第25話 十万人分の「大好き」を
「……と、いうわけでさ。なにか知恵があったら貸してくれないか、美南」
翌日の昼休み、俺はいつもの屋上で気怠げにフェンスへと寄りかかっていた美南にそう尋ねていた。
あまり人に聞かれたくない話だし、申し訳ないが、教室にいる陽の者たちの意見を聞いたところでそれは多分、紗希には響かないだろうと判断してのことだ。
頼れる相手が美南しかいない、ということでもあるが。
「……その発言をした紗希のクラスメイトをここに呼び出して締め上げるべき」
「いきなりバイオレンスなのぶっ込んできたな、もっと穏当に行こうぜ穏当に」
「……穏当でなんかいられないでしょ、直貴も」
美南は、小さく溜息をつく。
「そりゃそうだけどもさ、暴力に暴力で対抗したって同じレベルに落ちるだけだろ? だからなんかこう……『そいつらの言葉なんて気にするな!』って言葉が響くようなアプローチをだな」
「……考えついてるじゃん」
「その中身が思い浮かばないんだよ」
俺もまた、溜息混じりに頭を抱える。
なにか、テマリが「そんな一人二人のアンチなんか目じゃない」と思えるだけの証拠みたいなものがあれば、紗希も安心できるんじゃないかとは思う。
ただ、それをどういう形として残すのかについて、全く頭が働かないのだ。
「……現時点で直貴はどんな風に考えてるの」
「一応、名目としてはテマリの誕生日記念ってことでなにかを贈ろうと思ってる」
幸いなのかそうでないのかはわからないが、テマリの誕生日──配信を開始した日が近いおかげで、大義名分は作りやすい。
ただ、単純に誕生日プレゼントをもらっただけではきっと、紗希の傷は癒えないだろう。
もっと圧巻のなにかを、とまではいわなくとも、月雪テマリが愛されているという確かな証拠となるものを、紗希の心に響くものを用意してあげなければいけないはずだ。
「……直貴にしてはいい案だと思う。でも、贈り物っていっても」
「その辺はわかってる。ただのプレゼントじゃ意味がない。なんとか紗希が、テマリが少数のアンチなんか目に入れる必要がないほど愛されてるって証拠を示さないと」
溜息と共に頭を抱える。
そんなものが簡単に手に入るなら苦労はしない。
「……直貴」
「なんだよ美南、人の顔なんかわざわざ覗き込んで」
「……別に。それぐらい真剣に紗希のことで頭悩ませてるんだって、そう思っただけ」
「そりゃそうだろ、紗希は……最推しで、俺の初めてできた妹なんだ。だから」
だから、なんとかしてやりたい。
正直に言ってしまうなら、俺は悔しいんだ。
紗希が、テマリがどれほどの想いでここまでの実績を積み上げてきたのか、どれほど苦労して十万人というチャンネル登録者を手に入れたのか、なにも知らない外野に、訳知り顔でああだこうだと言われるのが。
「……なんとかしてやりたい、って思ってる顔」
「それはそうだろ、紗希は俺の大事な最推しで妹なんだから」
「……そうだね、そう思ってる誰かがいる、ってことをちゃんと伝えられたらいいのかも」
ぼんやりと遠くの景色を見つめながら、美南がそう呟く。
紗希のことを大事に思っているのはきっと、美南も、夏帆も同じはずだ。
それをちゃんと紗希にわかってほしい。自分は大切にされてるし、大切にされるだけの資格があるんだと、心から納得してほしい。
伝える、か。
どうやって?
すっかり塞ぎ込んでしまった紗希に届くだけの言葉は──いや、待てよ。
「大事に思ってる誰かがいる」
「……どうしたの、急に」
「それだ! それだよ、美南!」
「……本当にどうしたわけ? 救急車呼ぶ?」
「誰が病人だ。見落としてたよ、俺たちが紗希を大事に思ってるなら、テマリのリスナーだってそれは同じはずなんだ!」
天啓を得たような気持ちで、俺は叫ぶ。
たった数人のアンチの声で凹んでしまうぐらい紗希は繊細な女の子だ。
だったら、その倍以上に、何十倍の、何千倍の「好き」という気持ちを届けられれば、きっと紗希の心にも響くんじゃないだろうか。
「……閃いたのはいいけど、どうするの」
「テマリのリスナーも巻き込んで、紗希に盛大なプレゼントを贈ろうと思う。十万人分の『テマリが好きだ』って気持ちを、寄せ書きにして」
十万人のチャンネル登録者から届くその声を集めて、形にする。
まだ構想程度しか定まってないが、今ならそう難しくはないはずだ。
ちょっと前なら無理だっただろう。だが、今の俺には妙な知名度と、テマリ推しで兄貴という立場の二つが備わっている。
これを利用して、誕生日祝いという形でテマリのリスナーにもアプローチをかけるのだ。
たどり着いた答えは、蓋を開けてみれば単純だった。
十万人からのメッセージ。
テマリのことが好きで好きで仕方がないやつらの「好きだ」って叫びを寄せ書きにして、目に見える形で届けられれば、きっと紗希の心にも響いてくれるはずだ。
「ありがとう、美南。美南がいなかったら、思いつきもしなかったよ」
「……どういたしまして」
ぷい、と俺から視線を逸らして、美南は踵を返す。
「つれないやつだな」
「……うっさい。それと、直貴」
「どうした?」
「……寄せ書きのURL、私にも送っといて」
それだけ言い残して、美南は屋上を去っていった。
ピアスだらけの耳まで真っ赤にしていた辺り、素直なんだかそうでないんだか。
俺も苦笑しながら、その背中を追いかけるように屋上を後にした。
今日の夜からは、忙しくなりそうだった。
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