第31話 領都騎士団から俺宛の指名依頼だ

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 翌朝も俺は探索者ギルドへ顔を出した。


 いつものカウンターの奥にヘレンはいなかった。


 昨夜、俺は適当なタイミングで宴会のお開きを探索者たちに告げると酒場に何割か余分に支払い、それ以上は自腹でやってくれと言い残して宿に帰った。それでも小金貨が四枚飛んでいる。みんな飲み過ぎだろう。


 その時点でヘレンは澄ました顔でまだ飲んでいた。


 いつの間にか、フレアと意気投合したらしい。


 一度は俺と一緒に離れたはずのカイルたちのテーブルに戻って酒飲みを続けていた。


「現役時代に戻ったみたいで楽しいです」


 そう笑っていた。


 まさか。


 俺はギルド酒場へ向かった。


 酒場の中は死屍累々といった有り様だった。


 昨夜酔い潰れた人間たちが何十人か机に伏せて寝込んでいる。


 食い散らかしたままの料理の皿と空いたジョッキやコップがテーブルの上に散乱している。


 所々で床やテーブルに嘔吐の後もある。


 酒場のおばちゃんたちの朝の営業の準備に支障をきたしていた。


 カイルたちがいたはずの場所を見るとテーブルにカイルたちが顔を伏せていた。ヘレンの姿もある。


 こいつら。


 酒場に入って来た俺を見つけて、あんたら呑み過ぎよ、といつだったか俺とヘレンを揶揄ったおばちゃんが声をかけてきた。これじゃ片付けができないのよねぇ。


 おっしゃるとおり。


「悪かった。今、叩き起こすから」


 俺は酒場全域に対して『清浄クリーン』をかけた。


 寝ている酔っ払いたちと室内の汚れが綺麗になった。


 おばちゃんが驚きの声を上げている。


 続けて伏せている探索者たちに対して『解毒』をかけた。


 酒は飲んでも飲まれるな。


 前世の俺がついぞ守れなかった標語が頭に浮かんだ。


「起きろ、お前ら!」


 俺は寝ている探索者たちを怒鳴りつけた。


無料ただ酒喰らって店に迷惑かけてんじゃねぇ。手分けして自分の周りの皿やジョッキを片付けろ。さっさと動かねぇ奴からは昨日の呑み代回収するぞ」


「うぇーい」


 もぞもぞとゾンビの様に探索者たちが動き出し手近な皿やその他を下げに歩いて行く。


「ギンさん、昨夜はごちっしたー。探索行ってきまーす」


「おお。気ぃ付けて行ってこい」


 そんなやりとりを交わす。


「お前らもだよ」


 俺はカイルたちのテーブルの天板を平手で叩いた。


 カイル、フレア、アヌベティ、エルミナ、ヘレンが顔を上げた。五人とも額が圧迫痕で赤い。カイルとヘレン以外の三人は再びテーブルに頭を伏せた。


「昨夜はごちになりました」とカイル。


「メンバー起こして片付けさせろ」


 カイルはパーティーメンバーたちを起こそうと揺さぶりだした。


「ヘレンは何やってんだ?」


「終わらせるのが勿体なくて最後まで付き合ってたらすっかり眠ってしまいました」


 俺はケイトリンの言葉を思い出した。折を見てヘレンを現役に戻したいと言っていた。


「まだ現役に未練があるのか?」


 ヘレンは悩んだような表情をした。


「どうなのでしょう?」


「だとしても今は俺の担当職員だ。今日の仕事を見繕ってくれないか?」


「はい。只今」


 ヘレンはそそくさと出て行った。


 カイルの必死の努力により漸く三人が目を覚ました。目を擦っている。


「いつもこんなか?」


「大体は」


 カイルの苦労に同情を禁じ得ない。


「さっさと起きない奴には、もう『清浄クリーン』はかけてやらん」


「お早うございます。ギン様」とアヌベティ。


「よお」とエルミラ。


 現金な奴らめ。


「あれ、頭が痛くない」


 フレアが何か言っている。


「『解毒』したからな」


「えー、酔いがさめちゃったじゃない。責任取ってまた飲ませなさいよね」


「やかまし」


 俺はフレアの額にデコピンを叩きつけた。軽く。本気でやったら砕けてしまう。


「これで痛くなっただろ」


 フレアは額を抑えて、ひいひいと悶絶している。


「おばちゃん、お待たせ」


 俺は酒場のおばちゃんに声をかけた。


「こいつら、全員使ってやって」


「あら、助かるわ。お兄さんもおめでとうね」


「ありがとう」


 俺はヘレンの元へ向かった。


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 カウンターにヘレンは居なかった。


 俺がカウンターに寄ると別の女性職員が近づいて来た。まだ十代の若い女の子だ。


「あれ、ヘレンは?」


「ギルマスに呼ばれて行っちゃいました」


 俺は、ん? という顔をしたのだろう。


「おせっきょう」と職員は口パクで返事をした。


「納得だ」


 俺は女性職員に笑い返した。


「せっかくですから依頼のご紹介をいたしましょうか?」


「ありがとう。でも、ヘレンが戻ったらで大丈夫かな。二人とも暇だからゆっくり検討するよ」


「あら、ギンさんはこれから忙しくなるんじゃないですか? 登録三日でCランクなんて記録保持者は二度と現れませんよ」


「Cランクって言っても俺は戦えるCランクじゃないからな。ニッチな稼ぎ方で生きてかなきゃだから普通にCランク依頼紹介されても俺にゃできないんだよ」


「そんなこと言わないで試しにやってみたらいかがですか? 案外うまくいくかも知れませんよ」


「うまくいけばいいけれど昇格早々依頼失敗は嫌だからさ。自分のはわかってないと。俺に依頼を紹介して俺が成功すればいいけれど失敗したら、誰だ紹介した奴は? って話になるぜ。その場合のことも考えてる?」


「あ、いや、考えていませんでした」


「だろ? 俺の相手は意外とリスクが高いんだよ。ヘレンにうまいこと見繕ってもらうから大丈夫」


「そうですか」


 女性職員の意気が下がった。


「でも何かありましたら言ってください。わたしで良ければお役に立ちます」


「ありがとう」


 そんな話を受付でしていたところ後方で野太い声が上がった。


「ヘレンという受付はどこだ?」


 振り返って見ると領都騎士団の副団長だった。


 昨日の今日だが、なぜか老け込んだように見受けられた。


 俺はひらひらと手を振ってやった。


 副騎士団長は俺に気づくと目を見開いて、つかつかと歩み寄って来た。


「もう麻痺は抜けたかい?」と聞いてやる。


「完全に抜けるのに昨日の夕方までかかった。持たせ過ぎだ」


 探索者ギルドに来てヘレンを呼ぶということは実際に用事があるのは俺だろう。


「もしかして俺に指名依頼?」


「ああ」


 副騎士団長は不機嫌に答えた。


 俺は先ほどまで話をしていた女性職員に声をかけた。


「悪いけどギルマスの所に行ってヘレンを連れてきて。領都騎士団から俺宛の指名依頼だ」




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                                  仁渓拝

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