第4話 配信コラボⅠー② 理想の妹 (みどり×ささやきささえ)

「さっ、耳掃除の時間だよ。ささえの膝に頭乗っけようね」


    コリッ、ザザッ


 耳掃除シチュのASMR。

 ささえは本物の耳かき棒を取り出して、セリフの途中でマイクをなぞる。

 そのノイズ音がリスナーには本物の耳かき音に聞こえる。


「ふぅ~~。ど~ぉ? 気持ちいい? このまま寝ちゃっても良いからね」



  『んほぉ~』

  『臨場感半端ねぇ』



「いつもお仕事お疲れ様。キミが癒されるためには何でもするからね。からいことがあったら全部吐き出していいんだよ」


「ささえたん、この場合『からい』じゃなくて『つらい』って読むんだよ」


「また読み間違えた!? ていうか『たん』付けで呼ばれた!?」



  『いつもの』

  『みどりたんナイス指摘』

  『「辛い」はしょうがない ささえじゃなくても間違えるやつはいる』

  『↑いねーよwww』



 せっかくの甘い雰囲気を台無しにする読み間違いだが、古参リスナー達は大盛り上がりを見せていた。

 新規リスナーもこの放送の楽しい雰囲気に触発されて一緒になって喜んでいる。

 ささえはこの後4ヶ所も読み間違いをするが、生配信は終始暖かな雰囲気に包まれていた。


「ささえのシチュエーションボイスどうだった? 癒されたかな?」



  『元気もらったよ』

  『笑顔にさせてくれてありがとう』

  『さいごまでよくよめました』



「反応が幼稚園の先生なのはどうしてなのかなぁ!?」


 ささえ的には官能的な癒しを与えていたはずなのに、リスナー達は子の活躍を見守る教師のような感覚で癒されていた。

 『満足感』を与える、という意味では一応成功の類ではあるのだろう。


「みどりさんはどうだった? ささえのASMR」


 置物のように静かに聞いていた翠斗にも感想を求めてみる。

 若干の沈黙の後、翠斗は思いがけない言葉を放ってきた。


「レベル高いと思った。隣で見ているから分かるんだけどシチュエーションによってマイクとの距離感を常に変えているから声に立体感があるんだ。腹式呼吸も出来ているし、ブレスも抑えるように意識されているからプロ声優レベルの技術があると思うよ」


「ぅええ!? はっ? えええぇ!?」


 思いがけない誉め言葉の連続でささえは驚愕で目を見開いた。

 驚愕の後に来る喜び照れくさい感覚がささえの顔を真っ赤に染めていた。



  『これ、ガチ照れしてるな』

  『ささえたんの中の人真っ赤になってそう』

  『ていうかみどりニキは何者なんだよ 感想が評論家なのだが』



「て、照れてなんかないし! それにしてもみどりさんは声の吹込みに関して知識はあるみたいだね。じゃあ次はみどりさんにもASMRに挑戦してもらおうかな!」


「えっ?」


 突然のむちゃぶりにキョトンとする翠斗。

 対してささえは口角を上げながらいたずらっ子のような表情を浮かべていた。


「ふふーん。今日の一番の目的はみどりさんにもシチュエーションボイスを体験してもらうことだったのだ」


 ささえのトラウマ植え付け作戦その2。

 ASMR生体験。

 普段ASMR配信に慣れているささえの後にやらせることで素人である翠斗の不慣れさを際立たせる。

 しかも敢えて官能的な台本を読ませることで限界まで羞恥を高めてやろうというのがささえの狙いである。


 自分と関わると今後もこういうむちゃぶりに巻き込まれる。

 その面倒くささを実感してもらえれば翠斗も引っ越しを考えてくれるかもしれない。

 ささえはそう目論んでいた。


「ASMRか。さすがに初めてだなぁ」


 隣で委縮している翠斗を見て更に口角が上がるささえ。

 表情を悟られないように平静を装いながら台本をディスプレイに映し出した。

 ヒロイン一人語り形式で約1000文字弱のシチュエーションボイスドラマだった。


「あっ、主人公女の子なんだね」


「ごめんね。手持ちの余っている台本これしかないんですよ」


 嘘である。

 今後の配信で行おうと思っていたASMR台本はドキュメントフォルダにたんまりとある。

 その中には男性主人公の台本もあったのだが、ささえは敢えてエロ系女子主人公の台本を翠斗に読ませようとした。


「……ん。披見は終わったよ。マイクの位置調整しても大丈夫?」


「えっ? は、はい」


 翠斗はその場にスッと立ち上がる。

 妙に慣れた手つきでスタンドマイクの高さ調節を行い、小さく咳払いをする。

 真剣な表情でPC画面に映し出された文章を凝望する翠斗。

 その様子には妙な貫禄が漂っており、迫力に圧されてかささえは声を掛けることができなかった。


 そして——


「——お兄ちゃん! 私のパンツ持って行ったでしょ! こんのド変態」


「!?」



  『!?!?』

  『えっ? は?』

  『みどりニキだよな?』

  『女の子の声なんだが』

  『しかもくっそ可愛い声』



「隠しても無駄だからね。怒らないから早く出しなさい! ほら早く!」



  『うっそだろ?』

  『これが両声類というやつか』



「はいみっけ。わわっ!? これ洗濯前のパンツじゃん!? おにぃちゃ~ん? これで何をやっていたのかなぁ~?」



  『この理想の妹ボイスを男が出しているってマジ?』

  『みどりニキ もしかして:プロ?』

  『ささえたんとは別の良さがあるな 素直に上手い』

  『本当になんで妹声が上手いんだよw おかしいだろww』

  『ていうか台本もなんだよこれwww』



「って、お兄ちゃん! 私のだけじゃなくてお姉ちゃんのパンツも拝借しているじゃん! 駄目! これは駄目! お姉ちゃんのパンツは私が没収するからね!」


 男が女の声色を出そうとしても必ずどこかに男色が含まれてしまう。

 そもそも男女では声帯の形からして違う。

 仕組み的に人体の構造が異なっている故にどうしても『嘘っぽい女声』になってしまうのだ。

 ささえは声優科の専門学校に通っているからそのことをよく知っている。

 知っている故に『完璧な女の子の声を出している男』に驚愕が隠せなかった。


「仕方ないから私の脱ぎたての下着をプレゼントしてあげるんだから。感謝しなさいよね。い、今から脱ぐからちょっとあっち向いてなさい!」



  『はーい』

  『はーい』

  『はーい』

  『おまえら振り向くなよ 絶対だぞ』

  『しかしこの妹 変態である』



 やたらノリの良いリスナーは完全ASMRの『お兄ちゃん』になりきってコメントを流してくれている。

 翠斗のASMRはこの枠一番の大盛り上がりを見せていた。


「こらぁ! 今振り向いたでしょ!? この変態! 妹の裸でしか興奮できない変態なんだから! ま、まぁ? 言ってくれればこれからも脱いであげないことはないんだけど?」


 ささえは確信する。

 翠斗は『声の仕事』をしたことがある人なのだと。


 声帯の違いはあれど、訓練次第では男性が女性の声を出すことはできる。

 それもかなり練度の高い訓練を受けたに違いない。

 そうでなければ、声優のタマゴである自分よりも質の高い声の演技をできるはずがないから……


 驚愕、嫉妬、尊敬。

 翠斗の演技を見てささえの心の中に様々な感情が生み出される。

 だけど一番の大きな感情は——


「……ぶっ! あはははは! だめ! もう耐えられない! み、みどりさん! 一旦止まって! お腹いたいー! お腹痛いーー!!」


 真顔で『兄にパンツを見せたがる妹』を演じる男の滑稽さがツボに入り、ささえはお腹を抱えながら吹き出してしまうのであった。

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