第7話 脚部で愛を打ち鳴らせ

「あー、テステス、繋がってるな」


 翌日の夜、俺は久々に配信機材に手をつけていた。

 ここ一ヶ月ドタバタしていたせいで配信できていなかったが、売れてないとはいえ俺もVtuberの端くれだ。

 人々の記憶から消えてしまうと流石に悲しい。


 そういうわけで、今日は「月雪テマリの配信を見ながらメカ系TPSをやる枠」なる配信をしようと思い至ったのである。


 バイトもないし、親父と千雪さんは帰りが遅くなるらしいし。

 となれば、配信だろう。配信者なんだし。

 そんなわけで俺は機材の調子を確かめつつ、ゴールデンタイムに合わせて設定されたテマリの配信をサブのモニターに映して待機していた。


 テマリの配信は一時間前だというのに同接が既に五千人近くいて、やっぱり個人勢で登録者数十万人は伊達じゃないんだな、と思い知る。

 俺のチャンネル登録者の十倍だぞ十倍。

 比べても虚しくなるかって? いや、テマリが、俺の最推しがいかに偉大かを身に染みて感じるね。


「よし、配信開始……っと。こんばんは、リスナー諸君」


 配信開始のボタンを押して、俺はアニメに出てくる怪盗のようなシルクハットに燕尾服、そして片眼鏡をかけたVtuber、「冬月ナオ」になる。


:冬月生きとったんかワレ

:久々に見た

:生存確認


 かたや俺の配信は同接七十八人。

 コメントをくれる人がいるだけ嬉しいが、そのほとんどが生存確認っていうのはなんなんだ。

 まあ、俺みたいな泡沫の個人勢はいきなり失踪するのも珍しくないから仕方ないが。


「いや、ここ一ヶ月色々と忙しくてね。そんなわけで今日はバトルストラテジー2をやりながらコメントを返したり、テマリの配信を見たりしていこうと思う」


:い つ も の

:ノルマ達成

:お前のテマリに向ける愛は怖いよ

:完全にブレイバー◯なんだよな

:テマリィィィィーッ!!!!


「なんで真っ当に推しを崇めてるだけなのに自分を勇者ロボと思い込んでる不審者と同じ扱いされなきゃいけないんですかね……それじゃとりあえずレートやってくから適当にコメントよろしく」


 起動が終わった、バトルストラテジー2こと略してバトステ2というTPSのレートに潜って、俺はマッチングが完了するのを待つ。

 このゲームは五対五、もしくは六対六の集団戦で、基本的にはキルスコアを多く稼いだ陣営が勝つ……というルールでのプレイがメジャーだ。

 変則的なのもあるにはあるが、俺はあまりやらないから正直雰囲気しかわかってない。


:お前が寝てる間にSフラ追加されたけど行くの?

:マッチングまーだ時間かかりそうですかね?

:そろそろテマリの配信始まるぞ


「そうなんだよなー、このゲームマッチングすぐ終わるときはすぐ終わるのに、日によっては三十分ぐらい待たされるから……おっマッチしたぞ」


 五対五だから俺を含めた合計十人のプレイヤーがシャッフルされてチームが編成される。

 味方のレートは大体俺と同じ。

 そして敵も格下や格上は特にいない、平和なマッチングだった。


「マップは山岳、味方は……赤一枚青三枚か。じゃあいつも通り持ちキャラ使うわ」


:こいつ敵に容赦する気なさすぎて草

:冬月にこのキャラ使わせるとしょっぱい試合にしかならないだろ!

:今からでもいいから黄色被せてくれ味方


「うるさいですね……塩くても勝てばいいんだよ勝てば」


 このゲーム、兵科なる概念が存在してそれぞれ赤のAssault、青のBasic、黄色のCoveringの三竦みになっているのだが、まああまり関係ない話だ。

 強いていうなら三竦みだから編成はバランスが大事だってことだな。

 たまに偏っても勝てることもあるけどさ。


 そんなわけでスナイパーライフルを担いだ俺の機体がカタパルトから戦場に吐き出される。


:高台に住んでる生き物、冬月

:こいついつも高台取ってんな

:一ヶ月忙しかったってなにしてたの?


「あー、それについてはおいおい語ろうと思ってたけど、まあ単純にいえば親同士が再婚して、血の繋がらない妹ができたんよ。おっその位置いいね最高」


 高台に陣取りつつ、味方が作っている前線を押し上げるように突撃してくる敵の赤兵科のロボ、その脚部を俺はピンポイントで撃ち抜いていた。


:血の繋がらない妹……ラノベかな?

:キャクブガー

:これで義妹さんが美少女だったら俺は冬月に一生粘着し続ける


「別にいいぞ粘着してきても、カウンターで返り討ちにするからな。あー、うん。要するに美少女です。俺の義妹いもうとがこんなに可愛い。髪は長くてサラサラだし、目がくりっとしてて本当に美少女でなー、おっぱいもデカい」


:敵チーム応援してるぞ!

:早くこいつの首を取ってくれ

:もげろ

:おっぱいがデカい義妹……ラノベだな!

:お義兄さん妹さんをぼくにください


「やらん。はいそこの、完全に見えてんだよ」


 洞窟の出口付近で角待ちしているステルス持ちキャラの脚部を撃ち抜いて悶絶させる。

 このゲーム、脚部の耐久値がゼロになると途端によちよち歩きしかできなくなるから基本足折られると詰むんだよな。

 ああ、不利を取られる味方の青兵科二枚にタコられてるよ赤兵科のステルス機くん。哀れな生き物だ。


:この精度のスナイプ、相変わらず人間じゃねえ

:高台降りても強いのバグじゃない?

:下方はよ


「下方は多分来ないぞ。おっ単リス」


 リスポーンを味方と合わせる気がないのかそれとも痺れを切らしたのかは知らないが、顔を真っ赤にして俺に突っ込んでくる敵の脚部をまたスナイプで破壊する。

 推し活以外だとこの瞬間が最高に生きてるって感じがするんだよな。

 ちなみに足を折られた単リスマンは案の定味方にタコられて蒸発した。南無。


「いやあ……俺の義妹、やっぱどう見てもどう考えても可愛いし、天使といって差し支えないよなあ……いや天使そのものだよ。ちょっと引っ込み思案だけどさ、それがまた可愛いんだよ」


:ニチャア……

:画面の外でキモい笑み浮かべてそう

:草


「誰がキモいだこの野郎、俺は真っ当に義兄として義妹にだな──おっと背後とったつもりだろうが、この距離からでもカウンタータックルは間に合うんだなあ!」


 いつの間にかリスポーンしていたステルス機にカウンターを叩き込みつつ、俺は喧嘩を売りにきたコメントを拾っていく。

 心なしか、今日は喋れてるな。

 余裕がなくなると口数が減るのが俺の弱点だ。だからチャンネル登録者数もあんまり伸びてないんだろう。


 そう考えると、配信中でも語りやすい話題をくれた紗希には感謝しかない。

 ありがたい限りだった。

 そんな具合に紗希をひたすらベタ褒めしながら、敵の脚部やらコックピットを撃ち抜いているうちに、試合は終了した。


 結果は俺のチームがキルスコア三万。相手チームのキルスコアが五千。

 他に言葉もない完全勝利だった。


「はいGG」


:GG

:GG

:どの辺が?

:相手からするとゴミゲー


 うるさいな、このゲームは相手が嫌がることを率先してやったやつが勝つんだよ。

 テマリの配信も始まってるし、少し精度は落ちるかもしれないが並行してやっていこう。

 なんの偶然か、テマリもバトステ2やってるみたいだしな。

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