第4話 推しの配信からしか補給できない栄養素がある
推し活の形にも色々あるが、俺が至上だと思っているのは雑談配信だ。
画面の向こうで誰かが駄弁っているのを聞いていてなにが面白いんだ、とかその手の批判はたくさんある。
だが、俺が考えるに、雑談配信のキモはリス配信者の「性格」や「生活」の輪郭が見えるってところだ。
公式設定と中の人──いわゆる魂の融和からしか得られない栄養素というものが存在すると、俺は信じて疑わない。
まあ、なんだ。
要するに今日はバイトが休みだからようやくリアタイで月雪テマリの雑談配信を見られるって話だった。
「用事の類は全部済ませたし、存分に堪能しようじゃないか」
食事洗濯風呂その他諸々。
全てを完遂した上で俺は、バイト代をやりくりして買ったお値段約十五万円のヘッドセットを装着する。
ゲーミングチェアに背中を預けていつもの通りに月雪テマリのチャンネルをブラウザで開く。
「おっ、結構集まってるな」
配信待機中の画面に飛び交う待機コメントも元気いっぱいだ。
流石は個人勢でチャンネル登録者10万人の偉業を成し遂げたVtuberだ、今日の同接も一万二千人を超えている。
俺もとりあえず初手で五百円のスパチャをつけて「待機」コメントを打ち込む。
:待機【¥500】
:いつもの赤スパニキだ、面構えが違う
:待機の段階でスパチャを送るな
:姫への貢物を欠かさない家臣の鑑
:それよりそろそろ配信始まるぞ
:配信まだー?
俺のスパチャに対するリアクションが一瞬だけ浮かんだが、それはすぐに大勢の期待にかき消される。
だが、それでいい。
俺は別に目立ちたいとか認知してもらいたいとかそういう理由でスパチャを送っているわけじゃないのだから。
純粋に推しに俺の給料を還元することでいいものを食べてもらったり、欲しかったものを買ってもらったり……そんなささやかな願いの助けになればいいのだ。
ちなみにこれを親友に打ち明けたときは心底気持ち悪いものを見るような目で見られたな。
全く、俺は健全に推しを崇めているだけなのに失礼なやつだ。
『リスナーの皆様、ごきげんよう……今宵の月雪テマリが雑談枠、始めていきたいと思います』
そんなことを考えているうちに、テマリの放送が始まってしまったようだ。
俺は慌ててキーボードを叩き、挨拶となるコメント「こんまり〜」を送信する。
推しへの挨拶は欠かせないものだからな。
:こんまり〜
:こんまりで御座る
:姫の配信で今日も生きられる
:姫の雑談枠とは珍しい
:こんまり〜
:なんかいいことでもあった?
『そうですね……このテマリが雑談枠を開いたのは確か二月ほど前と記憶しております』
テマリは画面の中で可愛らしく小首を傾げる。
正確には四十八日前だな。
そのときも俺はバイトで、アーカイブでしか見られなかったのが悔しかったからよく覚えている。
『なにか嬉しいこと……そうですね。リスナーの皆様方にはなにか嬉しさを感じるひとときはございますでしょうか? テマリはつい最近……とても心地よいことがございました』
:最近のいいことって焼肉食ったぐらいかなあ
:上司の奢りで回らない寿司食った
:食い物に関することしかないのかお前ら
:通販で頼んでたぬいぐるみが届きました、姫!
:念願叶って転職できたぜ
:↑おめでとう
『まあ……新しい環境に身を置くのは、このテマリは少々苦手ですが……偶然ですね。テマリも、同じような嬉しさを覚えております』
転職したリスナーのコメントを拾い上げて、テマリは相変わらず優美な口調で語る。
うーん、今日も雅だ。
しかし、転職と似たような嬉しさとはなんなのだろう。
企業勢とかなら異動だとか新しい企画を任されただとか色々あるだろうが、テマリは個人勢だ。
そんなテマリが語る「似たような嬉しさ」とは一体。
気になる、ものすごく気になる。俺もリスナーたちと一体になって、テマリが次に発する言葉を待ち望む。
まるで、神託を待つ信徒のように。
『テマリは……近頃、対面で「テマリが最推し」だと言ってもらえたのです。生まれて初めて……リスナーの皆様がテマリを好いていていただける嬉しさはもちろん、日々しみじみと感じております。しかし、対面で面と向かってそう言われると、少し面映いですが……また違った嬉しさがあるのです』
画面の中のテマリが楚々と微笑む。
確かにそれは嬉しいだろうな。
画面越しにも精一杯応援する気持ちを込めて応援のコメントを打ち込んでいるつもりだが、どうしてもテキストだと他人事みたいな印象が拭えないところはある。
俺がスパチャを投げている理由はさっきも語った通りだが、さらに付け加えるなら「これは本気なんだよ」という意味合いもある。
中にはガチ恋宣言に赤スパを投入する困ったリスナーもいるが、ああいった手合いも一応「本気」だからなのだろう。
テマリを祝福するコメントが所狭しと画面を流れていく中で、俺もまた赤スパつきでコメントを投げる。
:やっぱり誰かに面と向かって言われるのは特別感あるよね【¥10000】
『誰かに面と向かって……ええ、ええ。このテマリ……そのようなお方と出会えたことを、とても幸せに思います』
どうやら俺のコメントを拾ってくれたようだ。
普段は淡々とした口調で配信しているテマリが、恍惚とした感じで語っているのは、どこか新鮮だった。
大人びた印象がある彼女が年相応に──といっても年齢なんてわからないんだが──とにかく、屈託なく笑ってくれたのは、推している立場としてはこれ以上ないほどの幸せだ。
:姫とリアルで会える友達とか羨ましい
:俺も姫に会えたら……!
:てか姫のリアルを知ってる人いたんか
そう思いながらコメント欄を眺めていると、俺はふと一つの違和感を抱く。
確かに、企業勢ならスタッフの中にもライバーの推しがいることは珍しくないだろう。
だが、個人勢のテマリに会って、「あなたが最推しです」と面と向かって言えるのは、テマリのリアルを知っている人間に限られる。
一体誰なんだろうな。
恐らく、コメントでも推測されてた通りリア友か誰かだと思うが。
まあいい。違和感があるのは確かだが、Vtuberのリアルを詮索することほど野暮なことはない。
俺はそこで思考を打ち止めにして、テマリの配信に意識を注ぐことにした。
うーん、やっぱり推しの声からしか得られない栄養がこの世には存在するものなんだな。
全身にテマリニウムが染み渡っていくのを感じながら、ただ俺は配信を堪能していた。
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