第22話 またもやバズってしまった件
「えへ、えへへへ……」
お義兄ちゃんに褒められちゃった。
声。
ちゃんと「月雪テマリ」の器からイメージした声を作って配信していたから、とっても嬉しくて。
枕に顔を埋めて、足をぱたぱたさせる。
わたしは、人に褒められたことなんて滅多にない。
貶されたことは数知れなくて、わたしを褒めてくれたのなんて、夏帆ちゃんとリスナーの皆ぐらいだった。
でも、お義兄ちゃんはそんなわたしでも、ダメダメなわたしでも、「全部」が好きだって、そう言ってくれたのが、とっても嬉しくて。
「はぁ……お義兄ちゃん……」
不思議な気持ちになってしまう。
名前はわからないけれど、胸の奥が綿飴でぎゅーっと締め付けられるような感覚。錯覚。
例えそれが、わたしじゃなくて「月雪テマリ」という虚構に向けられたものだとしても、あんなに褒められたのなんて、初めてだから。
だから、どうしていいかわからなくて。
それで、お義兄ちゃんの部屋から逃げ出すように飛び出してしまったのは、反省点だけど。
「……え、えへ……えへへ……」
でも、仕方ない。こんな風に、変な笑いが出てきて止まらないのだから。
お義兄ちゃんが好きだって言ってくれた、わたしの声。
今みたいに変な笑い方をしてても、お義兄ちゃんは好きだって言ってくれるのかな。それはわからないけど。
机の上に置いていたのど飴の包装を解いて口に含む。
Vtuberとして声は命だからと、ストックしていたものだ。
声は今までも大事にしてたつもりだけど、そうしなきゃいけない理由が増えたこれからは、もっと大切にしなきゃ。
お義兄ちゃんが「好き」だって言ってくれた、わたしの声。月雪テマリとしての、魂の核を。
◇
「うわ、なんだこれ」
朝起きてなんとなくSNSを覗いてみたら、「冬月ナオ」の名前がトレンドに上がっていた。
多分昨日の配信が予想外に注目を集めてしまったせいなんだろう。
それを証明するように、動画サイトにアクセスしてランキングを確認してみると、俺の配信の切り抜きが急上昇の三文字と共に上位陣へと食い込んでいる始末だ。
「雑談しながら神エイムを披露する変態Vtuberってなんだよ、俺はいつでもテマリにピュアな感情しか向けてないってのに」
人を指して変態とはなんだ変態とは、せめて変人と言ってくれないか。
だが、切り抜きのサムネなんてものはセンセーショナルであればあるほどいいと相場が決まっている。
発言の拡大解釈がデカデカと赤と黄色の文字でサムネイルに躍っていることなど日常茶飯事だ。
「いざ自分が切り抜かれる側に回るとこういう気持ちなのか」
今まではテマリのおまけって感じだったが、今回の配信については俺がメインとして扱われている。
いや、俺の配信なんだから当たり前ではあるんだが。
ただ、「テマリの兄」という立場から、「冬月ナオ」というVtuber個人に光が当たったような感覚は、意外と悪くなかった。
「今後伸びてくる注目Vtuber、か……なんか自分のことだと思うと背中が痒くなってくるな」
軽くエゴサしてみてそんな記事が引っかかる程度には注目されている事実がどことなく面映いが、素直に褒められていると受け取っておこう。
俺とテマリが兄妹だということに拒否反応を示している層もいないわけじゃない。
だが、多くの層には好意的に受け取られているのも嬉しいところだった。
「……お、おはよう、ございます……お義兄ちゃん」
「うわ、びっくりした……って前もこんなやり取りしたっけ。おはよう、紗希」
「……は、はい……おはよう、ございます……えへ」
部屋を訪ねてきた紗希も、どういうわけかは知らないが、上機嫌そうだった。
楚々とはにかむその顔は今日も可愛らしい。
最近、紗希は心なしか笑ってくれることが増えたような気がする。
もし、そうだとしたらいい傾向だと思う。
「……お、お義兄ちゃん……そ、その……」
「ああ、うん。なんか俺の切り抜きが予想外にバズっててさ。嬉しいことは嬉しいんだけど、照れくさいよなって」
「……わかり、ます。わたしも……ホラーゲームの切り抜きが伸びたときは、嬉しかったですけど……ちょっと、恥ずかしいような気持ちでしたから」
当たり前だが、バズることに関して紗希は俺の先輩みたいなものだ。
今やテマリの切り抜きはランキングにいて当然のようになっているが、初めてバズったときは紗希も俺と同じ気持ちを抱いていたんだろうか。
そう考えると、少しだけ憧れに近づけたのかもしれないな。俺も一発屋で終わらないように頑張っていかないと。
「……そ、その。お義兄ちゃん」
「どうしたの、紗希」
「……ふぁ、ファイト……ですっ」
ぎゅっ、と胸の前で拳を固めて、紗希は言った。
「紗希からそう言われたら、もっと頑張らないとな」
「……えへ」
紗希はテマリでもあるのだから、憧れた相手の手前、情けない配信をするわけにはいかないだろう。
意気込む俺をよそに、紗希はにへら、と緩み切った笑顔になっていた。
紗希も俺の名前がトレンドに上がったことを喜んでくれているんだろうか──なんて、思い上がりだよな。
「紗希は朝ごはん食べたの?」
「……あっ、まだです」
「じゃあ、一緒に食べる?」
「あっその、お、お願いします……っ」
ぺこりと腰を折って、紗希は礼儀正しくお辞儀をする。
「紗希。もしかして、起こしに来てくれた?」
「……あっえっ、そっその、やましい気持ちとかはなくて、その」
「ははっ、ありがとう。休日だからって遅く起きるのも健康に悪いよな」
「……あっはい、そうですね……」
こうして距離が近づいてくると、まるで最初から紗希が我が家に、俺の妹としていてくれたように感じる。
片親の一人っ子だったから、よく考えたらこんな風に朝、誰かに起こしてもらうようなこともなかったんだよな。
俺はぼんやりとそんな考えに浸りつつ、紗希と一緒に一階へ向かう。
その返事がどことなく呆れたように聞こえたのは、気のせいだと思う。多分だけどさ。
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