第5話 親友殿は無愛想
などという話を学校に持ち込もうものなら、村八分どころか十割コンボで即死なことは俺も弁えている。
かといって、月雪テマリの雑談配信から一日経っても冷めることのないこの熱を誰かに共有しないのも中々難しい。
だから俺は、昼休みに学校の屋上に行くことにしている。
我が校の屋上も例によって立ち入り禁止ではあるが、先輩方が密かに作ってこっそり隠した合鍵によって、出入りし放題になっているのが実態だ。
悪いことをするものだなあ。
その恩恵に預かっている俺も大概悪いといえばそれまでなんだけどさ。
「今日は俺が一番乗りかな?」
とはいえ先生方に見つかるリスクを考えてまでここを訪れる生徒はかなりの少数派だ。
当然だ、勝手に公共施設の合鍵を作ってたなんて、バレたら大目玉どころか一発で停学ないし退学だってありえるのだから。
だが。だからこそ、ここは秘密を共有する場としては最適なんだよな。
「……残念だけど、一番は私」
呟く言葉も風に流されていくだけかと思いきや、ぽつりと返ってくる答えが一つ。
声のする方を振り返れば、そこには落下防止の柵にもたれかかって、ぼんやりと空を眺めている、黒髪の女子生徒がいた。
一目で不良とわかる外見だ。
制服の上からパーカーを羽織り、耳にはバチバチにピアスが開けられている。
黒いマスクを細い顎の辺りまでずらして、気怠げに佇んでいるその姿は、面識のない人間からすればテンプレートな不良像そのままだった。
だが、彼女は。
「
「直貴が遅いだけ」
やれやれ、とばかりに溜息をつく物憂げなその子──
美南と仲良くなった経緯は単純で、屋上に来るのが俺だけじゃないのが嬉しくて話しかけたのがきっかけだった。
そこから話が合って意気投合、ってわけじゃなかったけど、話しかけているうちに答えてくれるようになったのだ。
初めて美南と会ったときは一人でいることを苦にしないタイプに見えたものだが、案外話し相手がいないというのは寂しいものらしい。
「なにか失礼なこと考えてるでしょ」
「いや、別に?」
「嘘」
「本当だって」
じとっと濁った目でこっちを睨みつけてくる美南の言葉をのらりくらりとかわしつつ、俺は肩を竦めておどけてみせる。
時々こっちの心を読んでるんじゃないかってぐらい鋭いからな、美南の視線は。
触れるもの皆傷つけそうなイケイケの外見と無愛想なのも相まって、それで誤解されてしまうのがもったいないと思うんだが。
「じゃあ、なに考えてたの」
「学食寄ったらここにくるの遅れるなって」
「……当たり前でしょ、正反対の位置なんだから」
適当な言い訳の材料に使ったレジ袋を掲げて、俺は呆れるように溜息をついた美南に笑いかける。
ありがとう、ピザパン。カレーパン。
お前たちのおかげで俺の寿命は三十秒ぐらい伸びた気がする。
もそもそとピザパンを頬張りながら、俺もまたフェンスに背を預けて、美南の隣に腰掛けた。
「……で、今日はなに」
「なにってこともないけどさ」
「……もったいつけるようなこと?」
「多分」
ピザパンの残りをコーヒー牛乳で流し込んでから、曖昧な答えを返す。
もったいつけるつもりはないんだけど、どう話を切り出していいかよくわからない。
なんせ、親父が再婚したのは冬休み中の出来事で、それをほとんど一ヶ月黙っていたのだから。
「はいはい。どうせまた月雪テマリのことでしょ?」
「そうなんだよ、昨日の配信で最近嬉しかったことについて語ってたときのあの恥じらいというか赤裸々な感じはミステリアスで売ってるテマリとはまた違う魅力があって……って、違う違う。それも話したかったけど別の話だよ」
「別の話? ふーん……」
テマリ以外のことを話題にするのはそれなりに珍しいからか、美南はしゃがんで俺の顔を覗き込んでくる。
「……で、なにがあったの」
「別に隠すつもりはなかったんだけどさ、ちょうど去年の年の瀬に親父が再婚してさ」
「……そう。継母にいびられてるとかそういう話?」
「違うわ」
どこのシンデレラだそれは。
千雪さんがそんな腹黒い人なわけないだろ。
確かに親父より六つ年下だし、色々と伺いたくても黙ってることもあるけどさ。
「それで最近義妹ができたんだよ」
「もしもし警察?」
「お前の中で俺の評価ってどうなってんの?」
「八割ぐらいは冗談」
「残りの二割は本気ってことだよなそれな」
美南の中でランク付けされているのであろう俺の評価はどうやらボロボロらしい。
ちくしょう、泣きたくなってくるぜ。
まあ美南が言ってる通り気心知れた仲ゆえの冗談なんだろうけど、本当に二割ぐらいは本気に思えてくるから困ったものだ。
「それで、最近義妹ができたんだけどさ。なんていうか、人見知りでおしとやかで……」
「付き合いづらい?」
「そんなことないよ、最初は確かに距離感掴み損ねてたけどさ」
同じテマリ推しであるという贔屓目を抜いても、紗希はいい子だと思う。
ちょっと内気でおどおどしているところはあれど、それは優しさの裏返しみたいなものだ。
他人を気遣うあまり、自己主張が控えめになってしまう。だから紗希は優しい、というよりは優しすぎる、といった方が正しいのかもしれない。
「自分の言いたいことを我慢してるところはあるけどさ、やっぱり親父と千雪さんがまだ再婚して一ヶ月だろ? 慣れない環境だから、色々遠慮しちゃってるんだと思う」
「……ふーん。それで、直貴はその紗希って子にどうしてほしいの」
「それは……まあ、なんていうかもっとわがまま言ってもいいんだよってぐらいは言いたいよな。義理とはいえ、一応兄貴なんだし」
今時兄妹の「らしさ」とか「立場」とか、そういう考え方は古いのかもしれない。
兄貴らしいことをしてやりたい、という俺の意気込みだって、格好つけてると言われてしまえばそれまでだ。
それでも。それでも、紗希には自分の言いたいことの一つや二つ、我慢しないで言ってもらいたいと思う心に嘘はない。
「……じゃあ、面と向かってそれ言ったら?」
俺の悩みを鋭く切り捨てるように、美南は溜息混じりにそう呟いた。
「思ってるだけじゃなにも伝わらない。口に出さないとわからないものだよ、人って」
煮え切らない俺の尻を蹴飛ばすように、美南は口元に微かな笑みを浮かべながら告げる。
一ミリも反論の余地がない正論だ。
全くもって返す言葉がない。
「ありがとう、美南」
「……どういたしまして」
上手く、やれるといいね。
そんな呟きと共に去っていく無愛想な親友の姿が、これ以上ないほど頼もしく、俺の目には映っていた。
次の更新予定
2024年12月2日 20:00
底辺Vtuberの俺、人気Vtuberの義妹ができた途端に配信事故からバズりまくってしまった件 守次 奏 @kanade_mrtg
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