第33話 リアイベのお誘い

「起き攻めは読み合いですが、いかに相手の手札を削っていくか、それこそが真骨頂であるとはこのテマリ、お兄様に教えていただきました」


:テマリ姫最上位帯突入おめでとうございます

:お兄様とのレッスン(意味深)

:冬月とレッスンして心配になるのはテマリじゃなくて冬月の情緒の方なんだよなあ……

:まあ冬月やし

:お前らのお兄様に対する妙な信頼感よ


 俺との練習の甲斐あってか、テマリ──紗希はめきめきとゲームの腕を上げて、Vtuber界でもかなり頭角を現してきた。

 今も雑談する傍らで最上位帯の相手に終始有利を取って、勝利を収めている。

 片手間でそこらの相手なら捻れるくらいに成長するとは思っていなかったが、これもテマリが、紗希がひとえに練習を重ねてきた成果ということだろう。


 そう考えると、俺あんまり貢献してないな?

 いや、教えられることは全力で教えたけどさ。

 それはともかく、最上位帯到達記念の視聴者参加型大乱闘配信、ということでテマリは今無差別に視聴者から対戦を受けているが、三十五戦ぐらいやって、負けたのは二、三回ぐらいだった。


「よき戦いでした。それではよしなに」


:テマリ姫がめっちゃ強くなってるのを見ると俺たちも感慨深いよ

:GGを言うときも優雅なのは流石姫

:お優雅成分が心に染み渡る

:今の姫なら冬月にもワンチャン勝てるんじゃね?


「ふふっ。お兄様は別格です。今のテマリが十回戦いを挑んで、一度引き分けることすら敵いません」


:なそにん

:まあ冬月、ガチで強いからな

:ガチると喋んなくなることとテマリが絡むと気持ち悪くなること以外欠点がない男

:その二つが致命的なんですがそれは


「いつかこのテマリも、お兄様を無言にさせるだけの戦いを挑んでみたいものです……それでは今宵の配信はここまでに致しましょう。リスナーの皆様、ご機嫌よう」


 楚々と微笑みながら、紗希は配信を切った。

 コーチングしたのは確かに俺だとはいえ、そんなに褒められるとなんだか照れくさいな。

 別格、か。確かにそう言われて悪い気はしないけど、世の中には俺よりも強い化け物がひしめいている。


「……ど、どうでしたか……?」

「うん、練習の成果が出てたと思う。勝ちを拾いにいく戦い方じゃなくて、負け筋を潰す戦い方も身についてきたんじゃないか?」

「そ、そうかな……えへ。おにいちゃんのおかげです」

「いやいや、紗希が頑張ったからだって。俺も追い抜かれないように精進しないとな」


 思えば紗希の部屋でテマリの配信を見るのも、すっかり日常と化してきた。

 ゲームのコーチングや反省会をするという名目があるとはいえ、最推しのリアルとバーチャルの姿を両方拝めるというのは、ファンとしてはもう最高クラスの栄誉なんじゃないだろうか。

 そう思う反面、兄妹だとはいえ、距離感がだんだん近くなっているような気がして、少し気が気でないところもある。


 今だってなんだかえへえへしながら紗希がしなだれかかってきてるし、その度に香る甘い匂いやら柔らかくてあたたかい感触とかに色々と情緒がバグりそうなんだよな。

 それだけ俺のことを信頼してくれているという証なんだろうから、拒絶することもできないのが悩ましい。

 というか、甘えたがってる妹を拒絶するとか兄として絶対にやっちゃいけないことだしな、うん。


 そんなことを考えて意識を保っていると、ぴろりん、と間抜けな音を立ててスマホがメールの着信を知らせてきた。


「俺の……だけじゃないよな?」

「……あっはい、わたしのパソコンとスマホにもメールが」

「どこからだろうな? こんな時間に……」


 迷惑メールはフィルターにかけられてるだろうし、メールマガジンが届くような時間でもないってことは、間違いなく誰かからなにかしらの用事があるってことなんだろうけど。

 紗希と顔を見合わせつつ、俺はメールを開く。


「えーっと……イベントでのイラスト使用許諾依頼?」


 件名は胡散臭い感じだった。

 だが、送信先のアドレスや本文を見る限り、その疑いは必要なくなった。

 要するに、Vtuberコラボカフェを開催するからそれに際して「冬月ナオ」のイラストを配布されるグッズに使っていいか、という話だ。


「……あっ、わたしにも同じメールがきてました」

「紗希もか、ってことは俺とテマリの二人に来たって感じなんだろうな」


 ここ最近で知名度が上がったおかげだろうか。

 疑いが晴れて、今度は遅れて妙な高揚とちょっとした心配が胸をよぎる。


「テマリはともかく、俺のグッズなんて需要あるのか……?」


 兄妹Vtuberとしての認知が高まっているから、もののついでに、ってことなんだろうけど、そんな抱き合わせ商法をして客側が怒ったりしないものなんだろうか。


「……おにいちゃんなら、大丈夫だと思います」

「うーん、紗希が言うなら大丈夫なのかな。俺もようやくチャンネル登録者数十万人達成したし」


 ゲーム方面で名前が挙がることも増えてきたし、多少は調子に乗ってもいい……のか?

 ちなみに現在テマリのチャンネル登録者数は二十五万だ。

 俺の最推しはすごい。改めてそう思った。


「それじゃあ俺は許可出すけど、紗希はどうする?」

「……お、おにいちゃんが一緒なら、わたしも」

「よし、それじゃ二つ返事で承認しておこう」

「……はいっ!」


 しかし、リアイベのオファーか。

 そんなものがくるようになったなんて、底辺を彷徨っていた頃からは想像もつかないな。

 その上、最推しであるテマリと二人でリアイベに出られるなんて。


 夢みたいだと喜びたくなる反面、俺なんかがテマリの隣に立つ存在として相応しいのだろうかという不安はまだ拭いきれない。

 だとしても、今は少しだけ。


「ありがとう、紗希」

「……お、おにいちゃんが頑張ったから、ですっ」

「そう言ってくれて助かるよ、紗希は優しい子だな」

「……えへ」


 少しだけ、胸を張ってもいい気がしてきた。

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