第5話 お嫌ですよね?
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「ご案内します」というヘレンの後に従って俺は閲覧室へ移動した。
ヘレンは右足を痛めてでもいるのか少し庇うような歩き方だ。
閲覧室は鍵のかかる本棚と机と椅子があるだけの小さな部屋だった。
ヘレンは鍵を開け棚から書類を取り出して俺に渡した。
机を挟んで俺とヘレンは椅子に座った。
カウンター越しではないヘレンは実際以上に大きくのしかかってくるように感じられた。
小さな部屋がさらに狭い。
ヘレンに渡された閲覧用の約款綴りには探索者ギルドの趣旨だとか探索者の責務だとか色々と細かな決め事が書かれている。
約款に目を通しつつヘレンとやりとりをしながら確認した探索者ギルドの仕組みは前世にてラノベやマンガで散々見たり読んだりしてきた覚えがある異世界物と似通っていた。
曰く、
探索者ギルドは探索者の互助団体であり特定の国家には属さず探索者には国境を跨いだ活動が認められている。
探索者タグは、ほぼどこの国でも身分証明書として利用できる。
探索者にはランクがあり最低のFランクから始まりギルドが認める実績を積むことでE、D、Cとランクが上がっていく。
最高ランクはSランクだが現役のSランク探索者は世界全体でも数人しかいない。
現役Aランク探索者も各国に数人いるかいないか程度である。
探索者は国家に属さなくなり税の一部が免除される代わりにDランク以上の探索者には大規模な魔物発生時や特殊な魔物発生時には対処活動への参加が義務づけられている。
探索者登録は成人しかできない。一般的には成人年齢である十五歳で登録する者が多い。
実際に探索者になるかはさておき自分は
もちろん夢見るだけで探索者にはならず堅実な生活を送る人間が大多数である。
逆に年齢を重ねてから探索者になる行為は何かに失敗して食い詰めた人間や犯罪を犯して行き場がない人間に多いため再起を図る手段だと世間的にも認められてはいるものの強いマイナスのイメージがある。したがってランクが低い年配の探索者は警戒される。
通常、若い探索者は五年以内には必要な資金を溜めるか才能に見切りをつけて探索者を引退し多くは元いた町や村に戻る。引退時の探索者ランクは概ねDランク以下である。
逆にCランク以上になれる者は探索者としての適性が高いので二十歳を過ぎても探索者を続ける者が多い。世間的にもCランク探索者であれば専業の一流探索者だと見なされる。
Bランク以上の探索者となると王家からも声がかかる場合がある。とはいえ、Aランク以上の探索者の多くは束縛を嫌い相手が王家であろうとも雇用される者は少ない。
また、支部のギルドマスターや副ギルドマスターの多くは引退したBランク以上の元探索者が務めている。
Cランクまでのランクアップの方法は昇格試験や既定の回数以上の依頼達成、ギルドマスターによる総合的な判断といった具合に個々の探索者ギルド支部に任されている。
Bランク以上への昇格は探索者ギルド本部で行われる総合的な審査を経て決定される。
税収が減るため領民が探索者になる行為を領主は嫌いそうだが実際は元領民が実力をつけて晴れてDランク探索者となってくれれば魔物対策への動員が公然と可能になるため、むしろ喜ばしいと領主は考えている。引退後は多くの探索者が元居た町や村に戻り再び領民となるため、ある意味、兵役期間中の税金の減免措置のように認識されていた。
逃げた食い詰め者が探索者になる行為も山賊や盗賊になられて治安が悪くなる事態よりはマシであるため積極的に推奨されている。探索者として成功しても良し、失敗して魔物に殺されても良しという考えだ。
要するに俺を探索者ギルドに案内してくれた衛兵の目的は街の治安維持活動の一環であったのだ。単純に俺のための親切じゃなかった。ま、そんなもんだろう。
とはいえ、異世界転移した人間が生きていく手段はそう多くない。
探索者稼業は異世界物での数少ない定番選択肢の一つだった。他にありがちな選択肢は商人か。
今後商売を始めるかは分からないが、いずれにしても商売の元手がないので今のところ俺には探索者以外の選択肢はなかった。まずは生活を安定させたい。
ヘレンとのやりとりで感じた俺が知っている異世界物の探索者ギルドと仕組みが違っている一番大きな点は探索者ギルドからの依頼の受注が掲示板からの早い者勝ちシステムではない点だった。
全ての異世界物がそうだというわけではないが大体の異世界物だと朝一番に探索者ギルド内の掲示板に依頼の内容を記した文書が掲示されるので探索者たちは早い者勝ちで見繕った依頼文書を剥して窓口に持って行き、その依頼を受注するという仕組みになっていた。
そのため、俺の中では朝の探索者ギルドはとても混みあうイメージだ。
一方、この街、どうやらルンヘイム伯爵領というところの領都であるらしいが、ここの探索者ギルドの場合は職員が自分の担当する探索者から受注したい仕事の条件を聞き取り、希望条件に近い内容の依頼を探索者に紹介する仕組みとなっていた。前世の不動産屋で部屋を探す際のやりとりみたいだ。
ちなみに俺が転移した国の名前はヴァルハライト王国であり、ヴァルハライト王国内にあるルンヘイム伯爵領の領都が現在地だ。領主はもちろんルンヘイム伯爵である。
依頼を紹介する仕組みとは、例えば、不動産屋で部屋の所在地や家賃、間取り等の条件を伝えるように、採取・討伐・護衛といった希望する依頼内容の大枠や探索活動の実施場所、報酬額、達成期限、危険度等の条件を伝えて条件に近い依頼を探索者ギルドの担当者から紹介してもらう。
依頼の請負契約が成立した場合は成功報酬から天引きする形で探索者ギルドは探索者から手数料を受け取る。さらにその一部が担当職員に歩合給として支払われる。
そういう仕組みだ。
もし探索者が依頼の達成に失敗した場合は既定の違約金を探索者ギルドに支払わなければならない。もっとも本人が生きて帰って来た場合に限られるが。
ヘレンは初心者である俺に対して熱心に探索者ギルドの仕組みや注意点を教えてくれた。
俺はヘレンに確認した。
「ところでヘレンが俺の担当者だと思っていいのかな? 担当者はいつでも変更ができるって、さっき言われたんだけど」
俺を窓口に案内した男性職員がそう言っていた。
「あ」と、ヘレンは大きく真ん丸に口を開けた。
今にも泣きだしそうな表情を顔に浮かべて俺を見た。
熊みたいな大柄の体を縮こまらせている。
目を泳がせて、おどおどとした態度で口を開いた。
「やっぱり私みたいなのが担当者になるなんてお嫌ですよね?」
◆◆◆お願い◆◆◆
本作品は「カクヨムコンテスト10」に参加しています。
このような小説が好きだ。
おっさん頑張れ。
続きを早く書け。
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仁渓拝
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