第23話 オーディションを拒む理由

「レインさんが……天野麗先生!?」


「はい。あの時は私の作品に声を付けてくれて、本当にありがとうございました!」


 両目に潤いを滲ませてレインは翠斗の手を握りながら今までの感謝を告げた。 

 美女に手を握られて潤んだ瞳で見つめられた翠斗は思わずたじろいでしまう。


「貴方の活躍、ずっと見ておりました。『Experience Point』のメイン役CVに貴方の名前を見た時、レインは嬉しくて涙が出ました。『転生バトルオンライン』のシュナイダー役を勝ち取った時なんてレインも嬉しくなって祝杯をあげましたわ。」


「あ、ありがとうございます。本当に俺のファンで居てくれたのですね」


「今でもファンです。翠様。レインは信じております。貴方が再び声優として戻ってくれることを」


「レインさん……」


 ここまで応援してくれるファンが居てくれることは素直に嬉しい。


「レインは翠様の声が好き。努力する姿が好き。真っすぐに夢を追いかけていた貴方が大好き」


 配信を見られたということはレインの気持ちは翠斗に伝わってしまっている。

 ならばもう隠す必要もないと開き直り、レインは翠斗に素直に気持ちを打ち明けまくっていた。

 今まで告白などされたことのなかった翠斗は顔を真っ赤にさせている。

 レインは妖艶に微笑みながらゆっくりと翠斗の顔に自分の口を近づけた。



「——駄目えええええええ!!!」



 何者かに突き飛ばされてしまい、翠斗は壁にキスをしていた。


「ひ、人が学校に行っている間に、な、ななななな、何を誘惑されてるの! 翠斗さん!!」


 突然現れたのはささえだった。

 どうやら専門学校の講義を終え、丁度帰宅したタイミングだったようだ。


「ど、どなたですの!?」


「どなたですの!? はこっちのセリフだよ! 貴方こそ誰なの!?」


「す、翠様の……婚約者です」


「違うよね!?」


「ま、間違えました! 翠様の妻です」


「だからどうして言い間違える前よりも悪化するんだ貴方は!」


「妻とか婚約者とかなんなの!? 翠斗さんまさか彼女居たの!?」


「この人とは今日が初対面だよ!?」


 どんどんと現場に混沌が広がる。

 とりあえず収集を付けるために一旦落ち着いて互いの紹介をすることになった。







「ささえさん。この方は小説家の天野麗先生。俺が以前彼女の作品に声を当てたことがあるんだ」


「……むぅ。そなんだ」


 なぜか不機嫌そうに唇を尖らせるささえ。

 目じりを上げて終始レインを睨みつけている。


「更に天野先生はVTuberもやっている。天の川レインさん。ささえさんも知っているよね?」


「うぇぇ!? あ、あのレインさん!?」


「そういう貴方は……ささやきささえさんですわね。翠様と二度もコラボした! 二度も!!」


「どうしてあんたまで急に機嫌悪くなっているんだ!?」


「当たり前ですわ! 翠様とコラボ配信なんて羨ましいことこの上ないですわ! ずるいずるいずるいー!」


 急に精神年齢が下がり、駄々っ子化するレイン。

 対してささえは鼻を高くあげながら、ふふんと息を鳴らした。


「私と翠斗さんはコラボ配信する仲なのです。だからこの人はささえのモノと言っても過言ではないのだ」


「過言だからね!?」


「そぉ? でも私達お互いのパンツの色まで知っている仲じゃん」


「なんで俺のパンツの色知ってるの!?」


「んふ。翠斗さんトランクス派なんだよね」


「合ってる!? この子本当に俺のパンツを把握している!?」


 ちょいちょいとレインが翠斗の裾を引っ張る。


「翠様。そのトランクス。どうかレインに1枚献上してくださいませんか?」


「真顔で何を言っとるんだ貴方は!? 何に使う気だ!」


「かぶったり嗅いだり……あと……キャッ」


 両手で顔を覆うレインを見て軽くめまいを覚える翠斗。


「駄目だよレインさん。ただでさえささえが一枚拝借しているんだから。これ以上翠斗さんのパンツを減らすのはかわいそうだよ」


「なんで俺のパンツをキミが持っているんだ!?」


「……ささえ様。5万」


「くっ、5万ですか……! わかりました。5万で翠斗さんのトランクスを御譲りします」


「やりましたわーー!!!!」


「売買を成立させるな!! もうツッコミがおいつかんわ!! あとパンツ返せ!!」


「翠斗さん。私と一緒にVクリエイトのオーディションを受けてくれればパンツを返すことを検討してあげるけど」


「またそれかい!?」


 しかも検討するだけで返すとは言っていないのがささえのずる賢い所だった。


「翠様。Vクリエイトのオーディション、受けないのですか?」


 レインが首を傾げながら聞いてくる。


「う、うん。正直迷っている最中なんだ」


「何を迷うことがありますの? VTuberで声優を目指すだなんて素敵じゃないですか」


 翠斗が踏み切れないのには理由がある。

 それは根本的な懸念からだった。


「いや、そもそも俺さVTuberじゃないじゃん?」


「「えっ?」」


 ささえとレインがきょとんと眼を見開いた。

 二人は不思議そうに首を傾げている。


「いや、俺はVTuberじゃないよ? アバターも持ってないし」


 VTuberとはアバターを動かして配信を行うものだ。

 でも翠斗はアバターキャラクターを持っていない。

 つまりみどりという名前のユーチューバーに過ぎなかった。


「だからそもそも俺はVクリエイトに応募する資格すらないのかなって」


 正直言うと挑戦したい気持ちはあった。

 以前ささえが言っていた通り、VTuberとして声優デビューをするのなら『夏樹翠』という過去の自分を隠すことができる。

『みどり』という名前で再スタートできることはとても魅力的だった。

 でもVTuberとしてデビューすらしていない翠斗が応募した所で合格する可能性は限りなく低い。

 門前払いすらされる可能性もある。冷やかしと思われるかもしれない。

 その葛藤がオーディション受験を迷わせている一番の要因でもあった。


「なーんだ。翠斗さんそんなこと心配していたの? だったら大丈夫だよ。ほら、この募集要項見て?」


 ささえはカバンの奥からぐしゃぐしゃになったチラシを取り出した。

 そこには「クリエイトに秀でたVTuber募集』という大きな見出しが載っていた。

 ささえが募集要項の一節を指で刺す。


 『クリエイターであればこれからVTuberデビューを考えている人でもオーディションに参加可能です』


「VTuberデビュー前でも……可能性はある?」


「それどころかもし採用してもらえたら会社がアバターを用意してくれるみたいだよ?」


「……は——」


「は——?」


「早くそれを言えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ささえの肩を掴んでぐわんぐわん彼女の身体を揺らす翠斗。

 翠斗は迷いが吹き飛んださっぱりとした表情を浮かべていた。


「じゃあ受けるよ! VTuberじゃなくても受けられるんなら喜んで受けるよ!」


「ほ、ほんと!? やったああああああ!」


 ささえは目を回しながらも翠斗の両手を掴んでぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 レインも隣で嬉しそうに微笑んでいた。


「そうと決まれば早速応募の登録しなきゃだね! 早く! 早く!」


「う、うん。わかった! あ、そういうわけなんでレインさん俺達自室に戻りますね」


「あっ、はい。後ほど引っ越しのご挨拶の品を持って伺わせて頂きますわ」


 バタバタと慌ただしい二人をレインが控えめに手を振って見送る。

 一人になったレインは頬を膨らませながら恨めしそうに壁の向こうに向けて言葉を言い放った。


「一世一代の告白だったのに……返事くらいしてくれてもいいじゃないですか……ばか……」


 そう恨めしそうに呟くレインだったが、彼女の口元は小さな笑顔が浮かんでいた。

 告白の返事がうやむやになったこと恨めしさよりも、翠斗が声優としての道へ再び歩み始めてくれた喜びの方が大きかったようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る