第38話 その全てを愛せるように

「……直貴が紗希を大事に思ってるのは、わかった」

「美南……」

「じゃあ、出すべき答えなんて決まってる。紗希の告白を受けるべき」


 美南は、きっぱりとそう言い切った。


「さっきも言っただろ、そう簡単に受けられるなら苦労しないし、そもそも俺が紗希と釣り合うかどうかなんて」

「……直貴、紗希を大事にしてるのはいい。でも過保護すぎるし、信頼できてない」


 呆れたような溜息と共に、美南が吐き捨てる。


「俺が、紗希のことを信頼できてない?」

「そう。テマリとしての紗希と恋仲になったら炎上してどうのこうのとか言ってたけど、それって、紗希はそういうリスク管理ができないんだって言ってるようなものでしょ」

「っ、それは……」

「それともなに? 直貴自身が浮かれポンチになってそういう末路を迎えるって話?」


 美南は心の奥に杭を深く突き立てるように、問いを投げかけてきた。

 矢継ぎ早に色々と言われて、正直な話混乱しているところもある。

 だが、美南の言っていることは、きっと正しい。そうでなければ、ここまで動揺なんかしていないだろうから。


「仮にそうなったとしても、そんなこと配信で言うわけないだろ」

「……じゃあ問題ないんじゃない」

「それとこれとは……」

「……直貴は、さ」


 じとっとした目が向けられる。

 俺の瞳を覗き込んで、美南は再び心へ杭を打ち込んできた。


「あれこれ言い訳つけて、逃げてるだけでしょ。本当の気持ちから」

「……っ、じゃあ、本当にその最悪の未来がきたとき、美南は責任取れるのかよ!?」

「取れないに決まってるじゃん」

「あっけらかんと言ってくれるな。だったら」

「でも、未来なんて誰にもわからない。最悪が見えているならそれを回避するために頑張ることはできる。そういうものじゃ、ないの?」


 最悪を回避するために、頑張る。

 それは世間に対して、その目を欺き続けるということだ。

 険しい道になるだろう。俺も、紗希も──こうして言葉で語るよりも遥かに難しく、固い決意と覚悟が求められることになる。


「……紗希は、直貴を選んだ。覚悟なんて、とっくにできてたんだと思うよ」

「……美南」

「それに、私の知ってる天羽直貴って男は、なにか一つを選ぶために残りの全部を捨てるようなバカじゃなかった。なにか一つと残りの全部、丸ごと選ぼうとする、そういうやつだった」

「……」

「だから、釣り合うとか釣り合わないとか、炎上だの引退だの、血が繋がらないとはいえ兄妹だの、そんなの全部関係ない。直貴は、一人の異性として、男として、紗希って女の子をどう見てるの」


 頭を鉄骨かなにかで殴られたような心地だった。

 ああ、そうだ。俺は。俺はずっと──テマリとしての紗希も、妹としての紗希も、女の子としての紗希も。

 最初から、全部好きだったんじゃないか。


 美南の問いかけは、その言葉は、俺の中で眠っていた感情に、ずっと理性が沈め込んでいた心に、熱く灯る火をつけた。


「俺は……紗希が好きだ。どの紗希かなんてたった一つを選べない、選びたくない」

「だったら、全部」

「ああ……全部丸ごと一つ、選んでやる」


 シンプルな結論だ。

 でも、ここに辿り着くのにどれだけの時間を要したことだろう。

 自分でも馬鹿馬鹿しくなって、笑いが込み上げてくる。


 最初からずっと、心は決まっていたのに。

 こんなにも、遠回りをしてしまっていた。

 美南の言う通り、俺は馬鹿だ。とんだ大馬鹿だ。


「……覚悟は決まった?」

「ああ! ありがとう、美南!」

「……別に、お礼を言われるようなことじゃない。私は紗希が悲しむ顔を見たくなかっただけ」


 くるりと踵を返しながら、美南は言った。

 それが偽らざる本音なのか、単なる照れ隠しなのかは、差し込む西日のせいでわからない。

 だけど、その言葉に助けられたことは確かだった。


 覚悟も決まった。

 自分の本音も確かめられた。

 なら、あとは駆け抜けるだけだ。


 美南の背中を追いかける形で、俺は夕暮れの屋上をあとにする。

 伝えなきゃいけないことがあるんだ。

 今すぐにでも、一秒でも早く。


 だから、走る。

 ただひたすらに、行くべき場所を、帰るべき場所を目指して。

 息を切らしながら、夜になりつつある街のアスファルトを蹴って。


 俺はがむしゃらに、走り続けた。

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