第14話 突然のリア凸
「まさか夏芽シエル先生が乗り込んでくるとは思わなかったなあ」
あれからまた俺のSNSに応援コメントを残してくれた辺り、夏芽シエル先生は律儀な人なんだなあと思う。
とはいえイラストレーターもまた信用が勝負の世界。
下手を打てば自分が積み上げてきた信用が崩れ落ちてしまうかもしれないのに、俺たちのことを信じて応援してくれるその姿勢には頭が上がらない。
ぴろりん、と電子音を鳴らしたスマホを手に取ってみれば、メッセージアプリからの通知が目に映る。
『紗希:わたしのSNSにも、夏芽シエル先生からのリプライがきてました』
へえ、紗希のSNSにもメッセージ送ってたのか。
いいね、絵師との仲は深ければ深いほどいい。
それだけ俺たち兄妹のことについて気を遣ってくれている夏芽シエル先生には本当に頭が下がる思いだ。
今度菓子折りでも持っていった方がいいんだろうか。
まあ夏芽シエル先生がどこに住んでいるのかなんて知らないんだが。
知っているのは精々本人が配信で語っていた「学生やりながらイラストレーターもやっている」という当たり障りのない情報だけだ。
インターネットが昔と比べてアングラ色が薄れてオープンな場になったとはいえ、迂闊にリアルに関する情報を口にすれば特定されてリア凸……という事態も想像できる。
だから、リスクヘッジとして最低限の情報しか喋らないのは賢い選択だ。
そうだな、なんでも金銭で解決しようとするのはよくないが、今度先生が作業配信してたら赤スパを投げよう。
「本人の所在がわからない以上仕方ないよな」
そもそも夏芽シエル先生は配信頻度もそこまで高くないという問題もあるが、そこは学生だから仕方ないだろう。
俺はそんなことを考えながら風呂を済ませて、ベッドに倒れ込んだ。
明日は土曜日だから久々にゆっくりするのも悪くないな、と、呑気なことを考えながら。
◇
ピンポンピンポンピンポン。
ぐっすり寝こけていた俺を叩き落としたのは、アラームじゃなくて、催促するように家の呼び鈴を連打する音だった。
うるせえ、今何時だと思ってんだ。
「……九時か」
充電ケーブルに繋いでいたスマホを確認すると、時刻は既に九時十六分という、起きるのには十分過ぎるほど遅い時間を指し示していた。
しかし、ここまで何度も呼び鈴を連打するような客が今まで我が家にきた記憶はない。
新人の押し売りだろうか?
だとしたらまず上司は呼び鈴の押し方からレクチャーしてほしいもんだが。
紗希は起きているかもしれないが、まず部屋から出ないだろう。
親父と千雪さんは休日出勤だし、俺が出るしかないか。
「全く人騒がせな……」
俺がぼそりと呟いたその間にも呼び鈴は絶え間なく鳴らされていて、よっぽど切羽詰まっているんだな、という印象を受ける。
そんな急用がある相手なんて親父か千雪さんの領分だと思うが。
いや、親父と千雪さんみたいな社会人相手ならこんな子供じみた呼び出し方はしないだろう。そうなると本当に近所のクソガキがイタズラしている可能性も出てきたな。
「はいはい今出ますよ、っと……」
がちゃり、とロックを外して玄関を開けると、そこにいたのは。
──見覚えが欠片もない女の子だった。
気丈さを感じさせる凛々しく吊り上がった細い眉に、紗希の垂れ目と美南の吊り目の中間みたいな形状をした大きな瞳。
そして、地毛なのか染めたのかはわからないが、長い金髪をポニーテールにまとめ上げている。
誰だ。クラスメイトや高校の知り合いにこんな特徴的な女の子がいたら、名前くらい覚えてそうなもんだが。
「すみません。ここって天羽さんのお宅で合ってますか?」
「あー……はい。父と母は留守にしてますが」
「よかった……そうなると、貴方が『冬月ナオ』さんで合ってますよね?」
いきなりバーチャル側の話題を振りかざしてきた謎の女の子に、俺は少し警戒心のレベルを引き上げる。
……誰だ?
俺も紗希も、リア凸に繋がるようなことは配信で語ってないはずだ。
「すみません、あたし……
「……夏芽シエル?」
「はい! あたしが夏芽シエルです!」
適当に考えついたらしいハンドルネームを名乗り上げたその顔は、溌剌とした自信に満ちていた。
虹峰夏帆。フルネームで出されても俺には心当たりのない女の子。
そして、夏芽シエル先生。この子が本人で合っているとしたなら、それらの事実を結んだ点に浮かび上がってくるのは。
「もしかして、紗希の知り合い?」
「はい! 知り合いっていうか、友達ですけど」
おお、紗希にもちゃんとリアルの友達がいたのか……と一瞬感動しかけた。
それにしては少し纏っている空気が剣呑な気がしないでもないが。
恐らくは夏芽シエル先生も、警戒しているんだろう。
「要件は、テマリと俺のこと?」
「そうです! えっと……ナオ、さんに協力してほしくて」
「ああ、リアルの名前名乗り忘れてたな。ごめん。俺は天羽直貴。直貴でいいよ」
「わかりました、直貴さん!」
良くも悪くもこの夏帆という女の子は真っ直ぐで元気な子なのだろう。
きらきらと輝く瞳は活力に満ちていて、「人生楽しい!」って感じが溢れている。
お手本のような陽の民って感じだった。
「それで、夏帆……でいいかな」
「はい、大丈夫です!」
「ありがとう。夏帆は、なんのためにうちにきたんだ?」
俺の問いかけに、屈託のない笑みを浮かべたまま、夏帆は小さく息を吸って答える。
「直貴さんには、あたしの計画に協力してほしいんです!」
「計画?」
「はい! それは……」
ふふん、とドヤ顔で薄い胸を張った夏帆が頭の中で組み立てていたのであろう「計画」を発表しようとした、刹那。
「……か、夏帆、ちゃん……?」
声がデカい分筒抜けになっていたからか、ひょっこりと階段の踊り場から紗希が顔を覗かせた。
その顔は青ざめて、この世の終わりみたいな表情を浮かべている。
なんとなく察しがついた。まさか、夏帆は──
「それは、紗希ちゃんを、ちゃんと高校に行かせてあげてほしいんです!」
夏帆は、引きこもりの紗希からすれば一番聞きたくなかったであろう宣言をぶち上げる。
ああ、そうだな。
圧倒的な「正しさ」と、それに基づく「確信」。
自分の言葉を信じて疑わない、よく言うなら強さであり、悪く言うなら厄介な性質を、夏帆は持ち合わせているようだった。
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