第8話 物書き系VTuber『天の川レイン』
VTuberレインは小説家のタマゴらしい。
公募やWeb小説、時には持ち込みまでしてプロの作家を目指す野心家のようだ。
レインは自分で書いたweb小説を持ち前の綺麗な声で朗読し、区切りごとにリスナーに感想を求めているという中々に斬新なV活動をしている人のようだった。
「どうでしたか!? 新作『幼馴染に振られた俺は帰り道でトラックにぶつかり異世界へ。美少女にTS転生し、スローライフを楽しんでいたら勇者パーティに冒険に誘われたけどすぐに追放されました。怒り狂った俺は勇者に復讐するため功名トリックで暗殺を計画する』」
『ここまで直接的なタイトルの作品を未だかつて見たことがあっただろうか』
『設定www 詰め込みすぎwww』
『転生してチート能力を得るのは王道でいいんだけど なんでその後の展開がサスペンスになるんだよ』
『ミステリー系で追放ざまぁを見られるとは思わなかった』
『斬新さはあったよ うん 斬新さは』
『4ページ目ですが「・・・に同感する」の部分は『共感する』に変えた方がしっくりくると思いますよ』
コメントが言うように小説の内容は設定盛り沢山で破天荒なストーリーだった。
でもここまで突っ走っていった内容だと逆に面白い。
次はどんな超展開が待っているんだ! というドキドキ感が常に存在する楽しい小説だった。
「皆さん、感想と添削ありがとうございます。明日も頑張って書いてきますのでまたコメントお願い致します」
『まかせろ』
『普通に続きが気になるからもまた来るよ』
『主見てたら私も小説書きたくなってきた』
コメントが全体的に和やかで温かい。
それはVTuberレインがリスナーに愛されている証拠だった。
「(いい生配信だな)」
レインの小説を楽しみにしている人、レインの音読に魅了されている人、アットホームな雰囲気に癒されている人。
皆が目的を持ってここに集まっているのが分かる。
きっと翠斗やささえもこの放送をもっと早くに知ることが出来ていたらずっと通い詰めていたことだろう。
それだけこの配信には家庭的な魅力が存在していた。
「さて! 小説のコーナーはこの辺りでお開きにして、次のコーナーへ行きましょう!」
『きちゃー!』
『これこれ!』
『待ってた』
『俺の方が待ってた』
『さぁ本番の時間だ』
「「??」」
頭にクエスチョンマークを浮かべたまま、顔を見合わせる翠斗とささえ。
てっきり小説披露だけで終わると思いきや、別の催しも行われるらしい。
リスナーの反応を見るにこれから名物的コーナーが始まるみたいだった。
「とどけレインの想い! 今日のみどり様!!」
「「!?!?!?」」
『みどり様』。
それは間違いなく翠斗のことだろう。
どうして急に自分の名前が登場してきたのか。
翠斗はとてつもなく嫌な予感に見舞われた。
そしてその予感は的中することになる。
「今さら説明するまでもないですが、レインはみどり様という殿方にガチ恋しております」
「「!?!?!?!?!?!?」」
『知ってる』
『知ってる』
『知ってる』
『知ってる』
VTuberといえば今やアイドルと同格の存在であり、恋愛感情を仄めかすなどご法度もいい所。
絶対恋愛禁止の烙印が押されているわけではないのだが、異性の存在をチラつかせるなど人気の停滞覚悟としか思えない愚行——
「あああ! みどり様好き好き好き好きぃぃ! あの声また聴きたいよぉぉ! あの声で罵ってほしいよぉぉ!」
「「!?!?!?!?」」
『今日も良いキモさだ』
『これでこそレイン放送』
『何が始まるんです?』
『↑初見か? キモさに震えろ』
『お前はこれから「安定のキモさ」タグの神髄を見る』
『ここからが本当の地獄だ』
——しかし、レインの放送ではその愚行をまるで気にしていない模様。
それどころかなぜか恋の模様をリスナーが楽しんでいるという異様な雰囲気に包まれていた。
「ささえさん、俺自分の部屋に帰るわ……」
「現実から逃げないで翠斗さん。貴方のファンの姿を最後まで見届けてあげて」
自分のことを好きと言ってくれる気持ちはすごく嬉しい。
自分にファンが出来たことで心が躍ったのは事実だ。
しかし彼女の想いは歪であり、あの寛大な翠斗ですらひいてしまうほどレインのから愛は重かった。
「今日も妄想が捗りますわ。みどり様の七色の声。マジ神ってます。あの声でレインのこと叱ってほしい。できればロリボイスで罵ってほしいですわ」
『お前もう口閉じろよww』
『なんでお叱り受けるシチュしか妄想にねーんだよw』
「私が生粋のドMだからに決まっているじゃないですか!!」
『早くこいつ何とかしてあげて』
『医者を呼べ』
『医者すら両手を上げてダッシュで逃げるレベル』
『なぜ褒められるシチュじゃ駄目なのか』
翠斗は生まれて初めて限界オタクというものを見た。
しかし、たった1回ささえの放送にゲスト出演しただけでこんなにも限界化されるものなのだろうか。
一体何がこの子にこんなにも刺さったのか、それは純粋に気になった。
「嗚呼! みどりさんのブラウン色の髪の毛をくんかくんかしたい! 似合っていないシルバーアクセサリーをペロペロしたい! 度の入ってない黒縁メガネに私のあられも無い姿を映してほしぃぃぃ!」
「「えっ!?」」
この子にはずっと驚かされぱなしではあったが、今の言葉はその中でも群を抜いて驚愕させられた。
「……翠斗さん、眼鏡借りるよ」
翠斗が普段掛けている黒いフレームの眼鏡にささえは手を伸ばす。
スチャっと翠斗の眼鏡をささえが装着。
普通に可愛い。
「度が入ってない……」
「うん。まあ。ファッション眼鏡なので」
「…………」
ささえは翠斗の胸元を見る。
髑髏のシルバーのリングアクセサリーが絶妙にダサい。
ささえは翠斗の髪を見る。
適当にセットされた茶髪が窓から入る風に揺れていた。
「ど、どうして俺の身体的特徴をこの子が知っているんだ!?」
「翠斗さん。この人と知り合いだったりするの?」
「ガワだけ見ても知り合いかどうかなんて判断つかないよ」
「それもそっか」
『この子、勝手に相手の容姿設定まで作り上げてきてやがる』
『さすが小説家志望。キャラ描写はお手のものか』
『レインは茶髪伊達眼鏡男子が好き、っと さてちょっと美容院でカラー入れてくるわ』
『↑クソださシルバーアクセサリーも忘れずに買ってこいよ』
リスナー達はレインが妄想でみどりの容姿を作り上げたと思っている。
しかし寸分違わず翠斗の外見を当てられている所を見ると、みどりの中の人の正体を知っているとしか思えなかった。
それはそれとして——
「……ささえさん。もしかして俺のアクセって……ダサい?」
「…………」
「無言やめて! 残念そうな視線だけ向けられるの心にくるからやめて!?」
「翠斗さんはさ。変に飾らず自然体の方がいいと思うな」
「優しい言葉で全否定された!?」
近年は男子も自分を飾るのが最小限のマナー。
そう思い、20歳過ぎた辺りから毎日欠かさずに付けていたお気に入りの髑髏リングが真っ先に否定され、翠斗は失意のどん底へと沈む。
「そんなことよりも翠斗さん完全に身バレされちゃってるよ? どうして翠斗さん=みどりちゃんってバレているのかも不思議だし……」
「そんなこと……俺の髑髏ちゃんはそんなことなのか……」
「落ち込み過ぎだよ!? 今度一緒にアクセ選びしてあげるから早く立ち直って!」
「うぅ……わかった」
さりげなくデートの取り決めが行われたみたいであるが、胸中複雑な翠斗は喜びに浸ることなく、唇を尖らせて拗ねまくっていた。
「今日もレインとみどり様のラブラブ妄想SSを音読させてもらうので、皆様着いてきてくださいませ」
『はーい』
『※ここからは強者専用です。ブラウザバックはお早めに』
『本編よりもこっちのオマケの方が楽しみまである』
「あっ、ここからはR15+なので注意が必要です」
『※稀にR18有』
『夢女子の怖さを震えろ』
ディスプレイ画面が移り変わり、やたらピンク色の背景に文章が表示される。
1行目を見た瞬間から翠斗は軽くめまいを覚えた。
「ささえさん。R15+推奨みたいだからお子様の俺は帰らせてもらうよ」
「逃げるな25歳。19歳の女の子を置いて逃げるな。一緒に見るよ」
「なんのプレイだよ!? 自分が出てくるエロ小説を隣人の女の子と一緒に鑑賞するってとんでもない羞恥なんだけど!?」
「楽しみだね。あっ、先に言っておくけど変な気分になってもささえを襲い掛かったりしないようにね」
「じゃあ逃がしてよ!?」
「…………」
翠斗の手を固く握るささえ。
指の隙間にささえの指を絡まされられて、彼女の体温が直で伝わってくる。
「なんで逆に拘束を強めるの!?」
「もー、うるさいなぁ。早く座ってよ翠斗さん。レインさんの音読始まってるよ?」
「嫌だぁぁ! 俺は帰るんだぁぁぁ!」
翠斗は顔を真っ赤にしながら必死に逃走を試みる。
しかし固く拘束されたささえの手から逃れることができず、翠斗は顔を真っ赤になりながら羞恥で体温を上げていく。
「く、くぅ……っ! これが魔道具『髑髏リング』による洗脳の力なのですね! 身体の自由が奪われて……あ、ああ!? ど、どうしてレインは服を脱いで……い、いやぁぁぁっ!」
「人の自慢のアクセサリーを洗脳魔道具にするんじゃなぁぁぁい!」
その後、あられのない姿にされたレインをみどりが一方的に凌辱する物語が展開されていくのだが、思った以上の過激な内容に色々と
一方ささえは若干鼻息を荒くさせながら集中してレインの官能小説に聞き入っているみたいだった。
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