第12話 時間だけじゃどうにもならないこともある

 結局その日の放課後はミスドに行って、初めて店を訪れたという美南にドーナツを奢ってから家路についた。

 初めてのミスドについて美南は「まあまあかな」と評していたが、多分あれは結構気に入った類の表情だろう。

 なんせ、口元が緩んでたからな。


 そんなこんなで帰ってきたのはいいが、今度は俺から紗希に話さなきゃいけないんだよな。

 それに、そろそろ配信で声明の一つや二つも出しておいてもいい頃だろう。

 トレンドには未だに「月雪テマリ」と「冬月ナオ」が並んでいるし、陰謀論だの、騒動を燃やしたいだけの外野だのも引っ込んだはずだ。


「確かにそう考えると紗希には聞いておかなきゃいけないよな」


 これからの「月雪テマリ」としての活動に当たって、俺の名前が出てくることはもはや避けられないだろう。

 売れてない俺とバーターにしてしまったのは申し訳ない限りだが、考え方を変えれば「使える武器が増えた」ともいえる。

 Vtuberの身内語りは、「冬月ナオ」がトレンドに上がったときのように色々と邪推されやすい。


 だが、お互い公認で兄妹だということにしておけば、身内ネタにも信憑性が出る。

 それだけではない。

 紗希がやりたがるかどうかはともかく、身内コラボという選択肢も出てくる。


 その辺りを紗希がどう捉えているのかについても、ちゃんと尋ねておかないとな。

 こんこんこん、と紗希の部屋の扉を叩けば、ぱたぱたと駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 そして、遠慮がちにドアが半分だけ開かれた。


「……ぁ、えっと……おかえり、なさい。お義兄ちゃん」

「ただいま、紗希」

「……あ、あの。えっと、その……わたしに、なにか……?」

「ああうん、話すと長くなるから、紗希が平気なら俺の部屋で話そうかと思うんだけど」


 無理そうならメッセージアプリでもいいけどさ。

 そう前置きしつつ、俺は未だにびくびくおどおどしていて、どこか挙動不審な紗希に話を持ちかける。

 すると、紗希は少しだけ躊躇うように扉を閉めかけたが、ぴたり、と途中でそれをやめて、再び扉を半分だけ開いた。


「……だ、大丈夫、です。お、お義兄ちゃんが、嫌じゃなければ……」

「嫌なんかじゃないさ、紗希はなるべく部屋に入られたくないんだろ?」

「それは……はい……」

「でも、これについては直接話さないと伝わらないからさ、なるべく面と向かって紗希と話したかったんだ」


 だから、俺の部屋に紗希を招くという発想に至ったわけだが……これって他でもない最推しを自分の部屋に招いてるんだよな。

 変なものとかは置いてないし、普段から掃除はしているつもりだから大丈夫だとは思うけどさ。

 やっぱり、なんというか緊張する。


「……あ、あの、お義兄ちゃん」

「どうした、紗希?」

「……わ、わたし、その……嘘は、ついてないです……」


 紗希が顔を赤らめながらもじもじと俯きつつ呟いた言葉の意味は、正直俺にはわからなかった。

 でも、紗希がわざわざ俺に嘘を言うような性格じゃないことは知っている。

 不器用だけど、不器用なりに正直で誠実。それが俺から見た、紗希の姿だ。


「わかってる。紗希は嘘なんて言う子じゃない」

「……えっ、あっ、そ、その……っ、それって」

「大丈夫。俺は全部わかってるから」


 などと見栄を張ってしまいたくもなる──と、思ったその刹那。


「……はぅ……」


 ぼふん、と、顔を真っ赤にして紗希はうるうるとその瞳を潤ませた。

 一体俺がなにをしたというんだ。

 我が義妹の挙動不審ぶりに困惑しつつも、俺は紗希を部屋に招き入れるのだった。








「紗希、率直に言うと……その、なんだ。俺は『冬月ナオ』と『月雪テマリ』は兄妹だと認めてしまうのが一番手っ取り早いと思う」


 昨日の放送事故を逆手に取る。

 つまり、俺とテマリのことを応援してくれているリスナーに乗っかって味方してもらう……その作戦を決行しようと、俺は頭の中で考えていたことを紗希に打ち明けていた。

 ベッドに腰を下ろした紗希はくるくると髪の毛を指先で弄んでいたが、ときどき小さく頷いてくれるから、話自体は聞いてくれているのだろう。


「紗希としては、それで、その……大丈夫なのか?」

「……だ、大丈夫って……?」

「その……俺が正式に兄だって認めたら、色々不都合じゃないのか?」


 俺の問いかけに、紗希は頭上にクエスチョンマークを浮かべながら小首を傾げる。


「……だ、大丈夫……です。多分」

「本当に?」

「……お、お義兄ちゃんがよければ、ですけど」

「俺はむしろ大歓迎なんだけども」

「な、なら……大丈夫、です」


 意外な反応だった。

 てっきり紗希は無名だった俺とのバーターになることを嫌がりそうなものだと思っていたが。

 生放送関連については、驚くほど早く合意が得られた。だが、問題は次だ。


 俺はどこまで紗希をテマリとして見ればいいのか、テマリと紗希は切り離して見た方がいいのか。

 この生々しい話題は、絶対に避けては通れない。

 でも、これをはっきりさせておかないと、俺たちの関係性はきっと歪んだままだ。


 だから、声に出して問いかける。


「紗希」

「……は、はい……っ……」

「正直、俺は紗希がテマリだって知っても、テマリのことが最推しなのには変わりがない。でも……紗希とテマリをどれぐらい重ねて見ていいのかが、わからないんだ」


 リアルをバーチャルに持ち込むことが野暮だと言われるように、その逆もまた然り。

 なら、俺はどうするのが正解なのか。

 考えてもわからないなら、本人に聞くしかない。


「……え、えっと……その」

「うん」

「……その、お義兄ちゃんは……テマリが最推し、なんですよね……?」

「ああ、それは絶対に変わらない」

「……な、なら……わたしも、嬉しい、です。えへ」


 つまり、どういうことだ?

 えへえへと今度は緩み切った笑顔を浮かべている紗希の言葉が正直よくわからなかったけど……別にテマリを推してくれる分には構わない、ということだろうか?

 うーん、どう解釈したものか。


「えっと……紗希からするとテマリを推していくのは構わない、って感じかな」

「は、はい……えへ」

「……わかった。じゃあ俺は今までと変わらないスタンスでやっていくよ」


 中身がバレた分気まずいと感じていたのは、俺だけだったんだろうか?

 どっちにしても、許可を得られた以上はこれからも俺は、そして「冬月ナオ」は、月雪テマリ最推しの看板を掲げてやっていく。

 妹を可愛がる兄なんて、よく考えたら別に珍しいもんじゃないしな、うん。


「ありがとう、紗希」

「い、いえ……わたしも、ありがとう、ございます……」


 お礼を言われるようなことはしたつもりじゃないけども。

 とりあえずは紗希からの了承を得たということで、俺は感謝を込めてパソコンを立ち上げる。

 これからも、テマリ最推しVtuberとして、そしてこれからはテマリの兄としてやっていくと、世界へ伝えるために。

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