第17話 それでやるのかやらないのか?

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 俺は一度解体所を出て探索者ギルドの正面に戻ると素直に入口からギルドに入った。


 ヘレンがカウンター内の自分の席に座っている姿が見える


 相変わらず俺以外の誰も列には並んでいなかった。


「ただいま。無事薬草は採取できた。確認を頼む」


 素知らぬ顔をしてヘレンに声をかけた。


 探索者カードを首から外して手渡した。同時に背嚢から薬草の葉の束も出して渡した。


「お帰りなさい。早速確認させていただきます」


 ヘレンが納品した葉を受け取るのと同じぐらいのタイミングで俺の背後に二人の男が立った。


 ギルドに入った際、ロビーに騎士らしき二人組がいる姿を見かけていた。その二人だ。


 ヘレンの列に並ぶ人間を見張っていたのだろう。昨日のハンドリーと同じ様に領主の家紋が左肩の金属板に彫刻された貸与品だろう鎧を着ている。二人とも三十歳ぐらいだろう。


「ギンとかいう【支援魔法士】は貴様か?」


 一方が俺に声をかけた。知らない人間に貴様呼ばわりされる筋合いはない。


「あんたらは?」


「領都騎士団の者だ」


「そりゃ、ご苦労様です」


 一応、前世では社会人経験は長いのだ。気に入らない相手にでもそのくらいは言える。


「え、俺、何かやっちゃいました?」


 挑発も忘れない。


「随分、腕相撲が強いそうだな。新指導役の腕をへし折ったと聞いたぞ」


「新指導役?」


「『オーガキング』だ」


 吐き捨てる様な言い草だった。


『オーガキング』が嫌いなのだろう。探索者上がりで年下のハンドリー如きに正規の騎士団員の自分たちが魔物対策のために鍛えられるという構図が面白くないと見た。


 ありがちな話だ。そういう文句は直接ハンドリーに言ってくれ。


 もしくは領主に言ってほしい。少なくとも俺は絡みたくない。


「その話今じゃなきゃ駄目なのか? すまないが手続き中だ」


「我々も暇ではないのだ」


 確かにヘレンの言うとおり騎士は高圧的だった。


「お二人はギンさんをずっとお待ちでした」


 ヘレンだ。


「暇じゃないか」


 俺の軽口に二人組は怖い目で俺を睨んだ。


 仕方がないのでヘレンに告げた。


「少し酒場で話をしてくる。終わったらまた寄るよ」


「準備ができ次第こちらからお持ちします」


「ありがとう」


 俺は二人組を酒場に誘った。もちろん呑もうというわけではない。本来目的のスペースの使い方だ。


 酒場はそこそこに混んではいたが、まだ満席ではなかった。


 昨日、俺が腕相撲をしていたテーブルがそのまま空いていた。


 同じ席に俺は座った。二人を対面に座らせる。


 俺が酒場に入った瞬間から俺は注目の的だった。


 昨日の騒ぎを直接見ていた人間がどれだけいるか知らないが俺が新人【支援魔法士】である事実は既に知れ渡っている。


 その【支援魔法士】がハンドリーと同じ騎士団の鎧を着た人間を連れて酒場に入って来た。


 それだけで十分な注目ネタだ。


 俺たちが席に着くと、まだ他にも空席はあるのに、それとなく近くの席に座る者たちが見受けられた。野次馬どもめ。


「それでどういう用事だ?」


 俺は二人組に訊いた。


「新指導役とはここで腕相撲をしたのか?」


 会話が噛み合わない。


「ああ。同じテーブルだ」


「では条件は同じだな。俺とこの場で腕相撲をしてもらおう」


 目の前の男が言った。この男のほうが、もう一人より体格が良い。だとしてもハンドリーの胸板の分厚さと腕の太さには叶わなかった。


「なぜ? 男の手なんか握りたくないんだが」


 俺の返事に男は唖然とした顔で俺を見返した。


 どういう理屈か、ここで俺と腕相撲をするために来たらしい。


 ここへ来れば俺が自動的に腕相撲の相手をすると思い込んでいた。しかも自分の都合優先で。勝手な奴らだ


 まあ、その目的は大体想像がつく。新指導役であるハンドリーの力量を探りに来たのだ。


 ハンドリーが【支援魔法士】如きに腕相撲で腕をへし折られたという話を聞いて、本当は大した男ではなかったのではないかと勘繰った。実際に俺と腕相撲をしてみれば間接的にハンドリーの実力のほども分かるはずだ。そんな考えに違いない。


 直接本人には噛みつけないからなのか本人に噛みつく前の下準備なのかはわからない。


「ハンドリーと腕相撲をしたのは昨日だが随分耳が早いな。俺みたいな【支援魔法士】に負けるなんて本当は噂ほど大した奴じゃないじゃないかと思って探りに来たんだろ?」


 男たちは、しまったという表情で顏を見合わせた。図星らしい。


「確認ができました」と、その時、ヘレンがお金を持ってきてくれて俺に手渡した。


 銀貨三枚。一角兎アルミラージの買い上げ代金も含むのだろう。想定どおりの金額ではある。


 ヘレンは俺の隣に座った。


「ルールは買ったほうが総取りだ」


 俺はヘレンから受け取ったばかりの銀貨三枚をテーブルに積み上げた。


「ハンドリーは小金貨一枚を自分に賭けたぜ。とはいえ俺はこれが限界だ。それでも良ければ相手をしよう」


 再び腕相撲が始まりそうな気配を感じて、あからさまに探索者たちが周りに寄って来た。


「賭けるのか?」


 驚いたような声で騎士が訊いてきた。


「子供じゃあるまいし当然だろう。それとも騎士団は賭け事禁止か? だとしたらハンドリーも昨日は探索者だったんだ。見逃してやってくれ」


 俺は目の前の騎士たちに笑いかけた。


「それでやるのかやらないのか? 探索帰りで疲れている俺を捕まえて腕相撲をしろと言い出したのはそっちだがやめるなら今だぜ。今ならば騎士団員が【支援魔法士】に腕相撲勝負をふっかけたけれどびびって途中でやめたという噂話だけで済むはずだ。なあ?」


 俺は既に周りを取り囲んでいる探索者たちに声をかけた。


 ぎゃはははは、と周囲の探索者たちが大笑いした。


 昨日の今日だ。ギャラリーも煽りの現場には慣れていた。




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                                  仁渓拝

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