第34話 引くまで引けば引ける

 それから二週間ほどで、コラボカフェは無事にオープンした。

 グッズといってもランダムで配られるコースターにデフォルメ絵がプリントされるものだから、準備が早かったのかもしれない。

 もしくは大人の事情が絡んでいるのかもしれないが、俺たちにはあまり関係ないことだ。


「さて……テマリのコースターを引き当てるまでは絶対帰らないぞ」


 最初は一人で行くつもりでいたが、紗希もついていくと言い出したので、俺は玄関先で気合いを入れつつ、準備が終わるのを待っていた。

 女の子は出かける準備に時間をかけるというのは本当らしい。

 一方で俺はといえば、一応というかなんというか、清潔感のある服装をチョイスした以外は本当に最低限だ。


 これで本当にいいのか、今更不安になってくる。

 いや、でも相手は妹だしな。

 別にデートってわけでもない。だから変に意識する方が不自然だろう。


「お、お待たせ……しましたっ」


 声が聞こえた。

 玄関を開けて、ぱたぱたと紗希が駆け寄ってくる。

 その服装はいわゆる甘ロリ系だ。


 フリルスクエアの襟がついている、白地にわずかな空色をグラデーションとして加えたワンピースを身に纏い、同系色のヘッドドレスを頭に乗せているその姿は、まるで童話の中から抜け出してきたお姫様のようだった。

 ファッションには詳しくないが、えらく気合が入っていることだけはすぐにわかる。

 俺はその辺のファストファッション店で売ってる服を着ているのが、途端に申し訳なくなってきた。


「正装とかに着替えてきた方がいい?」

「……ど、どうしてですか……っ!?」

「いや……紗希がせっかく気合い入れた服を選んでくれたのに、なんかいかにもオタクが休日適当に出かけるときの服、みたいなのを着てるのが申し訳なくて……」


 あわあわと動揺している紗希へ、俺は溜息混じりにそう懺悔する。

 あまりにも、あまりにも服装に対する意識の差が現れている……!

 推し活以外頓着しないオタクの末路がこれなのだから、本当に申し訳ない限りだ。


「……だ、大丈夫ですっ、そ、その……おにいちゃんは、格好いい、ですからっ、な、なにを着ても……似合ってて」

「お世辞でもそう言ってくれるのは嬉しいな……いや本当に他所行きの服ぐらい準備しておくべきだったよ。紗希も、可愛くて似合ってる。なんだか童話に出てくるお姫様みたいだ」

「……か、かかかかわっ……!?」


 ぼふん、と一瞬にして紗希の顔が耳まで真っ赤になる。

 おかしいな、お世辞抜きに正直な評価をしただけなのに。

 紗希はてれてれと俯いて、頬を押さえていた。


「……ぁ、ありがとうございます……その、わた、わたしも、なに着ていけばいいかわからなくて……夏帆ちゃんに、聞いたんです。それで、その、通販で買って」

「ああ、昨日届いてた段ボールは紗希の服だったのか」


 事前に準備までしているとか、改めて相当気合が入っていることが伺い知れる。

 やっぱり、月雪テマリの魂として恥じない自分でありたいというプロ意識がそうさせているのだろうか。

 だとしたら俺もいい加減有名になってきたことだし、紗希を見習わないとな。


「えへ、えへへ……その……似合って、ますか?」

「よく似合ってるよ。さっきも言ったけど、めちゃくちゃ可愛い」

「……えへ」


 その服装もだが、さりげなく軽めのメイクをしているのも隙がない。

 普段から透き通るように白い肌をしている紗希にメイクなんて必要なのかという疑問は、その顔を見れば一瞬にして吹っ飛んでしまう。

 それぐらいの説得力がある顔だった。


 俺の義妹は、こんなに可愛すぎた。







「圧巻の光景って感じだな」

「……は、はい。この中に、わたしたちも」

「いるんだよな……」


 ショッピングモールの空きスペースを間借りする形で設営された店舗には、Vtuberたちの等身大パネルが並んでいる。

 今回のコラボカフェではゲーム界隈で名を馳せている面子が集められているらしく、錚々たる顔ぶれだ。

 企業勢と個人勢の垣根も超えて、そんな面子が一堂に介しているのは、そしてその中に俺たちが含まれているのは、同じVtuberとして感慨深いものがあった。


「さて、今日はテマリのコースター当てるまで帰らないつもりだけど紗希は大丈夫?」

「……あっはい。その、わたしも……できれば、長い時間、いっしょに……な、なんでもないですっ!」

「……? そうか、まあせっかくの機会なんだし、コラボメニューを楽しまなくちゃな」


 入店して案内された席に腰掛けつつ、俺は卓上のメニュー表を開く。

 コラボメニューの大半はドリンクで、フードが用意されているのは一部の企業勢だけだ。

 それもそうだろうな、なんせチャンネル登録者百万人クラスのメンツもコラボしているんだから。


「……あっ、わたし……じゃなくて、テマリの、コラボドリンクです」

「お、本当だ。俺のも……あるな、隣に」


 兄妹同士ということで、気を利かせてくれたんだろうか。

 テマリのコラボドリンクはホワイトサワーをベースにしたもので、それと対になるように、俺の──冬月ナオのコラボドリンクは、コーラをベースにしたものだった。

 コーヒーじゃなくてよかった。なんせ、ブラックは苦手だからな。


「すみません、こちらのドリンク一つずつ」


 店員さんを呼び止めて、俺は紗希には冬月ナオのコラボドリンクを、そして俺の分としてはテマリのコラボドリンクを注文した。


「注文勝手に決めちゃったけど大丈夫だった?」

「あっはい、コーラは好き……なので」

「ならよかった」


 これで炭酸苦手とか言われたら腹を切って詫びなければいけない案件だったな。

 安堵しつつ、店員がコラボドリンクとアルミの袋に包まれたコースターを持ってくるのを待つ。


「お待たせしました、こちらドリンクお二つになります」

「ありがとうございます」


 五分ほどで運ばれてきた「テマリの雪化粧ホワイトサワー」なるコラボドリンクと、「ナオの深夜フロート罪」なるそれを取り分けてから、俺は緊張しつつコースターを開封した。


 ──結果は。


「ええと……機械語アセンさんだなこれ」

「わ、わたしは……やった……! おにいちゃんが、引けました……!」


 他のVtuberをハズレ扱いするつもりはないが、兄妹間で生じた圧倒的な運の格差に、思わず机に崩れ落ちてしまう。


「……くっ、だが俺は諦めない、出るまで引けば引けるんだ、そして課金すれば最推しグッズが実質無料で手に入るんだからな!」

「お、おにいちゃん……?」

「すみません、こちらのコラボドリンク十杯追加で!」


 こうなったら、意地でもテマリのコースターを引き当てるまでサワーを飲み続けてやる。

 そう決意して、俺はチュゴゴゴと一杯目のコラボドリンクを秒速で飲み干した。

 味の方は普通に優しい甘さが微炭酸に包まれて弾ける、美味しいドリンクだった。

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