第7話 みどりのファン
「貴方に癒しを届けたい。今日もささえの配信に癒されてね♪」
『俺様癒されに登場!』
『お前の声を聴かないと寝られないんだよ』
『おじさんグッド評価押しちゃる!』
午後9時はささえの時間である。
よほどのイレギュラーがない限り、毎日この時間に生配信が始まる。
「今日の生放送では声真似リクエストやりまーす! みんな、ささえの知っているキャラのリクエストお願いしまーす!」
『食パン〇ン』
『ラブリーくりむぞんのカミア様!』
リクエスト声真似はASMRに次ぐささえ放送の人気コーナーだ。
ささえ自身も声真似することでボイトレとなるので一石二鳥なのである。
リクエストは順調に集まり、そのキャラのセリフを考えていると、ふと気になるコメントが目に入ってしまう。
VTuberレイン『今日みどり様はいらっしゃらないのですか?』
「あー、今日も居ないんだー。みどりさんの分もささえが頑張るよ」
配信中のコメントはハンドルネームが表示される。
昔からささえの配信に来てくれている人の名前は脳裏に刻まれている。
故にこの『VTuberレイン』という方は新規リスナーであることもわかるのだが……
「(この人……いつも翠斗さんのこと聞いてくるなぁ)」
VTuberレインがささえ放送にコメントを落としてくれるようになったのは、みどりとのコラボの後からだ。
さすがにささえも察する。
この人はささえではなく翠斗目当てで放送に来てくれるということを。
「俺のファン?」
「うん。お嬢様みたいな口調のリスナーさんなんだけどね、『今日はみどりさんいる?』ってだけ聞いてすぐいなくなっちゃうの」
「俺のファンかぁ」
「をやぁ? 口元が緩んでますな~? 嬉しいんだ」
自分のことを気に入ってくれて自分を目当てに放送に足を運んでくれる人がいる。
その事実は素直に翠斗の口角を緩ませてしまっていた。
「ね。そのリスナーさんもVTuberみたいだからさ。その人の配信一緒に見てみようよ」
「しょうがないなぁ。ささえさんがそこまでいうのなら見てあげなくもないけど」
「面倒くさいツンデレみたいなムーブしないの。気になるなら素直に言えばいいのに。ほら、こっち来る」
手招きして翠斗を部屋に招き入れる。
翠斗は壁穴から身を乗り出してささえの部屋に上がり込んだ。
「私の部屋に入るの2回目だね」
「今日は緑色の下着干してないんだね」
「もう緑色の下着は着ないって言ったでしょう!?」
冗談交じりに誤魔化しているが、女性の部屋に上がり込むということに慣れていない翠斗は相変わらず委縮しまくっていた。
居心地悪そうに隅っこを歩き、ささえの隣に腰を下ろす。
ささえはすでに『VTuberレイン』で検索を終えており、目当ての人の配信者チャンネルページがパソコンに移し出されていた。
「わっ。アバター可愛い~!」
黄金色の艶やかなロングヘアー。
特徴的な長い耳はエルフを模したのだろうか。
大きな本のようなものを持っており、知的なお姉さんみを感じるキャラクターであった。
「ほほぉ~。このお姉さんが俺のことを——」
ビシッ!
「何!?」
「なんかキモイから叩いた」
「なんかキモイから叩いた!?」
「翠斗さんはささやきささえのファンなんでしょ! 推し変は許さん」
そういえば以前に『ささやきささえは俺が今一押しのVTuberです』と言ってしまったことを思い出す。
ファン……というかささえのことは尊敬の目で見ているし、別に推しを乗り換えるつもりもないのだが、確かにファンっぽいことを一切やっていないかもなと翠斗は反省する。
「あ、この人昨日ライブ配信やっているね。アーカイブ見てみようよ」
アーカイブ配信とはライブ配信終了後の録画データを公開する方法だ。
生放送に来られなかったファンにとっては非常にありがたい機能である。
妖艶に微笑むVTuberレインのサムネイルをクリックし、過去配信の再生が始まった。
「貴方の心に活字の癒しを。物書き系VTuber天の川レインが今日も活字の空間をお届けしますわ」
物書き系VTuberというのが彼女の肩書のようだ。
しかし前口上の映像も凝っている。ささえもそうだが、最近のVTuberは凝ったオープニング動画でリスナーをワクワクさせてくれる。
「声綺麗~」
呆けるようにささえが呟く。
「ささえの方が綺麗だよ」
汚名返上のチャンスと言わんばかりにささえをヨイショする翠斗。
刹那、目を見開きながら驚いた顔でバッと翠斗の方へ高速振り返りをするささえ。
「きゅ、急にどうした!?」
「いや、ファンとして推しの魅力を伝えたいと思って」
「脈絡なしに褒めてくるな! ビックリするでしょ!?」
「難しいなぁ推し活って」
「とにかく! 今はこの子の配信に集中すればいいから!」
「わかったよ」
促されてレインさんの放送に集中する。
物書き系VTuberってどんなことをするのかなと。
「……ねぇ、翠斗さん」
「なに?」
「…………や、やっぱり、たまに褒めてくれると嬉しい」
「…………」
可愛いかこの子は。
その上目遣いの破壊力に翠斗の脳はショートした。
「……綺麗で声かわいいよ」
「……ありがと」
「…………」
「…………」
何とも照れくさい空間が生まれてしまい、逃げ出したい衝動が二人を支配する。
若干桃色に染まった空気のまま、二人は肩がくっつきそうな距離でVTuberの配信を気まずく鑑賞をする。
たまにチラチラと互いの顔を覗き見て、何度か視線がぶつかってしまうのだが、その度に二人の顔は朱に染まっていくのであった。
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