第9話 二つのお願い
R15+の官能小説音読を終えると伴ってレインの生配信も終了した。
放送終了しても翠斗とささえはPCの前で呆然と余韻に浸っている。
「ふぅ……えっちだった」
「そ、そうだね」
そう、えっちだった。
レインの文章はやたら臨場感あって読後感が凄い。
上気したまま二人はしばらくその場を動けないでいた。
「レインさん、絶対にリアルの翠斗さんを知っている感じだったよね」
「そうだね。あそこまではっきりと俺の容姿を言い当てられるのは創作や妄想じゃ無理だ」
「どこかでリアルであったことある人だったんじゃない? 声には覚えない?」
「うーん……」
残念ながら全く聞き覚えのない声だった。
あんな特徴的な綺麗な声の人、知り合いだったらピンとくるはずだ。
「ち、ちなみに……さっきの『行為』的な出来事も……翠斗さんは経験したことあるのかな?」
「ないよ!? 女の子を洗脳して行為に走るクズに見えるの!?」
「そうは言ってないけど……いやさ、知っている人がエロ同人のネタにされているのって……なんか……ものすごい背徳感あって……なんか興奮した」
「~~~~っ!?」
赤面しながらチラチラと顔を覗き込んでくるささえは妙に色気づいて見える。
翠斗も同じくらい真っ赤になっており、互いの息が若干荒くなってしまっていた。
「もしそういうことを翠斗さんが経験済だったら……それはそれでささえの妄想が捗るなぁと思いまして」
「思わないで!? もう一度言うけど洗脳してえっちなことするようなクズじゃないからな!?」
「……洗脳なしのセックスは経験あると」
「もうこの話終わり! だんだん雰囲気がピンク色になってきたから終わりね!」
「ちぇー」
翠斗はスッと立ち上がり、逃げる様に穴の向こうへと跨いでいった。
そしてささえも彼の後ろについていき穴を潜る。
そのままテーブル前に着席する。
「なんでついてくるの!?」
「翠斗さんとの猥談がまだ終わってないので」
「帰って!?」
「うそうそうそ。実はさ、翠斗さんにお願いがあったんだ」
そこはかとなく嫌な予感に見舞われながら翠斗はささえにジトっとした視線を放つ。
ささえのお願いは十中八九ろくでもないことを翠斗は知っているからだ。
だけど次に彼女が放った言葉は案外普通なことだった。
「翠斗さんの手料理食べたい!」
その可愛らしいお願いに翠斗の目が丸くなる。
もっととんでもないお願いをされると思っていたから少しだけ拍子抜けした。
「そのくらいならよろこんで」
「やた! 翠斗さんの料理好きー!」
『好き』と言われ、一瞬ドキッとしてしまう単純な自分が悔しかった。
「すぐに作るから適当にくつろいで待ってて」
「はーい」
くつろぎ許可を得た瞬間、ささえは翠斗のベッドで横になり、手元にあった漫画を読みだした。
いや、いきなりくつろぎすぎだろうとも思ったが、リラックスできているなら別にいいかと思い、翠斗は放っておくことにした。
「にしし。翠斗さん、今日は女の匂いがするベッドで寝ることになるんだね」
「そこからどきなさい! 今すぐどきなさい!」
「やーだもん」
余計な一言をささえが発したことにより、結局彼女は翠斗に怒られることになるのであった。
「どうして翠斗さんはこんなにお料理上手なの?」
手作りのハンバーグを美味しそうに食しながらささえは素朴な疑問を翠斗に投げてみた。
「俺、高1からずっと一人暮らししていたんだ。すぐに料理の楽しみに目覚めてずっと自炊していたんだよね。だから調理歴も10年くらいになる」
「すごい! 私なんて冷凍物で済ませちゃうよ」
「いや、それも正解だと思うよ。冷凍の方が簡単だし、それに旨い」
「でも高いんですよぉ~。コスト削減の為にも私もお料理したいんだけど、配信準備とか動画投稿とかあるからついついやらなくなっちゃうんだよね」
「あはは。言ってくれればいつでも手料理振舞うよ」
その言葉にささえの瞳がキランッと光る。
『あっ、余計なこと言ったかも』と少し後悔するがもう後の祭りだった。
「明日からの夕食代が浮いた分何買おうかなぁ。高級ヘッドホンでも買っちゃおうかな」
「毎日来る気なのか」
「やっぱり迷惑?」
「いんや全然」
一応それは本音であった。
一人で食べるとどうしても味気なくなり、料理も手抜きになってしまいがちにもなる。
それならば目の前の女の子のように自分の料理を美味しそうに食べてくれる人が近くに居てくれたほうがやりがいにも繋がる。
「ありがとう翠斗さん。明日も来るね! お料理手伝えることがあったら言ってね」
「一切ないから大丈夫だよ」
「一蹴されたぁ……」
可愛い女の子と二人でキッチンに立つというのはかなり魅力的な提案なのだが、翠斗は下ごしらえから調理まで全て一人でこなしたいタイプだった。
ささえには自分の料理を美味しそうに食べてもらえるだけでいい。
「ごちそうさま翠斗さん。とても美味しかったよ。あっ、せめてお皿洗いくらいさせてくださいね」
談笑しているうちに二人は夕食を食べ終えた。
ささえはお皿を持って水道を流す。
今度は翠斗の方が手持ち無沙汰になってしまい、ベッドに横になる。
……女の子の香りがしたのですぐにテーブル前に座り直した。
「あっ、そうそう翠斗さん。今日は翠斗さんにお願いがあって来たの忘れてた!」
「……? 手料理食べさせてほしいっていうのがお願いだったのでは?」
「ごめんごめん。本題は別。んとね。嫌だったら別にいいんだけどさ——」
ささえは洗い物の手を止めて突然真剣な面持ちで翠斗の瞳をじっと見る。
急に美少女に見つめられて少したじろいでしまう翠斗だったが、その真剣な表情を見て翠斗も思わず姿勢を正していた。
「——翠斗さん。いや、みどりさん。もう一度ささやきささえとコラボしてくれませんか?」
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