第23話 芝浦美南は素直になれない

「……直貴もすっかり有名人だね」


 翌日、昼休みにいつもの屋上を訪れるなり、美南はスマホの画面をこっちに向けながらそう言った。

 画面の中には「冬月ナオ」の切り抜き動画がランキングに上がっている動画サイトのタブと、トレンドに上がっているSNSのタブがご丁寧に二つ用意されている。


「お、皮肉か?」

「……別に。事実を言っただけ」


 あんた性格悪すぎ、と美南は溜息をつく。

 いや、確かに初っ端から疑ってかかった俺にも半分ぐらい問題はあるのかもしれない。

 だがもう半分に関してはお前の日頃の行いだろ。


 口には出さずに小さく悪態をつく。

 なぜかって?

 口に出したら無言で脛を蹴られるからだよ。


「今日は紗希と一緒じゃないんだね」


 そんなことはどうでもいいとばかりに美南は落下防止のフェンスに寄りかかりながら、ぼそりと呟く。


「紗希なら夏帆と一緒に飯食ってるってさ。寂しいのか?」

「……別に」


 わかりやすく目線を逸らしたな、こいつ。

 美南はイケイケの不良みたいな外見をしているくせに、可愛いものに飢えてたり、意外と寂しがりだったりするところがある。

 無愛想だが、仕草に感情が滲み出てくるから、案外なにを考えているのかわかりやすいのだ。


「……紗希は、学校を楽しんでる?」

「多分だけど。そんなに会いたいなら本人呼んでくるか?」

「……」


 提案するなり、脛をぺしぺしと軽く蹴られた。

 これは催促の合図だろう。

 しょうがないなあ、と余裕たっぷりな笑顔で無言の反撃をしつつ、俺は紗希へとメッセージを飛ばす。


「……なにその顔、むかつく」

「いや、別に? それよりちゃんとメッセージは送ってやったぞ、『美南が屋上で寂しがってる』って」

「……」

「痛ってえ!?」


 割と本気のローキックが飛んできた。

 脛に痺れるような痛みが走って、思わず蹲ってしまう。

 全く、なんてやつだ。俺はただ事実を言っただけじゃないか。


「……まだろくでもないことを考えている顔」

「暴力は……いけない……!」

「……それ先に暴力振るった側のセリフでしょ」


 通じるかどうか微妙なネタにご丁寧にも応えてくれる辺りノリはいいだけに、もったいないやつだ。

 もう少し人当たりをよくするなり表情を柔らかくするなりすれば、もっと友達が増えるだろうに。

 そうすれば少しは寂しくなくなるとは思うんだが、それをしないということは本人が現状を変えたがっていないということだ。


 それでいながら寂しがりなんだから、本当にめんどくさいやつだよ、我が親友殿は。


「……あっ、お義兄ちゃん、美南さん……」


 そんな下らないやり取りをしている間に屋上へとやってきた紗希が、美南にぺこりと一礼する。

 礼儀正しいなあ、紗希は。

 その折り目正しさを一ミリでもいいから見習うべきじゃないか、親友殿。ローキックはコミュニケーションの手段じゃないんだよ。


「ごめんな、夏帆と一緒に弁当食べてただろうに」

「あっいえ……夏帆ちゃんは、先に食べ終わって、他のお友達とお話ししてたので……わたしも、本を読んでたので……」

「……なんかごめんな、余計に」


 夏帆は明るくて社交的なのもあって、友達も多いんだろう。

 だから、彼女を責めるのは筋違いだ。

 紗希ももう少し人見知りを治せば……とは思うが、そう簡単に治るようなものだったら苦労しないだろう。


「い、いえ。その……美南さんは、わたしになにか……?」

「……」

「……わひゃあっ……!?」

「無言で人の義妹をモフるのはやめろ」

「……うるさい」

「脛を蹴ろうとするのもやめろ!」


 視線が向けられるや否や、美南は紗希を抱きしめて、わしゃわしゃと髪の毛を撫で回して頬擦りをする。

 扱いが完全に愛玩動物とかぬいぐるみのそれだ。

 唐突にモフられた紗希はびっくりした様子を見せていたものの、どこかまんざらではなさそうに頬を赤らめていた。


「……可愛い。直貴にはもったいないくらい可愛い」

「確かに紗希は俺にはもったいないぐらい可愛い義妹かもしれないが、お前にはやらんからな」


 というか、俺の目が黒いうちは、誰にもやるつもりはない。

 大切な家族なんだから、当たり前だよなあ?

 美南から紗希を引き剥がしつつ、俺はきっぱりと断言した。


「……か、かわ……かわ……あわわわわわ……」

「……褒められ慣れてないところも可愛い」

「そ、そんな言葉……わたしにはもったいないです……!」


 美南からの褒め殺しに耐えられなくなったのか、紗希は顔を真っ赤にして首を左右に忙しなく振る。


「……もったいなくない、事実を言ってる」

「あわわわわわ……」

「落ち着け、美南。紗希がキャパオーバー起こしてるだろうが。で、わざわざ紗希を呼び出した用件はなんなんだ?」


 褒め殺しと撫で倒しですっかりオーバーヒートしてしまった紗希に代わって、俺がそう問いかける。


「……紗希」

「……ひゃ、ひゃいぃ……」

「……私も、テマリの配信見始めた。面白かった」


 それだけ告げると、美南はさっきまで猫可愛がりしていたのが嘘のようにクールな様子でひらひらと手を振って、屋上を去っていく。

 だが、それが単なる照れ隠しに過ぎないのは、真っ赤になった耳が証明していた。

 本当にわかりやすくて不器用なやつだよ、美南は。


「……わ、わたしの配信……見てくれたん、ですね」

「そうみたいだな、全くあいつらしいというか」

「で、でも……嬉しかった、です。テマリは……わたしにとっても、大事な子なので」


 にへら、と頬を緩ませながら紗希は言った。

 そうだよな。

 前にテマリの放送でコメントしたが、やっぱり誰かに面と向かって好きだと言われるっていうのは、特別感がある。


 もちろん、コメントでそう言われるのが嬉しくないわけじゃないが、普段はバーチャルで繋がりあっているからこそ、たまにリアルでそういう話が出てくるとまた違った気持ちになるっていう話だ。

 紗希のリアルとバーチャルの両方を知っている美南から、バーチャルでの自分を認められたのだから、そりゃ嬉しいだろうな。

 俺に対しては塩対応だったけど、それはいつもの美南だから仕方ない。むしろ紗希に対してダダ甘なのが特別なだけで。


「……っと、そろそろ昼休みも終わりか」

「……そ、そうですね」

「先生方から見つかる前に帰るとするか」

「……はいっ。えへ」


 俺たちは秘密の合鍵を隠して、屋上をあとにする。

 見つかったら大目玉じゃ済まないからな。

 扉の隙間から見上げる空には、夏でもないのに入道雲が浮かんでいた。


 他愛もなければ意味もないのに、どうしてかそれが、やたらと鮮やかにこの目を捉えていた。

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