八 - 4 五巻き半の大百足
「それじゃあ、ま、行こうかね」
陣の中心で、がらんと錫杖が打ち鳴らされた。それを合図に、ゆらりと全員が前へ出る。
蝋燭の火が揺らぐような静かな行進だった。それを丘の上からぽつんと眺める。
日が傾きかけていた。この世の全てが、俺達二人から目を背けている気がした。
「近くで見たいか」
要一は振り返りもせず、こくりと頷いた。
「だったら法一と六鶴から目を離すなよ。あれはいわば、あいつらの物語だ。その懐に手を突っ込みたけりゃ、気の緩む瞬間を見極めねえとな」
兵法なんて全く知らない俺でも、あの人の配し方は継戦じゃなく一点突破が目的だと分かる。一気に突っ込んで手早く大太羅との話を終わらせて、さっとこの世を救っちまおうって考えだろう。だけど相手はあの量だ。必ずどこかで乱戦にもつれる瞬間がある。紛れ込むとしたらその時だ。
「かっこいいねえ、鳥吾ちゃん」「聞いたかよ。あいつらの物語だってよ」
少し離れた所に手花と足栄が立っていた。何をするつもりか、そばにはへそほどの高さの木杭が打ち込まれている。
「何だお前達。行かなくていいのか」
「俺達には俺達の仕事があるのさ」「お前の言葉で言えば、俺達の物語って訳だな」
ゲラゲラ笑いながら二人はそれぞれ背嚢を下ろし始める。一方には両手で抱えてようやく持てそうな大きさの石が。もう一方には木製の太い槍のような物が何本も収められていた。
要一が俺の衣を引っ張る。視線を戻すと一行が塚へと差し掛かるところだった。
塚にたかる亡者たちが歯を剥き出し威嚇し始めた。そこに人間らしさは残っていない。
「そろそろか」「そろそろだなあ」「まずは玉から」「マラ公は様子を見てだな」
手花と足栄がぶつぶつと言葉を交わす。石と石とが擦れ合う音。また悪ふざけでも始まるのかと振り返って仰天した。
手花が足栄の頭を軸にして体を回転させていた。あぐらをかくように組んだ足を足栄の首に引っかけ、仰け反った姿勢で全身を振り回すようにぐるぐると。回転が早まるにしたがって長い腕が地面を離れ浮き上がる。指を絡めた両手には大きな石が乗っていた。
危険を感じた首切れ馬が距離を取った。
徐々に回転に速度が乗り、振り回される腕が唸りを上げる。上体も両腕も引き伸ばされ水平に伸びていく。回転の速度が最高潮に達した瞬間、手花の手元から石が離れた。
「――そおらイッた!」
叫びと共に石塊が凄まじい速度で飛んでいく。
石塊は一行の前方で騒いでいた亡者の頭蓋を叩き潰し、そのまま転がるように跳ねて幾人かの亡者を押し潰した。
「何匹だった」萎えたように回転が止まる。「十匹と少しだな。気持ちのいい当たりだったぜ」「たったのそれだけかい。話にならねえなあ」
すぐさま手花が次の石を選び始める。
なんて馬鹿げた発想だ。こいつら自分の体を投石布みたいに使ってやがる。
「ほおら、あっちもあっちで始めたみたいだ」「お前ら、ちゃあんと見とくんだぜ」
言葉通り、塚でも戦闘が行われていた。
朱枝が盃を手放さぬまま金砕棒をぶん回し亡者の頭をひき潰す。松鉄は角を振るって突進し、表徳が蠢く肉を炭と化す。野槌と蛟竜は亡者を飲み込みまた噛み砕く。熊雪の豪腕が追いすがる亡者をぶっ飛ばしていた。
中央に位置する六鶴上人は錫杖を打ち鳴らし、何事か声を上げるのがここまでキリキリ届く。囲いをすり抜け近寄る亡者達は頭を押さえて膝をついていた。
一見、六鶴一行の方が優勢であるかに思えた。だが、敵をかき分け進む速度よりも亡者が追いすがる早さと量が圧倒的に勝っている。案の定、我武者羅に駆け上がった亡者達がしんがりの痩骨に食らいつくが、痩骨はまるで動じる様子も見せず、ゆるりと匕首を突き出し、肉をほじくる。
「あんまり長く保ちそうにねえなあ」「やっぱり俺達がいねえと駄目ってことよ」
手花が次の石を構えた。
八華は法一の背後に立ち、波状に迫りくる亡者を薙刀で切り伏せている。
巨大な手、その一つ一つの指先が、また小さな手に変化していた。その指先にも、更にその指先にも、同じように続く無数の手。それが薙刀の柄を渡し合い、体躯に見合わぬ刃を踊らせる。
頭から襤褸を纏った男と権髄も、下がりながら応戦している。
不思議なことに、何も持たない二人を前に亡者は次々と倒れていった。権髄は体術に合わせて素早く何か繰り出している様子だが、分からないのは襤褸男の方だった。
どこかおぼつかない足取りでへたへたと歩みながらも、手すら動かさずに亡者を輪切りにしていく。その姿に、一瞬、嫌な既視感を覚えた。
要一に声をかけようと口を開きかけたところで、耳障りな絶叫が辺りに響いた。
発生源はすぐに分かった。塚の頂上に立つ一体の亡者だった。
その男は一際背が高く、体もガッシリとしていてよく目立った。前頭部がひしゃげたように扁平で目と鼻が無く、大きく裂けた口の端には二本の長い触角が生えていた。
ざんばら髪を振り乱し男は叫び続けた。四肢をもがれたかのような悲痛な叫びが、鼓膜に突き刺さる。
「やかましいねえ。次はあいつを狙おうか」「ああ。ドタマをかち割ってやれ」
手花が石を構えて回転し始める。
一方、塚にも変化が起きていた。触手男が叫び始めると、亡者達は突然に襲いかかるのをやめ、押しくら饅頭でもするかのように近くの者同士で体を押し付け合い始めた。
ひしめき合い密度を増した亡者の群れが陣形を押しつぶし、一行を分断させていく。
亡者達は斬り殺されようとも互いを離そうとせず、殴り飛ばされてもすぐに別のものが隙間を埋めた。奴ら全部で一つの体になったかのようだった。遂にはそれを示すように個々の体が溶け合い融合し始めた。手と手、体と体が混ざり合い、塚を螺旋に巻く帯状に繋がっていく。
その隙間で塚を登る者たちがばらばらに流され引き離されていった。法一と六鶴を担ぎ上げる八華、所構わず火を点ける表徳、朱枝はただ流れに身を任せ一杯やっている。
触角男が叫ぶのを止めた。
包帯をほどくかのように塚を覆った異形の帯が解ける。
頂上でその先端が鎌首をもたげた。
帯であるかに見えたものは、塚を五巻き半はするほどの巨大な百足の形をしていた。
亡者が溶け合い形成された頭部には二本の触角。丁度その間に、触角男の上半身が生えている。頭部の左右には、甲殻を持つものが身を寄せ合い形成された巨大な牙。
大百足は無数の足をぞろぞろ動かすと、もたげた頭を大きく後方に引いた。長い胴体が矢をつがえた弓のように威圧的なしなりを見せる。引き絞られた体が静止したかと思った直後、無数の亡者の塊は八華の掲げる法一目掛けて突進した。
手花が下品な掛け声と共に石塊を放った。石塊は先程よりも更に速度を増して、頭部に鎮座する触角男を捉える弾道を描く。
しかし、八華が六鶴と法一を庇い、大百足の胴の隙間に屈み込むと、大百足は宙で体を横に反らした。石塊は勢いに煽られ露わになった腹部に深く食い込んで止まった。
「頭をやるには槍じゃないと駄目だなあ」「ようし。突っ込んで掻き混ぜてやろうぜ」
足栄が下品な声を出す。手花が太く長い槍を取り出した。それには矢羽根までついており、槍というよりも巨大な矢と呼んだほうがしっくり来る。
「痛いのは嫌なんだけどねえ」手花が木杭に飛び移った。つるりとひと撫でする後頭部には無数の傷痕があった。杭の刻みに足を絡め、天辺の平たい部分に顔面を付ける。呻き声と共に嫌な音を立て、両肩が背中側に裏返った。後ろに両手を伸ばして指を組み、手のひらの間に槍を挟む。槍の軸が手花の後頭部をまたぎ、矢尻が百足の頭を指している。
「仕方ねえだろ、我慢しやがれ」言い終わるなり、足栄が槍を挟んだ手に噛み付いた。
手花の背中を片足で踏み込み、突っ張るようにして上体を反らし、腕を引く。裏返った両肩の間から覗き、狙いを定めている。
こいつら、とんでもねえ馬鹿野郎だ。
今度は手花の腕の柔軟性を利用して槍を飛ばすつもりでいやがる。形状は全く違うが、弓を真似たつもりだろうか。ふざけた見た目のせいで威力も想像がつかない。
塚に視線を戻すと、ぐるぐると這う大百足の胴の隙間、六鶴上人と法一、そして八華が身を寄せ合っているのに気がついた。
何か相談している様子だった法一が、頂上を見上げ小さく頷く。
ドクリと胸が鳴った――。
法一達が屈んだままそっと塚を登り始めた。胴の合間をぐるぐると進んでいく。
要一が振り返る。黙って頷き返すと、急に大きな身震いが起きた。
腕の目玉もそわそわし始めていた。仕事を前にしたあの感覚によく似ていた。
要一が塚と俺とを交互に見て、早くしようと目で訴える。少し待てとそれを制した。
「ただ闇雲に突っ込んだって駄目だ。注意がそれるのを待て」
小さく息を吐く。口の中が乾いていた。手綱を握る腕にいらない力がこもっている。緊張が伝わったのか首切れ馬も忙しなく足踏みし、頭のない首を振った。
獲物を探していた大百足が、急に法一とは関係ない方向へ頭を向けた。なぜか逆上したように牙をいからせ、己の胴をかすめて塚の左側へ回り込むように疾走する。
――今だ。
思うと同時に馬が駆けていた。坂を下る振動が尻を突き上げる。奥歯を噛み締めそれに耐え、前だけ見据えて馬を駆る。ぐんぐん塚が迫るつれ、それを取り巻く大百足の胴体が丘の上から見るよりもずっと大きいことに気づいた。胸が押し潰されるような威圧感を放っている。これからあれに突っ込むんだ。塚の中程辺りを行く法一達を見上げながら思う。
あっと言う間に塚の麓に辿り着く。そのままの勢いで右周りに塚を回り込んだ。
塚を登るには大百足の尾の先を探さねばならなかった。右巻きに塚を這う胴の先端から、その隙間を駆け抜けねば頂上にはたどり着けない。
左手に這う大百足の胴の下では無数の手足が蠢いている。溶け合い混ざり合いしてもまだ地を掻く亡者の姿は禍々しく、その連なりは長大だった。穴ぼこのような沢山の目が俺達を見つめる。節を作る背中は、盾やら刀やら骨を剥き出した亡者やらが埋め尽くしている。
視界の先、不意に何か野太く巨大なものが振り回されるのを見た。
あれだ。思うと同時、その先端に何か小さな人影が張り付いているのが見える。栗色の影は隆々とした四肢で尾の先端にしがみついている。
朱枝だ。朱枝が尾に振り回され――いいや、違う。朱枝が尾を掴み、力任せに振り回している。左へ、右へと尾を振り回すたびに肉色の飛沫が飛ぶ。その想像を遥かに超える膂力に思わず息を呑んだ瞬間、朱枝目掛けて大百足の顔面が牙を唸らせ突っ込んだ。
轟く地響きと立ち上る黒い土埃の中から、何事もなかったかのように朱枝が現れる。
注意を引いているのか。
思惑通り、逆上した触角男は標的を朱枝に定めている。塚に巻き付いていた胴は少しずつ外に飛び出し、麓へと伸びていく。朱枝によって放り出された尾の先、二本の長い棘が生えた尻が迫った。
胴の隙間に駆け込むと、権髄が大百足の背に乗り、槍のようなもので甲殻の隙間を突き刺していた。それは金属質な光沢を持ち、曲げた肘の関節から飛び出している。
だが、案の定効果はあまりないようで、甲殻の間から赤黒い腕がねばりと掴みかかろうとする。それを跳んでかわし、権髄が一つ舌打ちする。坂の上の法一を見上げると、俺達の頭を飛び越し、法一を追って姿を消した。
突然、要一が後頭部を俺の腹に何度もぶつけはじめた。
前方を見上げると、塚の向こう側から大百足が突っ込んで来るところだった。
要一の頭を押さえて馬の背に腹ばいになる。丁度、上手い具合に大百足の胴の隙間に隠れる格好になった。頭を掠めて大顎が通り過ぎる。首筋に落ちる生暖かい感触に思わず視線を向けると、無数の虚ろな穴ぼこから赤黒い汁が垂れていた。
動の隙間に吸い上げるような突風が吹く。前方にいた痩骨がそれに吸い込まれ、轢き潰された。烟る血しぶきに飛び込む格好となり、視界が一瞬奪われる。振り返ると、飛び散った痩骨の四肢や肉片が引き寄せられ、元の体を形成していくところだった。
突進に引っ張られ、左手を塞ぐ胴が、大きく波打つように浮きあがった。急ぎそれをくぐると、もう頂上を守る壁はなかった。
「通して通して! ――表徳、ごめんよ!」
塚の反対側で八華の声がする。吹き上がる火炎。あちらも頂上が近いらしい。
それに続こうと馬を向けたところで、右手から塚を回り込み大百足が現れた。
触覚男が指差す先には、太い片腕を持つ巨漢の姿があった。
熊雪を真正面に捉え、邪魔する者共を轢き潰し、巨大な口をがばりと開いて突っ込んでいく。
蜘蛛の子を散らすように小者たちが逃げていく。
だが、足のない熊雪にはそれができない。
丘の上。逃げる場所も隠れる場所もなかった。
ゾッとするような笑みを浮かべる無数の亡者達が、大百足の口腔で歓迎するように両手を差し出す。爛れた赤が今まさに熊雪を飲み込もうとした瞬間、鈍い響きが空気を振動させた。
大百足の巨大な頭部が、ぐらりと傾く。熊雪の拳が大顎にめり込んでいた。
だが、顎に食い込んだその拳を亡者達が絡め取る。熊雪は腕を引き抜こうとするが、足のない胴では踏ん張りが利かない。大百足は熊雪を引きずりながら、尚も身をくねらせ暴れようとする。思わず手綱を掻い繰り、馬首を巡らせ熊雪の元へと向かった。
「お、お前たち、な、にをしておる! 来るなと言っただろうが!」
「抜くな! 持ち上げるんだ!」
「――何?」
「いいから早くしろ! 一瞬でいい!」
またか、仕方のない奴め、と熊雪が左腕に力を込め始める。血管の浮き出た頭が真っ赤に染まり、左半身の筋肉が無数の瘤状に膨張していく。だが、やはり、この足では踏ん張りが利かない様子で、大百足が頭を揺すると体が地面を滑った。
「ええい、くそう。この足めが」
泣き言を漏らす熊雪の右袖を掴み、馬に力一杯引っ張らせる。熊雪の腿がぐっと地を噛む。大百足の体がぐらりと揺れた。危機を察したのか出鱈目に動かす無数の足は空を掻き、頭部が徐々に持ち上がる。
「そのままだ。そのまま動きを止めてろ!」
「こ、これが何なのだ! ど、胴が暴れる! もう保たん!」
「あと少しだ! 奴らならきっと――」
びょう、と風を切る音がした。
次いで、泥に杭を打ち込むような音。
一瞬、大百足が大きく頭を仰け反らせたかと思うと、力を失ったようにうなだれ倒れ込む。強い地響きの轟く中、熊雪の腕がすっぽ抜け、仰向けに倒れ込んだ。馬を降りて起き上がるのに手を貸す。
塚に横たわる大百足の頭部。その中央に鎮座していた触角男の胸を槍が貫いていた。
触覚男の体はちぎれ飛びそうなほどに引き伸ばされ、破れた腹からは内臓がこぼれ出ていた。
遠く離れた丘の上、下品な仕草で喜びを示す二つの影があった。
思わず笑ってしまった。
やってくれたんだ。あの馬鹿げた弓もどきで。
要一が二人に向かって手を上げた。
「……見事だ。だが、鳥吾。……今度は必ず、分かるように策を言え。いいな」
熊雪は息を切らしてうずくまり、疲れ切った様子で項垂れた。
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