第15話 薬草と兎一羽也
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ヴァルハライト王国ルンヘイム伯爵領の領都は迷宮都市だ。
都市のはずれに壁で囲み入口に扉を付けた深いダンジョンがある。
領都はダンジョン産の物品を入手し国内外へ流通させることで栄えてきた。
むしろダンジョンそのものが街の特産品だと言っても過言ではない。
近隣の食い詰め者たちが、探索者になりダンジョンに潜れば一攫千金も夢ではない、という無謀な望みを抱いて流れて来る。
食い詰め者ではなく成人した記念に探索者になるような者たちも、せっかくならばとダンジョン探索者を目指したので他の街よりも新人探索者の数は遥かに多かった。
中には不埒な者がいて、ダンジョンの魔物を狩るより素人探索者を狩るほうが遥かに楽だからと専属に新人狩りを行う者もいる。もちろんバレたならば処刑される非合法行為だ。
当然、俺もダンジョンに潜るものだと考えていたが閲覧室で図鑑を見ながら行った打合せの際にヘレンが提案した探索先は単純に街の外の森だった。
「ダンジョンには入らないんだ?」
「危険です。【支援魔法士】を馬鹿にするつもりはありませんが魔物はともかく盗賊紛いの探索者崩れにとってソロの新人【支援魔法士】は狙い目でしょう。逆に返り討ちにできる経験を積むか、せめてEランクに上がるまでは森での薬草採取をお勧めします」
「迷宮内だと魔力の関係で一度採取された薬草もすぐに成長するんじゃないの? 図鑑にはそうあったけれど」
「皆さん、ダンジョンに潜られてしまうので幸い森に生えている薬草は飽和気味です。採取の手間はあまり変わらないでしょう」
「同じ提案を俺が【支援魔法士】じゃなくてもした?」
「もちろんです。これまでもそうしてきました」
ヘレンの表情はいたって真面目だった。嘘をついたり誘導したりという気配はない。本気で俺を心配して俺の能力で一番効率の良い探索方法を考えてくれた結果の提案なのだろう。ヘレンが知る限りの俺が生き残るための最前手だ。
実際は魔物が出ようが盗賊が出ようが眠らせてしまうので問題はないはずだがそれは言わない。
とはいえ、迷宮都市に一攫千金のつもりで乗り込んできた新人探索者がヘレンにこの提案をされても安全策過ぎて通らないだろう。
ましてや同じ新人探索者が迷宮内で偶々儲かったような武勇伝を酒場で聞かされでもしたならば憤激ものだ。担当者の変更を言い出しても無理はない。
その裏に迷宮内で人知れず新人狩りで遭難した人間が何倍いるかなど思いも寄らないに違いない。若ければなおさらだ。
幸いにして俺は若くなかった。
同じ成果が得られる安全策があるならばそちらを取る。
俺は昨日街に入った時と同じ門から街を出た。
いるかな、と思って気にしていたら俺をギルドに案内してくれた衛兵が今日も同じ場所に立っていた。
「昨日は世話になったな。お陰で無事に探索者になれた」
「なら後は稼がないとな。今日はダンジョンには行かないのか?」
「新人にダンジョンは物騒みたいだからな。少し森で鍛えてからにするつもりだ」
俺は棍をそれとなく構えて見せた。
「ああ。それもありかもな」
衛兵は新人狩りの実態に覚えがあるようだ。俺の行動を否定はしなかった。ヘレンの考えは間違っていない。
俺は森に入り記憶している図鑑の記載に従って薬草を探した。
薬草は一種ではなく採取部位も様々だったが極初心者用の素直に葉を毟るタイプの薬草の葉を簡単に見つけられた。森の薬草が飽和傾向にあるという話も正しいらしい。
ヘレンは探索者ギルドの人間として探索者のサポートをちゃんとできている。
鑑定魔法でハズレの薬草をつかむ心配もなかったので、丸一日どころか数時間で規定量の薬草を採取し終えた。
周辺に鑑定をかければ他にも薬草の群落を見つけられたが採取しすぎて逆に怪しまれる様なヘマはしない。補助金込みで一日分の稼ぎプラスアルファで十分だ。
プラスアルファ分は魔物狩りになる。
薬草採取が比較的安全だとは言っても比較的だ。魔物と遭遇しないわけではない。
出会ったのは柴犬を肥え太らせたくらいの大きさの巨大な兎だった。
口をもぐもぐ咀嚼させて地面に生えている草の先端を齧っては、ぴょんぴょん跳んで前進している。
毛皮は濃い茶色。
ただし、額の中央に根元の直径約五センチ、長さ三十センチ程の鋭く尖った角が生えていた。
草食性だが臆病な魔物で遠目に見ている分には無邪気な動きを見せているだけだが一定範囲内に近づくと一蹴りで結構な距離を跳躍して角で的確に喉を突いてくる。
突き刺されば、もちろん喉など貫通してしまうので致命的だ。
見た目の可愛さに騙されて近づいてはいけない魔物、ベストテンには確実に入るだろう。
とはいえ、肉はうまい。
昨夜の酒場で食った料理の何割かには
毛皮も有用だ。
一般的には近づき過ぎた際に飛び掛かって来る
もしくは一定以上の距離を離れた場所から弓矢で倒す。
どちらもある程度の毛皮の損傷は避けられなかった。
火炎系の魔法は、そもそも毛皮と肉を駄目にしてしまうからあまり使われない。
俺はハタと気付いた。
一定範囲内に近づかなければ危険がない点は俺の『絶対魔法効果』の存在をカモフラージュする意味では有効でなかろうか?
離れた場所からかかるまで何度も何度も何度も『眠り』の魔法をかけて、何とか眠らせて首を絞めました、というストーリーが成立する。
安全な木の上からひたすら魔法をかけ続けたでもいいだろう。
運良く魔力が尽きる前に眠らせられて良かったよ。肉も毛皮も痛んでないからギルドさん高く買ってくれないか。
悪くない。
早速、俺は『眠り』をかけて
背嚢からロープを取り出すと兎の首に巻きつけてきゅっと絞めた。
動かなくなった兎の四つ足をロープで束ねて結んで棍の端に引っ掻けるようにして背中の後ろに垂らし肩に担ぐ。もちろん自分には常時バフをかけている。
その気になれば何羽だって狩れたが不自然に目立つのでそれはしない。
本日の戦利品、薬草と兎一羽也。
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本作品は「カクヨムコンテスト10」に参加しています。
12月12日現在、総合週間ランキング174位。異世界冒険週間ランキング36位でした。
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おっさん頑張れ。
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「クビになった万年Fランク探索者。愛剣が『-3』呪剣でした。折れた途端無双です。」
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でも参加しております。
よろしかったらそちらも読んでいただけるとありがたいです。
よろしくお願いします。
仁渓拝
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