第26話 集え言霊、御旗のもとに

第二十六話 集え言霊、御旗のもとに


「あーあー、テステス……よし、繋がってるな。リスナーの諸君、ごきげんよう。冬月ナオの深夜放送局、今夜も始めていきたいと思う」


 バイトから帰るなり、俺は機材を前に企画枠として取っていた生放送を始めていた。

 月雪テマリにお誕生日祝いを贈りたい、という放送のタイトルに釣られてか、同接は既に四万人に達している。

 相変わらずテマリの、紗希の力は凄いな、と思う反面、自分がまだまだVtuberとしては至らないことを自覚してしまうのが少し歯痒い。


「さて、リスナー諸君。今日は告知した通り、テマリの誕生日が近づいている。そこでこの俺は兄として、そして一人のファンとして、最推しに最高の誕生日プレゼントを贈ってやりたいと考えているんだ」


:急に兄貴ぶってくるやん

:言ってることはまともなんだけど冬月が言ってるとなんか気持ち悪いな

:なにプレゼントするんだよ

:月の土地とかだろ

:↑買えんのかよそれ


「月の土地なんて売ってんの!? ちょっと調べてみるわ……いや売ってたな、買わないけどさ」


 なんでそんなもんが売りに出されてるんだよ。しかも結構なお手頃価格じゃないか。

 買ったら権利書とかその他諸々が送りつけられてくるらしいが、将来人類が月に住めるようになったとき、余計な火種になる予感しかしない。

 その頃には土地の権利書買った人間はこの世にいない?


 ……それもそうだな、だから問題ないのか。

 いや、月の土地から話を戻そう。


「結構リーズナブルなお値段で売ってるのな、月の土地。だが俺が最推しにして最愛のテマリにプレゼントしたいのはそんな何百年後の火種になりそうなものじゃあないんだな、これが」


:ナチュラルに気持ち悪いワードが出てくる男、冬月

:イケボだから許されてる

:この声じゃなかったら通報されてるからなお前

:ボロクソに言われてて草

:ええやん、何百年も残るプレゼントなんてそうそうないやろ


「君ら人のことを言葉のサンドバッグだと思ってない?」


:残当

:お前のテマリに向ける愛は重いんだよ

:兄だからギリギリ許されてるとこあるよな


 リスナー諸君の俺に対する評価は一体どうなってるんだ。

 毎回言ってる気がするが、言葉の暴力をぶつけていいフリー素材じゃないんだぞこちとら。

 まあいい、これも一種の有名税だと思うことにして、さっさと本題に入ってしまおう。


「リスナー諸君は俺への認識を早急に改めてくれってことでこの話題はおしまいにして、だ。改めてテマリの誕生日プレゼントとして俺が打ち出す企画はこちらになります」


 フリー素材の背景として利用していた黒板に、スマホからの突貫工事で作り上げた資料を表示させて、俺は改めてリスナーたちの反応を伺う。

 プロジェクト「十万人の好きを届けて」と題されたそれは、美南と話し合った末に決めたものだ。

 とはいえ、大したことをするわけではない。


 寄せ書きサイトを利用して、そこにリスナーたちがテマリに対する思い思いの言葉を書き綴ってもらう。

 やることは、たったそれだけだ。

 そして、それを色紙に印刷した上で紗希へと届けることで、十万人分の「大好き」という気持ちを受け取ってもらう。そういう算段だった。


:十万人とは大きく出たな

:今の同接五万人ぐらいだけど大丈夫?

:テマリ姫の誕生日祝いならば拙者も義によって参加し申す

:そもそもそんなに人集まんのこれ?


「中々耳が痛いことを言ってくれるじゃないか……そうなんだよ、俺一人の力じゃ間違いなく十万人分の寄せ書きを集めることはできないと思ってる」


 残念だが、まだまだ「冬月ナオ」の知名度は低いと言わざるを得ない。

 トレンドに載って急上昇中であることは確かだが、なんせ元の知名度が低すぎる。

 ようやく「たまに名前くらいは聞くV」程度には認知が広まってきたとは思うが、その程度じゃ十万人の人間を動かすことははっきりいって無理無茶無謀の三拍子だ。


「そこで、だ! 俺はリスナー諸君に頼みたいことがある!」


:お、おう

:ワイらになんかできることがあるんか?

:野次馬も見にきてることを考えたらめちゃくちゃ厳しくね?

:お前がテマリのことを好きなのはわかったけど、正直無理だって思ってるよ


「無理なのは承知の上だ、それでも俺はこの放送を見にきてくれてる五万人に伝えたい! このプロジェクトを、テマリの誕生日祝いを全力で拡散してほしいんだ!」


 俺は恥も外聞も捨てて、全力で頭を下げる。

 例え一人一人の力は小さくとも、数が集まればそれは大きく膨れ上がっていく。

 ここにいる五万人がリポストしてくれるとは思わないが、せめて数千人がリポストしてくれれば、この放送を見ている人間以外の目にも触れるはずだ。


 そうなれば俺の勝ち、そうならなければ俺の負け。

 わかりやすい大博打だ。

 そもそも、十万人分の「好き」を集めるなんて無謀な企画を打ち出した時点でとっくに腹は括ってきた。


「ハッシュタグは『#月雪テマリに十万人の大好きを』、だ! このあと企画を呟くから、リスナー諸君には全力でこれを拡散してもらいたい! 頼む! ちなみに俺は今モニターの前で皆に土下座してる!」


:ここまで必死になってる冬月も珍しいな

:土下座は草

:よっぽどテマリのことが好きなんだなこいつ

:まあやれるだけやってみるか

:土下座までされたらな……


「そんなわけで、今夜の放送はこんなところで終わろうと思う! またいつかの深夜に会おう!」


:乙

:おつー

:盛り上がってまいりました

:リポストするからはよ呟いてくれ


 おっと、そうだな。

 放送を切って、俺はSNSにプロジェクト「十万人の好きを届けて」についての概要やらなにやらをまとめた資料をハッシュタグつきでポストする。

 すると、放送効果もあってか、当初の目論見通り、一分も経たないうちに数百リポストという数字が浮かび上がり、スマホの通知音がマシンガンのように鳴り響いた。


 そして、一つのアカウントがその告知に辿り着く。


@natsume_ciel えっ!? こんな企画いつの間に!? あたしもなんか準備しなきゃ……


 引用リポストで食いついてくれたのは、夏芽シエル先生こと夏帆だ。

 そして、夏帆が拡散してくれたおかげで、プロジェクトは加速度的にリポストされていった。

 中には冷やかしやアンチの冷笑も含まれていたが、そんなものは最初から視界に入れていないから無問題だ。


 俺が成功を確信したそのとき、SNSの通知とは別に、スマホが着信音を奏で始める。

 画面に表示されている名前は、案の定とでもいうべきか、夏帆のものだった。

 通話アイコンをタップして、俺は夏帆からの着信に応じる。


「そろそろくるかなと思ってたよ」

『なに言ってるんですか、もー! 紗希ちゃんのテマリとしての誕生祝いを贈るなら、あたしにも連絡くれたってよかったじゃないですか!』

「ははっ、悪い悪い。明日、時間ある?」

『明日なら、空いてますけど……』

「詳しくはそのとき話させてもらうよ。夏帆には色々と聞きたいこともあるし、なにより今日は遅いしさ」

『……はあ、じゃあ明日ちゃんと話してくださいよ?』


 若干怒った様子で、夏帆は電話を切った。

 そう思われるのも無理はない。

 だが、このプロジェクトのキーは間違いなく夏帆なのだ。それは、リポストの広告塔になってくれるという意味だけではなく。


 そのことを、ちゃんと説明しないとな。

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