第32話 なんか義妹の距離が近い
「れ、練習に付き合って、もらえますか……?」
「今日も? 練習熱心だな、紗希は」
「す、少しは……その、ゲーム、上手くなりたいので」
「じゃあ部屋に行けばいいんだな?」
「……は、はい。今日も……よろしく、お願いします。おにいちゃん」
ここ最近、対戦ゲームの練習をしたいということで、紗希の部屋に招かれることが増えた。
家族になったばかりの頃は部屋に入られることを徹底的に嫌がっていたのに、変わったものだと感心する。
やっぱり、テマリの誕生日プレゼントが紗希の中でなにかしらが変わるきっかけになったのだろうか。
もしそうだったら、兄としては嬉しい限りだ。
もちろん俺の自惚れという可能性も多分に含まれているだろうからなんともいえないが。
ただ、部屋に入れてくれるというのは、前より信頼してくれるようになったことだけは確かだろう。
「すっかり片付いたなあ」
部屋のドアを開けて、思わずそう呟く。
紗希の部屋だが、テマリの誕生日プレゼントを渡した日は申し訳ないが汚部屋の一言だった。
あっちこっちにゴミ袋が散乱してたり、読みかけの漫画が床に伏せてあったり、脱ぎ捨てたパジャマがその辺に置いてあったり。
およそ、女子力という言葉とは無縁の光景だったのが、今やそれがきっちり整理整頓されて、ピンクを基調とした壁紙やフリルのついたベッドといった可愛らしい家具たちも輝きを取り戻しているように見えた。
「……ぁ、えっと、その……おにいちゃんにきてもらうのに、汚いままだと……恥ずかし……ううん、申し訳、なくて」
そんな過去をつつかれたせいか、紗希は顔を真っ赤にしてもじもじと俯いてしまう。
「失礼だとは思わないけど、片付けた方がよかったのは確かだね」
「……は、はい……だから、頑張りました……」
「うん、偉いな。紗希は頑張り屋さんだ」
ダメなところも含めて、俺は家族として、最推しとして紗希を好きなんだと宣言したわけだが、自分からダメなところを改善しようとするその姿勢はとてもいいと思ってもいる。
流石に部屋が汚いのは年頃の女の子としても恥ずかしかったんだろうしな。
ただ、年頃の女の子が、ゲームのコーチングが目的なのと、俺が兄貴だからだとはいえ自分の部屋に男を招き入れるのは色々誤解を招きかねないんじゃなかろうか。
「えっと……今日も、隣で……」
「了解、モニターには繋がなくていいのか?」
持ってきた携帯ゲーム機と据え置きゲーム機の両方の性質を併せ持つハードを掲げながら、俺はそう問いかける。
「……え、えっと。ち、近くで……見たい、ので」
「そうか……ラグとか考慮するとあんま参考にならないかもだけど」
「……お、お願いします」
ぽんぽん、とベッドの縁を軽く叩いて、紗希が手招く。
「じゃあ、隣失礼するよ」
「……は、はいっ」
「そんなにくっつかなくても画面は見えると思うけどな」
「……よ、よく見たいので……っ!」
ここ最近、ほとんど毎日こうしているわけだが、流石に距離が近すぎやしないだろうか?
俺の思い過ごしや、過保護なだけならいいんだが、こうして毎日隣り合っていると、そういう懸念がどうしても出てきてしまう。
多分紗希は無意識なんだろう。だが、美南のやつが変なことを言ったものだから、俺の方は変に意識してしまうんだよな。
いや、いかんいかん。
紗希は家族であって義妹であって、なにより最推しなのだ。
最推しと気安い距離感になってはいけない。なぜなら俺は、テマリの世界における名もなきリスナーの一人でいたいのだから。
「それじゃとりあえずタイマンでステージは終点、アイテム禁止のオーソドックスなルールでいいか?」
「……は、はい」
「そんなに緊張しなくても、紗希ならすぐ最上位帯に行けると思うよ」
大乱闘な感じのゲームを起動した俺は、設定した条件でオンライン対戦を申し込む。
いわゆる野良マッチだ。
マッチング相手は操作の癖が強い代わりに強キャラとされているお姫様をチョイスしたようだった。
「じゃあ俺はいつも通りこいつ使うけど……本当にいいの? 紗希の持ちキャラじゃないんだけどさ」
「……お、おにいちゃんを……じゃなくて、そ、そのっ! う、動きを……動きを、じっくり見たいのでっ」
「動き……? ああ、立ち回りか。とりあえず二、三戦ぐらいやったらローカル通信で対戦って流れで大丈夫?」
「……は、はいっ。よろしくお願いしますっ」
紗希からの了承を得ると同時に準備完了のボタンを押して、対戦が始まる。
俺が選んだキャラは一撃が強い代わりに動きが少し固い大剣使いだった。
対戦相手との相性はおよそ最悪な部類だが。
「相手の遠距離戦と逃げムーブに付き合わなきゃいいんだよな、要は」
タイムアップ上等で俺はガン逃げを選択する。
痺れを切らしてクロスレンジに飛び込んでくるか、そのままタイムアップで終わるのを待つ、戦術としてはおよそ最悪の部類に入るとのだ。
だが、そうでもしなきゃこのキャラであのお姫様を相手にするのは面倒すぎるんだよな。
自分からクロスレンジに飛び込もうと焦れば相手の思う壺だが、相手から焦って飛び込んでくれる分には大歓迎だ。
「おっ屈伸煽りか、元気だな」
逃げるな卑怯者、とでも言いたいんだろうか。
その場で迫真の屈伸運動──しゃがみと立ちを高速で繰り返す煽り行為に手を染めた相手だったが、ここで顔を真っ赤にして逆上するようでは三流だ。
煽りは断じて褒められたものじゃないが、その挑発に乗ってしまえば全てが台無しになる。
「……」
無言のガン逃げを繰り返す。
悪いな、これが俺の返事だ。
そして、とうとう痺れを切らして、空中下攻撃を振ってこようと近づいてきた相手に上Bでカウンターを取る。
「あとは起き攻めで終わりかな」
「……わ、わぁ……すごい……」
敵のお姫様、復帰と起き攻め特化みたいなキャラなのだが、起き攻めを受けることに関しては弱いんだよな。
そして、軽量級に分類されてるから一撃が重い俺の持ちキャラとは近距離での相性は最悪なのだ。
まあ、なんだ。ダイヤグラムでは持ちキャラに不利がついてこそいるが、やりようはいくらでもあるということだった。
「はいGG、対ありでした」
「……えへ、えへへ」
「……紗希?」
「……あっいえ、その……おにいちゃんは、本当にゲームが上手くて、かっこい……い、いえっ! す、すごいなって……」
「? ああ、一人っ子だったからさ、こういうゲームが友達だったんだよ」
一人で留守番を任せられることも多かったから、ネット対戦に潜って過ごすなんて日常茶飯事だったなあ。
おかげでここまでゲームが上達したと考えれば、悪いことばかりじゃなかったのかもしれない。
それに、当時ゲームに熱中していた俺に、数年後には可愛い義妹ができるんだぞ、と言っても多分信じてもらえないだろうしな。
「……えへ」
そんな思い出話を聞かされてなにが嬉しかったのかはわからないが、紗希はにへら、と表情を緩めると、俺の肩によりかかってくる。
その、なんだ。
それぐらい気を許してもらってるのは嬉しいんだが、二の腕に当たってる柔らかい感触とか、シャンプーとミルクが混ざったような甘い匂いとかでこっちは気が気じゃないんだが。
「……その、紗希」
「……は、はいっ!?」
「ち、近くない?」
「……そ、そそそそんなことないです……だってわたしたち……そっ、その……兄妹、ですから……」
「……それもそうか」
気のせいだったらいいんだが。
その後もごろごろと喉を鳴らして甘えてくる猫のように紗希は俺にぴったりと寄り添っていた。
やっぱり、気のせいじゃない気がしてきた。
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