第13話 舞い降りるママ

「あー、なんだ。とりあえず配信始めていきたいわけだが……」


 紗希を部屋に帰し、機材類を調節した上で配信を始めようとして、待機画面に映し出されたのは、見たこともない数字だった。


 同接六千七百五十一人。

 冗談みたいだが本当の数字だ。

 野次馬が駆けつけているのも大きいだろう。それでもテマリの同接数には敵わない辺り、流石は俺の最推しだとどこか誇らしい気分になる。


:冬月お前テマリのあの発言本当なの?

:記念カキコ

:↑何十年前のネタだよ

:臣下としてはちょっと見過ごせない

:姫にお義兄様がいること自体はいいかな、そんなわけでお義兄様、姫を僕にください


「やらないやらない、死んでもやらないからな……ってことでこんばんはリスナー諸君。冬月ナオの深夜放送局、始めていこうと思う」


:キターン

:テマリ最推しを公言しているんだから当然落とし前はつけるよなあ?

:テマリとお前がどんな関係か気になって夜しか眠れないんだが?


「普通に寝られてるじゃねえか、健康的だな……まあ、その、なんだ。例の件に関しては追々テマリからも証言があるとは思うが、マジだ。俺とテマリは実は兄妹だったんだよ」


:な、なんだってー!?

:マジかー……

:ってことは冬月お前妹に惚気まくってたあれは全部テマリに向けた言葉だったのか!?


「痛いとこ突いてくるな、まあお互い配信やってるのは知ってたけど、俺は少なくとも例の件まで妹がテマリだったことは知らなかったんだよ」


 ガチ恋とかじゃないから安心してくれ、とは言ったものの、コメント欄は当たり前だが大荒れだった。

 荒れるなって方が難しい話題だし、聞いてる側からすれば言い訳するなって言いたくもなるような内容なのはわかっている。

 だが、重要なのはそういうコメントに日和ってなあなあにしようとすることじゃない。


 俺の言っていることは正しい、と、最後までその強気な姿勢を崩さないことだ。

 実際俺は事実しか言ってないのだから、責められるいわれはどこにもない。

 もちろんこういうスタンスを貫くことで離れるフォロワーもいる。


 それでも、元から無名に等しかった俺にはノーダメージだ。

 失うものが実質ゼロ。

 だから今の俺は例えるなら、虹色に輝くスターを取った赤帽子の配管工といったところだろう。


「ガチ恋じゃなければお前の妹に向けるその姿勢はなんだって? ッスゥー……愛、じゃないか?」


:大分キショい

:ン愛

:妹にブレ◯バーンみたいな視線を向けている男

:もしもしポリスメン?

:警察だってこんなキモいの引き取りたくないだろいい加減にしろ


「誰がキモいだこの野郎、あのあと妹とめっちゃ気まずかったんだからな! 本人から公認得られたから思う存分推し語りしてるだけで!」


:自業自得ぅ……ですかねぇ……

:むしろよく公認出してくれたな妹ちゃん

:俺の姉ちゃんがVの中の人やってて俺のこと語ってたらと考えると怖いまである

:まあ妹っていっても血が繋がってないんだっけ?


「そうだよ、義理の妹。だけど俺はテマリのことも義妹のことも大切に思ってるんだ。家族にして最推しだからな」


:冬月の古参リスナーからすると全くブレてなくて安心したわ

:この程度まだ序の口だからな、推し語りしてるときの冬月は三割増くらいでキショい

:はい事実陳列罪

:えぇ……(ドン引き)

:↑お前今回の騒動で乗っかってきた野次馬か? 冬月は大体こんなだぞ


「人がいいこと言ってんのに背中から刺してくんのやめろよそれでも古参リスナーかよ! 全く……ともかく、俺とテマリが兄妹って話は本当だし、例の発言も家族に向けたものだと思ってくれ」


 古参リスナーの相変わらず容赦のないコメントに若干心を抉られつつも、彼らが茶化してくれたおかげで、野次馬にも「妹と最推しに歪んだ愛を向ける変人」というデフォルメされた俺のキャラクターが伝わってくれたことに感謝する。

 いわゆるレッテル貼りを逆用した形だ。

 つまるところ、「こいつはこういうやつだから」という認知が上手い方向に転がってくれると、多少の言動は見逃されやすくなる。


 だからといって気を抜いてはいけないんだが。

 今回はうまく鎮火する方向に転がってくれたが、インターネット上での発言はなにがきっかけで燃えるかわからんからな。

 火種は作らないのが一番だ。


「今回の配信はこのことを伝えたかっただけだから残りは雑談枠にでもしようかな、なにか聞きたいことある? テマリのリアルについての話は本人に迷惑かかるからNGな」


 とりあえず先手を打っておく。

 そうでもしないと「ぐへへテマリちゃんリアルでのパンツ何色?」みたいなセクハラやら「テマリちゃんって普段なにしてんの?」みたいな質問が飛んできかねない。

 前者は言語道断だし、後者はまず紗希が答えるのを嫌がるような質問だから俺が口に出すわけにもいかないからな……などと考えを巡らせていた、刹那。


夏芽シエル:あの

:夏芽シエル先生!?

:テマリのママ降臨きたー!!!!!

:地味に冬月のママでもある夏芽シエル先生じゃないか!

:↑つまり二人が兄妹なのは夏芽先生のおかげだった……?

夏芽シエル:あたし知らなかったんですけど


 よりにもよって大物がコメント欄に降臨してしまった。どうすんだよこれ。


「えっ、夏芽シエル先生……? その節はめっちゃお世話になりましたありがとうございます、テマリのアクキーは毎日肌身離さず身につけてます!」


夏芽シエル:どういたしましてー、ナオさんいい人だったからあたしも気持ちよく仕事できました

:常識人だ……

:いい人……いい人?

:キモいモードの冬月を華麗にスルー

:夏芽シエル先生、その名前の由来ってなんなんですか!?


「おいおい、俺の配信じゃなくて夏芽先生の配信みたいになってるじゃないか……それとさっきのコメント、あんまり人のハンドルネームの由来とか聞くもんじゃないぞ」


夏芽シエル:いや本名からとって適当に決めただけですけど

:草

:今明かされる衝撃の真実ゥ!

:なんで夏芽先生の配信じゃなくて冬月の配信で真実が明かされてるんだよ


「逆に俺が聞きたいんだが? あー、それはともかく夏芽先生、さっきなに書き込もうとしてたんです?」


夏芽シエル:そうだった

夏芽シエル:ナオさんとテマリちゃんが兄妹って本当なんですか?

:完全に話題に乗り遅れた感

:おう答えてやれよ冬月


「言われなくても答えるわ。あー……本当です、俺とテマリは兄妹で間違いありません、血は繋がってないですけど」


夏芽シエル:そうだったんですね

夏芽シエル:わかりました

夏芽シエル:それじゃあたしはここで失礼します


 それだけをログに残して、夏芽シエル先生は配信からフェードアウトしてしまった。

 なんだか意味深だが、一体なにを言いたかったんだろうか。

 先生効果かどうかは知らないけど、配信が終わる頃には同接が夢の一万人を突破していた。


 嬉しいことは嬉しいんだが……なんか色々と複雑だな。

 この数字はまだ上辺だけのものだ。

 いつか本物にしなきゃ、テマリに誇れる自分にならなきゃな。


 そんなことをぼんやり頭の片隅に浮かべつつ、俺は配信を切るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る