようだ。リバーサーペントは突然姿を現し、こちらに向かって襲いかかってきた。


 その瞬間、背後から子犬が蛇の首元に噛みつき、蛇の動きを一瞬止めた。その隙を見逃さず、セレナが投げたナイフが蛇の口の中を正確に貫いた。


 リバーサーペントは動きを止め、セレナは満足そうに微笑んだ。


 セレナは、リバーサーペントを倒した。


 セレナは、経験値5ポイント(アキラ2ポイント)を獲得しました。

25ゴールドを獲得しました。


 セレナはレベル3になりました。セレナはどんどんレベルが上がっていく。


「あー、疲れたけど楽しかった!」とセレナが満足そうに言う。子犬は、褒めて欲しそうに尻尾を振っている。


 アキラは複雑な気持ちを抑えながら、「着替えて、食事にしよう」と声をかけた。


 大型テントと中型のテントが並ぶベースキャンプに全員で戻ってきた。


「こっちがセレナのテントだよ。リュックと寝袋は中に入れてあるから」とアキラが説明した。セレナはリュックから下着を取り出し、その場で着替え始めた。


「テントの中で着替えなさい!」と、突然ラピスの声が響いた。


「アキラ、知らない声がして怖い」とセレナが不安そうに言った。


「怖がらなくていいよ。ラピさんの声だから」とアキラは答えたが、ラピスをどう説明するか考えているうちに、セレナとルナの動揺は収まった。


「私は神エリスの使いです。私の声に従いなさい!」と、ラピスがセレナとルナにだけ聞こえるように告げたからだ。


 アキラはなぜ動揺が収まったのか分からなかったが、状況が落ち着いたことに安堵していた。



 夕飯は、セレナが調理した魔物兎の肉とパンだった。


「アキラ、これ食べる?」セレナが林の中で捕まえた兎肉とキノコの串焼きを差し出してきた。焚き火の火でじっくりと焼かれた串からは、芳ばしい香りが漂っている。


 ルナは無言で兎肉を味わっていたが、その瞳は輝いていた。アキラも恐る恐る兎肉を焼いて口に運んでみたが、意外なほど美味しかった。


「美味しい……」パンと干し肉以外の食事は初めてだったが、調味料がなくても素朴な味わいを存分に楽しめた。セレナが丁寧に下処理をしてくれたおかげだろう。


 少しあっさりしていたので、「グリルミートチーズサンド」に続き、焼いた兎肉を薄くスライスし、溶けたチーズをのせた「ラビットミートチーズサンド」を作って食べた。


「私も食べる!」と、セレナが興味津々でアキラの調理法を真似し、自分も作って食べていた。一方、ルナは相変わらず兎肉だけを静かに食べ続けていた。


 やがて彼女たちは満腹になり、1日の疲れもあって、うとうとし始めた。


「もう寝よ、ルナ。おやすみ、アキラ」とセレナはアキラから寝袋を受け取り、ルナを連れてテントに入っていった。


「すごい子だな」とアキラは素直に感心した。


 アキラは一人残り、焚き火を眺めながら夜の静寂に心を委ねていた。それでも昨夜のようなことが起きないよう警戒しつつ、テントに入りシュラフに包まると、ラピスを呼び出した。


 ラピスが秘密を漏らさないと分かっているアキラは、主に戦闘の反省を話し始めた。その日はアキラが普段以上に饒舌で、話し終えると、話疲れてそのまま眠りに落ちた。


「全く、もう」と彼女はアキラの話に相槌を打ちながら、翌日の配布物の準備をしていた。


 アキラの話は上手で、スライム1匹倒すのもスペクタクルな活劇のようになり、聞いていて面白い。それが単なる話であり、実際には非常に冷静に分析しているのが分かる。さすがアキラだ。


 ガチャの結果が狼娘だったのは少し残念だが、仕方がない。他の2人のようなタンク職ではないし、バトルジャンキーな部分もあるが、戦闘力はフェンリルもいるため、実質的には2倍以上の効果が期待できる。


 アキラは庇護欲が強く、神経質になることもあるが、精神的には安定しているようだ。それが彼女に向けられていないのは残念だが、今は我慢しよう。


 彼女もベッドに横たわると、昨日の寝不足もあり、すぐに寝入ってしまった。


 

 夜が深まり、アキラとセレナはぐっすりと眠っている。闇は深く、月だけが光を地上に届けていた。月光は、ルナにとって太陽のようなものである。


 ルナは、セレナのテントを抜け出し、焚き火の残り火をちらりと見てから月を見上げた。


 川向こうの森のざわめきに気づき、警戒しながら辺りを見回したが、この野原までは影響がなさそうだ。


 ルナは歩きながら、今日の奇妙な出来事を思い返していた。朝起きると、セレナと共に見知らぬ場所にいた。しかも、二人とも以前の姿とはまるで違う幼い子供の姿だった。特にルナの場合、かつての力には程遠かった。


 さらに、セレナは記憶が曖昧になっているのか、いくつかの部分を思い出せないようだった。しかし、その分、彼女の本質とも言える明るさが戻っており、ルナは内心嬉しく思っていた。


 セレナは驚異的な成長速度で、元の体と力を、いや、それ以上の力さえも取り戻しつつあり、記憶も次第に蘇っているようだ。眷属としてのルナも同様である。


 しかし、何が起こっているのだろう? アキラという異質な存在は、一体何者なのか。それでも、ルナにやるべきことは一つしかない。


「私は、フェンリル、牙狼族の神。託された愛し子、セレナを守る」


 そう決意し、ルナは一声だけ遠吠えをあげた。


 いなくなった一族に届くように。


 野原を一周し、何事もなかったかのように、セレナのテントに戻り、静かに眠りについた。







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