第10話 アイドル声優 夏樹翠
ささえが翠斗にコラボを持ち掛けたのには3つの理由がある。
まず1つがVTuberレインの存在。
ささえが放送する度に『今日はみどり様はいないのですか?』とコメントが来るのだ。
ささえ的には全然気にならないのだが、他のリスナーが少し癇癪を起こし始めていた。
端的に言えばレインがあまりにもしつこすぎて放送の雰囲気が悪くなってきている。
だったらいっそ本当にみどりを出演させて、レインの望みどおりにさせてやろうと思ったのが理由の一つ。
2つ目に前回のみどりのサプライズ出演が大好評だったこと。
みどりが出演した例の神回はチャンネル登録者数を大きく飛躍させ、収益となるスーパーチャットもかなり多かった。
正直経済的にかなり助かっていたのだ。
みどりは数字を持っている。そんな打算的な狙いが二つ目の理由だ。
そして3つ目は——
みどりとのコラボは……単純に楽しいから。
ささえはずっとコラボに憧れていた。
大物VTuberとのコラボはもちろん無理にしても、同じように配信を趣味にしている人といつか一緒に生放送してみたいという思いをずっと抱いていた。
前回のみどりとのコラボは翠斗を隣室から追い出すためという打算を持っていた。
それでもいつの間にか翠斗のペースに呑み込まれ、最終的にはささえも大いに楽しんでしまっていた。
もし次があるならば、そういった負の感情は一切無しにして思いっきり楽しんでみたい。
それこそがささえがコラボを企画する一番の理由でもあった。
「コラボ配信か……」
一方翠斗は頭を悩ませていた。
前回のコラボは『ささえの配信事情を理解する』という目的があったので出演を引き受けた。
今回は『レインがみどりの出演を待望しているようなので願いを叶えてあげよう』とささえが目論んでいるのだと翠斗は推測した。
だけどそれはささえの個人的な感情。今回翠斗には断る権利があった。
正直、翠斗的には積極的なコラボは行うつもりはなかったのだが。
でも——
「いいよ。俺で良ければ配信に協力する」
翠斗は引き受けた。
出会ってそれほど月日が経っていないが、ささえは良い隣人であり、良い友人であるとも思っている。
友人の頼みは無下にはできない。
「ほんと!? ありがとうー!」
キッチンから駆け寄ってきたささえは翠斗の手を両手で包む。
洗い物の途中ということあって翠斗の手もべちゃべちゃになるが、ささえは気にしていなかった。
「放送日は週末がいいな。土曜日とかでもいいかな!?」
「あー、土曜は仕事の面接があるからちょっと……日曜日なら大丈夫だよ」
「面接……えっ!? 翠斗さんずっとニートでいくんじゃないの!?」
「んなわけあるか!? 働く意思くらいあるよ! まぁ、バイトではあるけど……」
「そうなのかぁ。ちょっと残念」
「俺がニートじゃないことをどうして残念がる!?」
「だって、帰ってきた時に隣の部屋から人の気配するのってちょっと嬉しかったから。安心感があるっていうか」
ささえの一人暮らし歴は2年目に入っているが、未だに不安で眠れないときがあった。
配信収益が入ってこなかったらどうしよう、風邪を引いてしまったらどうしよう、変なセールスが押し売りにきたらどうしよう。
でも翠斗が隣に引っ越してきてからはぐっすり眠れるようになってきた。
知らないうちに彼の存在がささえの安定剤になっていたのだ。
「来週からはキミが俺の帰りを待つ番になるな」
「おっとぉ? もう面接受かった気でいるな~? 調子乗っていると足元抄われるよ?」
「うぐ……履歴書見直しておこう……」
「えへへ、頑張ってね。私もみどりさんとのコラボ告知しよーっと」
今日はこれで解散となり、ささえは大穴から自室へと帰っていく。
チャンネル画面にてみどりとのコラボが決定したことを告知しながらささえはふと疑問に思ったことを頭に浮かべる。
「(そういえば翠斗さんが面接受ける所ってどんな仕事なのかな?)」
気になって穴からひょこっと翠斗の姿を覗き見ると、真剣な面持ちで履歴書とにらめっこしている様子があった。
声掛けようとも思ったが邪魔しては悪いと思いささえは顔を引っ込める。
「(翠斗さん……声優は諦めちゃったのかな……)」
——『声優を追放されたんだ』
あの時の翠斗の言葉が脳裏から離れない。
結局過去に何があったのか語られてない。
語ってもらえて……いない。
「もっと仲良くなれたら……いつか昔のことを教えてくれるのかな……」
『〰 ささえからの告知 〰
5月14日(日)13時にあの人がやってくる!
隣人のみどりさんとの第2回コラボけって~~~~い!
幼女声のお兄さんに構ってほしい人は大集合だよ♪』
「キタアアアアアアアアアアアア!!」
高級マンションの一室にて一人の女性が黄色い声を轟かせる。
ヒーラーボイスVTuber『ささやきささえ』のチャンネルトップぺージにて、その告知文が目に入った瞬間、彼女は奇声をあげて椅子を蹴っ飛ばしながら歓喜に震えていた。
「みどり様! 今週末にみどり様の声が聞ける! い、今のうちにアラーム掛けておかないと! 生放送の視聴予約も忘れずにしておかないといけませんわ!」
彼女の名は『天の川レイン』。VTuberとしての名ではあるが。
レインは恋をしていた。
たまたま見ていた女性VTuberの生放送にゲストとして出演していた『みどり』という男性。
彼はVTuberではないらしく、ガワを持っていなかった。
本当に声だけの出演。時間にしてみれば30分もなかっただろうか。
その30分でレインはみどりに魅了され、恋に落ちた。
いや、その30分の放送でレインは一つの事実を『確信』したことでガチ恋勢と化した。
「また貴方の追っかけが出来て光栄ですわ。『
レインは愛おしそうに一枚のポスターに頬ずりをする。
アイドルのようにルックスが良い4人組声優ユニットのポスター。
男性二人、女性二人の男女混合声優ユニット『春夏秋冬』だ。
だが4人の中で1人だけ平凡な容姿の男性も混ざっていた。
その普通の容姿である『夏樹翠』という声優がレインのお気に入り。
ポスターに描かれていたその顔は——
まぎれもなく夏川翠斗と同じ顔をしていた。
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