第8話 姫には姫プさせてこその一流

 モニターの脇に置いていた麦茶で喉を潤しつつ、俺はサブモニターに映るテマリの配信を横目で見遣る。

 テマリの方もバトステ2を起動していて、レーティングマッチを選んでいた。

 テマリのレートはAか。良くも悪くもボリューム層で、Vtuberとしてはそこそこ上手い方だといってもいい。


 要はなんだ、総合的に見てテマリの実力は上の中、という話だ。


「さて、マッチング発表会か……鬼が出るか蛇が出るか」


:ワンチャンテマリとマッチングあるで

:テマリと冬月が戦うことになるのか

:推しを撃たなければ勝てない展開に期待

:撃てませぇん!!!!


「いや普通に敵になったら撃つよ……あんまり狙いたくないけどさ」


 一応俺はサボってた期間が長い分、レートは上の中といったところだが、これぐらいの実力帯だと本当にテマリとマッチングしてしまうこともないとは言い切れない。

 果たしてどうなることやら、と祈るように伏せていた瞼を持ち上げる。

 すると、味方チームには「Temari_TKYK」という、彼女が普段ゲームに使っているアカウントの名前が燦然と輝いていた。


「うわあああああ!!!! テマリと味方チームになったあああああ!!!!」


:うるせえ!!!!

:敵同士じゃなかったか……チッ

:おめでとう冬月

:尚テマリからは認知されてない模様

:哀しいねバナー◯


 うるせえ。

 人がせっかく最推しと同じチームになれて喜んでるんだから水を差すんじゃあないよ、全く。

 それに、テマリから認知されるのは解釈違いみたいなとこあるからな。彼女は俺にとっての一番星だが、俺は彼女にとっての取るに足らない六等星でいいんだ。


:てかチーム分け随分偏ったな

:相手にSマイ四人とAプラ一人、冬月のチームは冬月以外SマイなしでテマリがAフラか

:これちょっと厳しくない? 本当にいけんの?


 なんてことをしみじみ考えていたが、どうやら事態は想像以上に旗色が悪いらしい。

 いわゆる格差マッチ、乱数の偏りで高ティアーのプレイヤーが相手に集中してしまったのだ。

 そして、テマリはこの中で一番実力が低いプレイヤーとして選出された始末だ。


「実際勝てるかどうかは微妙だな……だが、テマリと同じチームになったからにはテマリを必ず勝たせてみせるぜ」


:臣下の鑑

:よう言うた! それでこそ漢や!

:冬月が負けるのに百万ジンバブエドル

:いうてピックはそこまでハズレじゃないしワンチャンはあるやろ


「そうだな、青兵科のフライト機が四機固まってくれたのはありがたいが……」


 さっき画面を流れていったコメントの中にもあったように、味方が選出したキャラは軒並み環境機として名高い同キャラが四体だ。

 足りない腕はある程度のキャラパワーで押し切れるこのゲームで、現状の最適解を出してくれたのは素直に嬉しい。

 あと、問題があるとしたら。


「相手が何機アンチフライトを出してくるかにもよるんだよな……」


:この前のアプデで化けたやついるしなあ

:配布キャラでフライトを叩き落とすのは気持ちいいZOY

:誰でも持ってるからピックはされやすいよね


 コメント欄で語られている通り、フライト機と呼ばれる特殊な挙動を強みにしている青兵科の機体に対して、この前のアプデで配布されたキャラがアンチとして──対抗馬として選出されるようになったのは非常に大きい。

 腕さえあればフライト機が上を取っても叩き落とせる以上、フライト染めをするのもリスクがある。

 だが、フライト機染めが環境を席巻しているのもまた事実。


 アンチを警戒してこっちもメタを張れる機体を出すか、それともパワーで押し切るか。

 それに、相手にもフライト機がいないとは限らない。

 試合が始まる前から読み合いは始まっているのだ。


「よし、決めた。俺はこいつで行く」


:赤兵科のフライトか

:冬月お前引いとったんかワレ

:敵に二枚黄色がいたらそれ全部お前が受け持つことになるんだぞ


「二対一ぐらいならなんとでもなるさ、それじゃあ対戦よろしくお願いします……っと!」


 カタパルトから巨躯の機体が射出されて戦場に降り立つ。

 今回のステージはマスドライバー施設か。

 フライト染めの俺たちチームにとっては悪くない戦場だ。


 相手の編成は上空からざっと見た感じ、黄色が二枚の青が二枚、赤が一枚ってところか。

 黄色は赤に対して不利が付いている一方で、青に対しては有利に出られる。

 そして相手の黄色は予想通りフライト機に対してアンチと名高い機体だった。


:これはおつかれさまやね

:しゃーない、切り替えていけ

:いくら冬月でもこれは厳しくないか


「……そうかもな」


 初動の動きは両陣営ともセオリーに則って前線をじわじわと押し上げていく流れだが、敵が飛ばしたオールレンジ兵器で、味方は力尽きたセミのように叩き落とされている。

 青兵科は黄兵科に不利がついてるから、ダメージレースでも負けている状態だ。

 このままではじわじわと真綿で首を絞められるように前線が崩壊してそのまま押し切られるのがオチだろう。


 ──だったら。


「やらせるかよ……!」


 俺はヤケクソ気味に突出して、敵二体からのロックオンを一身に受ける。

 赤兵科は黄兵科に対して有利が取れる。

 二対一を覆せるほどではないが、被ダメージが青兵科よりも抑えられ、与ダメージが増える都合で相手からヘイトを買えるのが突撃の利点だ。


:ヤケクソで草

:いやでもこれ、もしかしたらもしかするんじゃないか?

:冬月を放置して黄色落とされてもめんどくさい、冬月に構いすぎると前線崩壊か

:なんも考えてないようで結構考えてんのな


「……!」


 当たり前だ、考えずにゲームなんてやってられるか。

 俺は自分がピックしたキャラの特徴である、「制限時間中はスラスターの消費を無効化する」特性をフル活用して、ひたすら敵の攻撃をローリング回避しつつ、合間に弾幕を叩き込む。

 必要以上に突出するのはバカのやることだが、いつまでも前に出ないで後ろでもじもじしているのも同じだ。


 だったら俺の役目は一つ。

 暴れに暴れて敵の注意を惹きつけて味方の盾になり、相手の黄兵科に仕事をさせないことだ。

 こっちの被ダメは必要経費、最悪俺が取り損ねれば味方が取ってくれればいい。


:やりやがった、やりやがったぞこいつ!

:テマリへのヘイトを一身に引き受ける臣下の鑑

:ひたすら空中でローリングしてるの面白いな、ガチャ引けばよかった


 絵面は確かに面白いかもしれないが、こっちは必死なんだよ。

 テマリへ向いていたヘイトを引き受けている都合上、当然落ちるタイミングもズレる。単リスに近いこともせざるを得ない。

 だが、味方も俺が作ったチャンスを無駄にはしない。


 ひたすら弾幕を空中から叩き込んで、接戦の末──キルスコア一万三千対キルスコア一万二千五百という形で、俺たちは辛勝を収めたのだ。


「ふう……とりあえず今日の配信はこんなとこかな、皆お疲れ」


:乙

:おつかれさま!

:お疲れ


 テマリがこの結果を見てどう思っているかはわからない。

 ただ、彼女を宣言通り勝ちに導いてやれたのは俺の中で大きな収穫だった。

 確かな充実感と優越感の中で、俺はサブモニターに映していたテマリの配信をメインモニターに切り替えて、最後の挨拶を見届ける。


『危ない戦でしたが、皆様方のおかげで……特に赤兵科を選んでいただいた方のおかげで、危機を乗り切ることができました……心より、感謝いたします。それでは、よしなに』


 ああ、今日も俺の最推しは雅だなあ。

 疲れた身体にテマリニウムが染み渡っていくのを感じていた、そのときだった。

 ごそごそ、と、なにかがズレるような音がヘッドセットから響く。


 一瞬、故障かと思った。

 だが、その考えはすぐに否定された。

 なぜなら、それは。


『この「冬月ナオ」って、お義兄ちゃんだよね……相変わらず、ゲーム上手いなぁ……お、男の人は、怖くて苦手だけど……お義兄ちゃんは、すき……』


 紛れもなく、配信を切り忘れたことによる放送事故だったのだから。

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