第6話 まるでベテラン探索者みたいだ。

               6


「やっぱり私なんかが担当者になるのはお嫌ですよね?」


 ヘレンは目を泳がせて、おどおどとした態度で口を開いた。


 俺はヘレンの突然の変化に驚いた。


 何か変な地雷を踏んだだろうか。意味が分からない。


「全然お嫌じゃないよ」


 反射的に俺は答えた。


「私なんかって何?」


 ヘレンの言葉の真意を確認する。


 どしたん話聞こか、では断じてない。


 中身おっさんの俺からするとカイルの年齢はもちろん、ヘレンであってもまだまだ子供だ。食指は動かない。


「窓口に誰も並ばない受付嬢です」


 ヘレンはつらいのか歯を食いしばるようにして言葉を吐き出した。


 そう言えばヘレンが受付をしていた列には誰も並んでいなかった。


「俺みたいな難しい案件用の特別窓口だからじゃなかったんだ?」


 他の受付嬢より明らかにヘレンは年上に見えたし下手すりゃ探索者よりも体格が良いからベテラン職員が荒くれた探索者に睨みを利かせるために座っているのだと思っていた。


「私が条件のいい依頼を紹介できないので皆さん、すぐに担当を変えられてしまうのです」


 スーパーだったらなるべく短いレジの列に並ぶところだがギルドの窓口では違うようだ。


 探索者にとって良い担当者とは他の探索者が知らないローリスクハイリターンの依頼を紹介してくれる担当者、次いでハイリスクハイリターンの依頼を紹介してくれる担当者だ。


 依頼を探す際に気にする条件の第一位は報酬額だった。


 誰もが割に合わないと敬遠するようなローリスクローリターンの依頼しか紹介できない担当者は稼がせてくれない役立たず担当者として探索者たちからは敬遠されてしまう。


 ということは、列に誰も並んでいなかったヘレンはシビアな探索者たちからどのように評価されているかが目に見えて良くわかる。誰も並んでいない受付を目にした瞬間に探索者たちは絶対にその窓口は使わないと決心するだろう。悪循環だ。


 不動産屋に専任媒介物件があるように実はギルドで紹介される依頼にも特定の担当者だけが探索者への紹介を行える専任媒介依頼があるらしい。


 以前難しい依頼をうまく良い探索者に斡旋して解決してくれたであるとかそのような理由で依頼人クライアントが単純に誰でも良いから探索者に依頼してくれと探索者ギルドに依頼を持ち込むのではなく、探索者ギルドの誰々さんに斡旋をしてほしいと個別の職員を指定して依頼を持ち込むのだ。依頼人が特定の探索者を指名して依頼を行う指名依頼のギルド担当者バージョンだ。


 依頼人が探索者ギルドに支払う手数料は高くなるが探索者ギルドも信用できる探索者を選んで依頼を紹介するので依頼が不達成となる確率は下がるし達成の満足度も高くなる。


 もちろんギルドの担当者にも指名の御手当がつくので専任媒介依頼を持ち込まれる行為は望むところだ。


 専任媒介依頼を多く任されている担当者にはベテランが多かった。探索者としては自分の担当者が新人であるより多くの専任媒介依頼を抱えているベテランのほうが良いだろう。


 もしくは本当の敏腕職員だ。


 俺は危うく、ヘレンはベテランに見えるという言葉を口にしそうになったがすんでのところで踏みどまった。女性に歳の話題は禁句だ。


 とはいえ、目で語ってしまっていたようだ。


 ヘレンは恥ずかしそうに笑って見せた。


「見た目に反してこの仕事についてまだ一年余りなのです。別の街で探索者をしていましたが怪我を機に引退しました。こちらのギルドマスターが知り合いで誘ってくれたのですが私はリスクに慎重みたいで高報酬を望まれる探索者たちに私が紹介する依頼は受け入れ難いようです。すっかり敬遠されてしまい一年ほど今の状況が続いています」


 ということはほぼスタートからずっと役立たず認定で誰も並ばない窓口に座っているのだ。よく心が挫けていないものである。


「窓口以外の別の仕事には回してもらえなかったのか?」


「それが書類と計算の仕事はもっと苦手で。私を誘った手前ギルドマスターが頑張ってくれていますがそれもそろそろ限界かと。ですから、別の担当者を希望されるのであればそのように手続きいたします。先ほどのカイルさんの担当者などお勧めですよ。うちのエースです」


 個室でなければできなかった重い話だ。約款の閲覧を求めただけだったはずなのに。


 俺は隣の列を担当していた受付嬢を思い浮かべた。さっき憐れんだ目で見られている。


 経験上、精神的に対等の人間関係が築けない相手とは良いビジネスパートナーにはなれないと俺は知っていた。ヘレンに言われて仮に彼女が俺の担当になったところで、とんだお荷物を背負わされたぐらいの扱いになるだろう。ましてや【支援魔法士】は続かないというギルドの常識だ。いつ辞めるのかと思われながら相手をされてもつらい


 これから人生を新しく始めなきゃいけないおっさんの相手は花形よりも苦労人のほうが相応しい。探索以外にこちらの世界の一般常識の話もそれとなく色々聞きだしたいのにギルドのエース担当者では忙しくて俺なんかに時間は割けまい。その点、ヘレンは暇そうだ。


「ヘレンは【支援魔法士】なんか・・・の担当は嫌?」


 ヘレンは、ぶるぶると激しく首を振った。


「とんでもない。担当させていただけるのであれば一生懸命務めさせていただきます」


「じゃあ、よろしく」


 俺はヘレンに笑いかけた。


「俺は初心者探索者でヘレンは初心者担当者だ。どちらも半人前だけれど合わせれば一人分ぐらいにはなるだろう。とりあえず俺が生きて帰って来られて生活できる程度の依頼の紹介をよろしく頼む。残念ながらヘレンの給料が歩合で増える様な活躍はできないけどさ」


「はい」とヘレンは微笑んだ。


 それから長々と後に尾を引く息を、ふーっと吐いた。


「どしたん?」


「すみません。そう言っていただけて少しホッとしてしまいました」


「のんびりでいいよ。俺が目指すのは一攫千金じゃなくてスローライフだ。安全第一で」


「承知しました」


 ヘレンにギルドの説明を受けながら長々と話をしていたせいで窓の外が暗くなっていた。


 ヘレンが人並みに忙しい担当者だったら絶対にこんな長時間相手をしてもらえてはいないだろう。実質専任の担当者なんてまるでベテラン探索者みたいだ。


「ところで探索以外のことを聞いてもいいかな? 色々あって前いたところから思いきり離れたこの国に無一文で流れ着いたんだけれど相場とか何も分からない。これ一枚で泊まれる宿はある?」


 俺はカイルからもらった硬貨を出して見せた。小銀貨一枚だ。


「無理です」


 ヘレンは残念そうな顔をしながら即答した。


「飯代ぐらいにはなる?」


「軽い物でしたら」


 それでも十分にありがたい。カイル様々だ。


 俺はヘレンから硬貨の単位や物の価値など何となくの常識を教えてもらった。


「とりあえずの目標として明日からその日暮らしができる程度の稼ぎを目指したい。素泊まり宿に泊まりどこかで食事ができるぐらいには。今日のところはギルドに仮眠できる場所はない?」


「仮眠所はありませんが併設の酒場が朝まで開いています。酔い潰れてその場で朝を迎える方も多いです。ないかも知れませんがお手持ちの貴重品にはご注意ください」


 カイルがハーレムパーティーと消えて行った場所だ。もっといい場所へ行けばいいのに。


「ありがとう。ヘレン、明日は出勤してる?」


「ほぼ毎日いますよ」


 それで一日中窓口に座ってるだけなのか、拷問だな。


「また明日の朝、顔を出すよ」


 俺は立ち上がった。


 ヘレンも立ち上がり俺は見下ろされた。


 やはり威圧感が圧倒的だ。


 実際のところ、ヘレンがギルドマスターから期待されている仕事は受付業務ではなく、やはり探索者に睨みを利かせる役割なのではなかろうか? そうでもなければ一年以上もそのままということはないだろう。探索者たちもそう思って敬遠していたりして。


「はい。お待ちしています」


 俺は、にこやかに笑うヘレンに見送られて部屋を出た。




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