第8話 出会い


 アキラは、気を失ってから全く目を覚まさなかった。昨日の疲れも影響しているのだろう。5日目の朝を迎え、アキラは眠りから覚め、身体を伸ばしながらゆっくりと起き上がった。


 目の前の画面には「ログインしました」と表示され、続いて「5日目のギフト:初心者応援キット その4」と示された。彼は無意識に受け取りボタンをタップした。


 不思議な世界に戻ってきた彼は、自らのステータスを確認するが問題無く全快している。まずは顔でも洗おうと歩き出そうとしたが、敷布の端に小さな布の袋が置かれているのに気づいた。


「何だ?」


 小さな袋から、子犬と小さな子供の顔が覗いていた。アキラは驚き、慌てて近づいた。子供たちは血色が良く、死体ではないように見え、安堵した。


 アキラは慎重に袋を開け、その中にいた子犬と子供の全身を確認した。怪我はしていないようだった。犬は黒い毛並みで、丸い顔に小さな耳がついており、その表情は柔らかく愛らしい。


 女の子は足元まで届く飾り気のない服をまとい、褐色の肌と灰色の長い髪をしていた。その体は痩せ細っており、厳しい環境を生き抜いてきたことがわかる。


 アキラは彼女たちが何者なのか、どのような経緯でここにたどり着いたのかを考えずにはいられなかった。ただ、起こすのは可哀想に思えた。


 そこで、川で顔を洗い、寝ている彼女たちを起こさないよう静かに荷物の整理を始めた。リュックの中には、


 パン✖️3、干し肉✖️3、薬草✖️7、毒消し草✖️3、水筒✖️1、煤けたナイフ✖️1、タオル✖️1、火打石✖️1、下着✖️4


が入っていた。


 アキラは倉庫に保管してあるものを全て確認する。


 パン✖️8、干し肉✖️5、ロープ✖️1

 初心者応援キット その4✖️1

 PSR専用初期衣装・武器✖️1

 ※レベル4以降展開


「初心者応援キット その4」を開けると、中にはテント1つ、寝袋1つ、水筒(癒しの水入り)1つ、中型リュック1つ、短剣1本、下着4着、タオルが入っていた。


「豪華だな!」とアキラはリストを眺めた。



 アキラは突然、服の裾を引っ張られる感触に気づき、現実に引き戻された。目をやると、そこには目覚めたばかりの子犬が彼を見上げていた。


 その瞳には何かを訴える切実な表情が宿っている。子犬は小さな体を精一杯使ってアキラを引っ張り、少女の元へと導こうとしている。


 覗き込んだ少女の顔色は青ざめていた。


「大丈夫か?」思わず大声を上げたが、返事はない。アキラはリュックから薬草を取り出し、彼女に与えようとしたが、彼女は意識を失っていて、咥えることができなかった。


「癒しの水を飲ませましょう」ラピスの声が響く。


「そうか、そうしよう!」アキラは倉庫から水筒を取り出し、女の子を抱きかかえ、一口飲ませた。無意識のうちにその子が水を求めていたので、アキラは水筒の水をすべて飲ませた。


 子犬は心配そうに見守っていたが、彼女の血色がみるみる良くなっていくのを見て、安心したように少し離れて静かにこちらを見ている。


 次の瞬間、子犬が「ワオーン!」と狼の真似をしたような大きな鳴き声を上げた。


 その声に目を覚ました少女は、アキラに抱きかかえられていることに気づくと、一瞬で彼の手を払いのけ、飛び起きた。


「おまえ、何者?」彼女は尋ねた。アキラは、尋ねたいのは俺の方だと思いつつ、どう説明すればよいか計りかねていた。


「ラピさん、どう説明すればいい?」


「難しいですね。ただの冒険者とでも言えばいいでしょう。敵意がないことを示すのが一番です」


「ただの冒険者って、通りすがりみたいな表現だな」と会話していると、


「何独り言を言ってる!おまえ、何者?」と苛立って再度尋ねられた。どうやら彼女にはラピスとの会話が聞こえないようだ。


「ごめん、俺はアキラ。ただの冒険者だ。たまたま河原で倒れていた君たちを見つけて、助けたんだ」


 彼女は怪しんでいたが、子犬が再び「ワオーン」と鳴くと、態度が変わった。


「そうか、わかった。助けてくれてありがとう、ぐぅー」女の子はお礼を言うとともに、空腹の声を上げた。顔が真っ赤になっている。


「とりあえず、朝飯を食おう」アキラは笑って言った。


「でも……」


「大丈夫、食べ物ならある。変なものは入ってないよ。手と顔を洗っておいで」


「うん。そうする。ルナ、行くよ!」そう言うと、少女は素直に川に向かって歩き出し、子犬も黙って後ろを駆けていく。その様子はとても微笑ましい。


「彼女の体調は、大丈夫なのか?」


「栄養失調気味ですが、とりあえず大丈夫です」


「そうか、良かった」


「で、彼女たちは何者なんだ?」アキラは今のうちにラピスに尋ねた。


「PSRです。アキラが昨日引いた」


「へ?」思わず変な声を上げてしまう。


「そうは見えないな、えー」落胆しているわけではなく、理解できないという声が思わず出る。


「そうは見えないですよね。でも本当です」ラピスは冷静に答えた。


「基本は全て初期値で配られます」


「じゃあ、強くないのか?」


「基準がわかりませんが、今は強くないです」ラピスとの会話を続けたかったが、子供たちが戻ってきたので会話を切り上げた。


 川で子犬と水浴びをしたらしく、二人とも濡れていた。アキラは倉庫から新しいタオルを出して渡す。


「はい、拭きな」


「うん」受け取った少女は全身についた水滴を上手に拭き取り、子犬も同様に拭いた。


「タオル、洗ってくる。」


「後でいいよ。食事にしよう」


 アキラは倉庫からパンと干し肉を三つずつ取り出した。


「今日の一日分だ。大事に食べるんだよ」


 少女と子犬は一個ずつ配られると、すぐに食事を始めた。子犬は干し肉にかじり付き、パンには興味がないようだ。


 少女は無心で食べ続けており、一日分だと言われたのに、食べる手が止まらない。子犬は、干し肉だけを食べ、パンをセレナの前に蹴った。


「おいおい、さっきまで病気だったのに、大丈夫か?」


「病気?違う。お腹が減ってただけ」


「まあいい。食べきれない分は残しておけ」アキラは日持ちを優先して作られた硬いパンを半分ほど食べ、飽きるとリュックに残りのパンをしまった。


 アキラは少女を観察する。戦姫と同じ灰色の髪、褐色の肌だが、子供で本物かどうか疑問に思いつつも、ラピスが嘘を言うとは思えない。彼はコミュニケーションの不安を感じながら、勇気を振り絞って話し始めた。


「食べながら聞いて。俺はアキラ、冒険者だ。迷子になっている。君の名前は?」


「セレナ」パンにかじり付きながら答える。


「どうしてここに?」


「わからない」


「家族は?」


「みんな殺され、村は無くなった。記憶がはっきりしないし、体が小さくなった」短い答えで、悲しさと怒りが混じった声でセレナは語った。子犬も小さく鳴いた。


「そうか、じゃあ、しばらく一緒に行動しようか?」


「一飯一宿の恩がある。お前は弱いけど、仕方ない。付き合ってやる」口ではそう言いつつも、彼女の表情には嬉しさが滲んでいた。


「じゃあ、仲間だな」


 ステータス画面を開くと、アキラとセレナの名前が表示されていた。

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