第24話 推しと恋と

「翠様。こちらお引越しの挨拶の品です。どうか受け取ってくださいませ」


 夕飯前の時間帯にレインは翠斗の部屋を訪れ、引っ越しの挨拶へとやってきた。

 やたら高級そうな箱を渡され、翠斗はたじろいでしまう。


「あ、ありがとうございますレインさん。あ、いや、天野先生? んと……」


「あっ、呼び方でしたらハニーでお願いしますわ」


「その選択肢は俺の中ではなかったよ!?」


「残念ですわ。では『レイン』か『麗』とお呼びください」


 さりげなく苗字呼びは選択肢から弾かれていた。


「じゃあレインさんで。レインさん。引っ越しの挨拶品としては随分大きいですが、中身は?」


「湯呑とお茶のセットですわ。翠様が日本茶好きというのは推しなら周知の事実ですわ。喜ぶかなと思いまして」


「あ、ありがとう。本当に俺のことをよく知っているのですね。素直に嬉しいです」


「……あ、あの、私のことも翠様に知ってほしいと思いまして……その……こ、こちらも受け取ってください!」


 やたら照れっ照れに一枚の可愛い便箋を渡してくる。

 なんだろうと思い、翠斗はその場で開けようとするがレインが慌てて静止する。


「だ、駄目ですわ! 私が居なくなってから開けてくださいね! で、では、アデュー!」


「アデューて」


 キャラに合わない挨拶と共にレインは逃げる様に去っていく。

 レインが自室に帰ったのを見届けると、翠斗は改めて便箋の中身を確認する。

 小説家らしい達筆な字でこのようなことが書かれていた。




【夏川翠斗様へ


 ご無沙汰しております

 暑い日が続きますが体調を崩してはおりませんでしょうか


 貴方を追いかけて隣室に引っ越しまでしてきた私を軽蔑されますか?

 驚かせてしまったことと迷惑をかけてしまったことをまず謝らせてください

 本当に申し訳ございませんでした


 でも、どうしても気持ちを抑えることができませんでした

 貴方の居場所の手がかりを得た時、私は行動を起こさずにはいられなかった

 こんなにも好きという気持ちが膨れ上がったのは初めてでした

 キッカケは私の作品に声を当てて頂いたこと

 ですが推し活を進めていくうちに貴方の内面にとても惹かれていったのだということをどうか知ってもらいたい


 もし……

 もし許されるのならばお願いが二つございます


 私とチャット友達になってくれませんか?

 同封させて頂いた便箋にメッセージアプリのIDを記載させて頂きました

 チャットを送り合って、もっと貴方のことを知っていきたい


 二つ目のお願いは

 天の川レインとコラボ配信をしてくれませんか?

 もちろん対価としてギャラをお支払いいたします


 私からのお願いばかりで恐縮ですが、どうかお考えいただけると光栄です



 天野麗より 】






    【main view 天の川レイン】



 やってしまいましたわ、やってしまいましたわー!!

 い、いきなりチャット友達になりたいなんて言われて翠様はどう思ったでしょうか。


「す、翠様……」


 壁をじっと見て想い人の姿を頭に浮かべる。

 この壁の向こうに憧れの人がいる。

 それだけで胸がはち切れそうになるくらい鼓動が早くなる

 私の手紙を見てくれているでしょうか。

 急に手紙なんて送られて気持ち悪がっていたらどうしよう。

 気持ちが止まらなくなってしまった故の暴走。

 翠様のことになるといつも頭が回らなくなってしまいます。


「翠様は……この気持ちを『推し』と表現していましたが……」


 確信を持って言える。

 絶対に違う。

 身体の芯が熱せられるようなこの想いが『恋』じゃないわけがない。


「チャット友達になってほしいだなんて……図々しすぎですわ私」


 天野麗25歳。

 25歳にもなって私は男性と付き合ったことがなかった。

 幼い頃から本の虫であり、周囲は気味悪がって私から距離を置いていた。

 読書か執筆さえあればいいと自分に言い聞かせていた。


 でも本当は憧れていた。

 素敵な殿方と添い遂げる未来を。


 異性と文字を送り合う関係に憧れていた。

 自分が小説家志望だからかもしれないが、気持ちを文字にして送るという行為こそが他者を知る最良な方法であると私は思っている。

 それを好きな殿方と出来た日には死んだって良い。

 気持ちの込めたメッセージを送って、相手からもメッセージが返ってきて、ニヤニヤしながらまたメッセージを送る。

 女子ならきっと誰もがそんな経験あるだろう。

 私以外の女子ならば……


 隣に住んでいるのだからわざわざチャットでやり取りしなくても良いことくらい分かっている。

 それでも私はこの馬鹿らしい夢を追い求めたかった。

 無論、相手が誰でも良いというわけではない。

 胸の鼓動を高鳴らせてくれるあの方じゃないと嫌だ。


    ピロン


「!?!?」


 自分のスマホから聞きなれない音が鳴り出した。

 まさか、と思い、恐る恐るディスプレイを確認する。


『翠斗さんよりメッセージが届いています』


 家族以外繋がりの無かったチャットアプリからの通知。

 私は身体を震わせながら恐る恐るメッセージを開く。



 翠斗

『こちらでは初めまして

 俺もレインさんとチャット友達になりたいです

 俺なんかで良かったらぜひお願いします!』



 その3行の文字列私は何度も何度も読み返した。

 1度目は驚愕、2度目に歓喜、3度目にしてようやく実感がじわじわと巡ってゆく。


「やったっ! やったっ!!」


 飛び跳ねながら喜びを爆発させた。

 嬉しい。嬉しいよぉ!

 憧れの翠様とチャットで繋がりましたわ!

 私はテーブルの周りをバタバタ駆け回りながら翠様のメッセージを愛おしげに眺めていた。

 顔の紅潮が止まらない。嬉しさで思いっきり叫び出したくなる。

 この喜びの感情には覚えがあった。

 自身の小説が初めて受賞し、音声化が決まった時のあの興奮だ。

 久しい感情が呼び起され、私の口角は上がりっぱなしだった。


    ピロン


「!?」


 えっ?

 再度通知音がなる。

 翠様が2通目のメッセージを続けざまに送ってくれた。



 翠斗

『伝え忘れていました

 配信は不慣れですが、俺なんかで良かったらぜひコラボもやりましょう

 あとギャラなんていらないです

 友達でしょ? 俺達』



「~~~~~~~~~~~~!!!」


 やったぁぁぁぁっ!

 翠様と——いえ、みどり様と一緒に配信が出来る!

 嬉しい。

 嬉しい嬉しい。

 嬉しいぃぃぃぃ!!


 自分でも分かる。

 破顔しまくっているのが分かる。

 泣きながらニヤケまくっている。

 だって、仕方ないじゃないですか。


「コラボ決定ですわ~~~!!」


 憧れの人と配信をするというのも私の夢だったのですから。

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