第3話 配信コラボⅠー① とりあえず一杯 (みどり×ささやきささえ)

「最近配信できなくてごめんね。みんなのささえが戻ってきたよー!」



  『待ってたよぉぉぉ!』

  『このままいなくなったらどうしようかと』

  『お前の声が支えなんだよ』



 翠斗が引っ越してきた日以来ずっと配信を行っていなかったささえ。

 リスナー離れも懸念していたが、いつもの面々が今日も来てくれて内心ほっとする。

 それどころか新規リスナーも多い模様だった。



  『で 隣人トラブルは大丈夫なん?』

  『放送出来ているってことは何とかなったのだと信じたい』

  『隣人ニキからもらった蕎麦美味しかった?』



 リスナー達が気になるのはあの日神回を作ってくれた隣人の存在だ。

 新規リスナーはその進捗を聞きにきたと言っても過言ではない。


「えー、皆も気になっているであろう隣人さんとの進捗をザックリと話すとね——」


 ささえが、ちょいちょいと手招きして翠斗を呼び寄せる。

 肩がぶつかるくらい近い位置にまで二人はくっついた。


「さすがに声が丸聞こえの状態で配信を行えるほどささえはメンタル強くないからさ——」



  『まぁ そうだよな』

  『えっ? ひょっとして引退?』

  『俺の生きがいがぁぁぁぁぁっ!』



「違う違う。引退とかじゃないよ。んとね。ささえ妙案思いついたんだ。配信の声が丸聞こえの状態でも問題のない妙案を!」



  『ろくでもない予感』

  『ささえたんが思いつく妙案は9割方とんでもないからな』



「今度こそ本当に妙案なの! たしかに以前『アダルティな声色を手に入れる妙案』としてエロゲテキストの音読をやった過去はあるけども!!」



  『主とんでもなくて草』

  『初見バイバイする発言やめいww』



「ええい! 黙ってきけぇ! んとね、ささえが今後も配信を行う秘策として——」


 ささえがチョイチョイとマイクを小突く。

 翠斗に『もうすぐ出番だぞ』とジェスチャーで伝えているのだ。


「お隣さんも配信者にさせてしまえばいいんだと気づいたんだよ!!」



  『!?!?!?!?』

  『は? え??』

  『ほーら 奇策だった』



「自分も配信者なら隣人が配信していても気にならないでしょ? と、いうわけで今日はお隣さんをこの場に呼んじゃいましたー! ほら、みどりさん一言自己紹介して」


 挨拶の無茶ぶり。

 素人に急に『さぁ、自己紹介しろ』と言われた所でまともに返事ができるわけがない。

 緊張でドモりまくってパニックにさせる——そしてトラウマを植え付ける。

 それがささえの考えた自己紹介トラップだった。


 だが——


「リスナーの皆さん、VTuber『ささやきささえ』さんの隣の部屋に引っ越してきた『みどり』です! 想像以上の壁穴の大きさにマジでビックリしています。壁にファイアーボールでも打ち込んだんじゃないかってくらい不自然な大穴なんですよこれが。後ろ振り返ると自分の部屋も丸見えでさ。あっ、自分の部屋テレビつけっぱなしだったわ。隙を見て消しておきます。いやー、本当は自分の立ち絵も用意できたら良かったのですが如何せん急な出演なもので声だけの挨拶とさせて頂きます。好きなアニメはラブリーくり——」


「ストップすとーっぷ!!! みどりさんめっちゃ喋るな! えっ、そんなに喋る人だったの!? 『一言』の範疇を超えた自己紹介ぶっ放してくるなんてささえも予想外なんだけど!?」


「あっ、ささえさんに怒られたんで黙りますね。スタジオにお返しします」


「同じスタジオに居るよ!?」



  『隣人ニキwwwおもしれえwww』

  『あのささえたんがツッコミ入れてるww』

  『壁にファイアーボールってなんだよ 語彙どうなってんねんww』

  『好きなアニメの話聞きたかった』

  『みどりたんよろ~』


 

 初めてネット配信に出演したとは思えない翠斗の堂々っぷりに驚愕を隠せないささえ。

 トラウマを植え付けるどころか謎のイニシアティブを見せつけられ出鼻をくじかれてしまう形となってしまった。


「さてさて、ささえさん。今日の配信のアジェンダを発表しよう」


「ついに仕切り出した!? これささえのチャンネル! ささえがメインの配信だからね!?」


「どうでもいいけど『ささえさん』って呼び方『サザエさん』に似てるよね。うっかり呼び間違えたらごめん」


「コロコロ話題を変えるな! 自由かお前!? 呼びにくかったら呼び捨てにでもしとけ!?」


「えっ!? よ、呼び捨て……っ!? さ、さすがに、それは照れるよ」


「どうしてそこでしおらしくなるの!? あと隣でモジモジすんな!」


 慣れないツッコミの連打に早くもささえの息が上がっている。

 肩で息をしているのが隣に座っている翠斗には強く伝わっていた。



  『おもろw』

  『本気で困り果てている様子でくっそわろた』

  『あたふたしているささえたんきゃわわ』

  『みどりニキいいぞもっとやれ』

  『初登場から1分でお前のファンになったわwww』



「ぜぇぜぇ……ささえ本気で息切れしてきたよ。ちょっとお茶飲む」


「自分もオロC飲むわ」


「なんで栄養ドリンク持参してんの!? オロナミンCで喉潤う!?」


「本当はチューハイ飲みたいんだけど、さすがに配信中に酒は不味いと思うからさ」


     プシュッ!



  『プシュwwwww』

  『配信中にオロC飲む配信者初めてみたわwww』



「いや、自分配信者じゃないですよ。ただのゲストなのでちょっと自由に動くかもしれないです」


「『ちょっと』の範疇を超えてるからな! あまりにもフリーダム過ぎて手綱が扱えてないレベルだからね!?」


 自己紹介でいきなりリスナーの心を掴み、普段ボケボケのささえを完全にツッコミに回らせて翠斗は自由奔放に動き回る。

 もはや制御不能のフリーダムさにささえは本気で頭を抱えていた。

 だがその滑稽さがウケを呼び、コメント欄は大盛り上がり。

 配信が始まって5分も経っていないのにささえのチャンネルは登録者数が二桁数以上増えていたのであった。

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